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28 秘密の計画

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 私は耳を疑いました。
 でもセレイブ様は平然と頷きます。

「リシェラと俺の婚姻の承認から新居に移る手続きまで、すべて終わらせた」

 聞き間違いではありませんでした。

「でも婚姻の承認はひと月以上かかるはずですよね? まだ五日しか経っていませんが……」

「終わらせた」

 後に聞いたのですが、それはロアフ領騎士団はじまって以来の、異例ともいえる承認速度だったそうです。
 セレイブ様はいったい、なにをしたのでしょうか……。



 ◇

 翌朝、セレイブ様の新居に向かうことになった私たちを、ロアフ辺境伯夫妻、そして集まってくれた使用人の方々が見送ってくれました。
 滞在したのは五日ほどの間でしたが、みなさんからペットや使役獣の通訳を頼まれるたびにお礼をいただいて、とてもおいしい毎日でした。

 御者の合図で、私たちの乗っている馬車が走り出します。

「ミュナ、これからセレイブ様と一緒に暮らすお家に行きましょうね」

『どこかな、おうち!』

 隣に座るミュナは窓に張り付いて外の景色を見ながら、猫の尾をゆらゆら揺らしています。
 いつもは私の膝の上から離れないので、それほど楽しみにしているようです。

 新居に向かう間、私は向かいに座るセレイブ様に、ロアフ辺境伯邸でのミュナの様子を伝えます。
 三日前にお会いしたセレイブ様のお姉様であるヴァイオラ様と、彼女の夫でありソディエ国王の王弟にあたるネスト公爵にご挨拶したことも話しました。

 ヴァイオラ様はロアフ辺境伯やミュナと同じ赤髪を持つ、美しく快活な女性です。
 ネスト公爵はソディエ王族らしい金の髪色で、マリスヒル伯爵と同じ年に生まれたとは思えない若々しい男性です。
 ただ彼のエメラルドのような瞳の色が、なぜか少しだけミュナの瞳の色と近いように感じました。
 ミュナはロアフ辺境伯の息子であるオスカー様の子なので、伯母にあたるヴァイオラ様と似ているのはわかるのですが……。

 そしてふたりのお子様、アーサー様とナタリア様にもお会いできました。
 同じ年ごろのいとこと交流できれば楽しそうですが、ミュナが恥ずかしがって話すことはできませんでした。

「ミュナはまだリシェラ以外の者に慣れていないようだが、心配はしていない。俺の顔や人を恐れなくなっただけで、十分に成長している」

「はい。ロアフ辺境伯邸で過ごしているうちに、ミュナも少しずつ人への興味を持ちはじめたように見えました」

「そうか……。どうやら俺が思っていた以上に、リシェラもミュナも快適に過ごしていたようだな」

「もちろんです! 私はペットや使役獣の通訳を頼まれましたが、動物と話しても誰も怖がらずに喜んでくれます。しかもそのお礼として、みなさんがオススメしたいロアフ領の特産品を持ってきてくれるんです。ありがたくいただいていると『こっちも食べてみないか』と、次々においしいものがやってきて……」

「ミュナがまねをしたくなるほど、みんなでリシェラに『あーん』していたのか?」

「えっ。私にあんなことをするのはセレイブ様だけですよ。でも……そう考えるとミュナは、セレイブ様のまねをしていたということでしょうか」

 私の言葉を聞いて、窓の外を見ていたミュナが振り返りました。

『リシェラさみしくないようにね』

「え?」

『セレイブさまいたら、リシェラうれしいからね!』

 もしかしてミュナはセレイブ様がいなくても私がさみしくないように、彼と同じことをしてくれていたのでしょうか。

 思い出すとロアフ辺境伯邸で過ごしている間、ミュナは私の背を木の幹のように登って頭を撫でてくれました。
 広大な敷地を駆け回って野草の花を集めると、花束にして渡してくれたこともあります。
 あの小さな身体で私の両脚を持ち上げようとしたときは、横抱きにしたかったのかもしれません。

 人並み外れて活発な子なので、あのときはただ動き回りたいのだろうと思っていましたが……。

「ミュナは私がさみしくないように、セレイブ様の代わりになっておいしいものを『あーん』してくれていたんですね。本当にやさしい子です!」

 お言葉に甘えて、これからもますます食べていこうと思います!

 そんな私にも、これからはセレイブ様の妻としての役目ができました。
 素敵な住み込みのお仕事を与えてくれたセレイブ様に少しでも感謝を伝えたいと考えていた私は、こっそり計画している準備を進めることにします。

「セレイブ様、実はお願いがあります」

「わかった。叶える」

「まだ言っていません。実は近ごろミュナの寝付きが悪いのです。そのことを弟がたくさんいるアンナに相談すると、身体を動かす時間を増やしてはどうかと提案されました。そこで外で身体を動かすために、私とミュナの衣服や道具を用意してもいいですか?」

「もちろん遠慮はいらない」

「よかった……! ありがとうございます、すごく嬉しいです! 楽しみです!」

 これで新居に移ってから、あれこれ計画を進めることができます!
 すでにワクワクしている私を、セレイブ様は少し不思議そうに見つめてきます。

「そこまで喜んでもらえるとは思わなかった。なにか考えているのか?」

「はい! これから私、セレイブ様ともっと仲良くなれるように、」

「ん?」

「あっ」

 私はとっさに口元を抑えました。
 これはいけません。
 以前のミュナのように慌てて顔を背けたのですが、ものすごく視線を感じます。

「俺と仲良くなれるように……どうするつもりだ?」

「い、いえ。気になさらないでください! 新居でお世話になる使用人たちに『セレイブ様を驚かせたいので、このことは彼に気づかれるまで秘密にしてください!』と話したのに、自ら打ち明けてしまうわけにはいきませんから!」

「なるほど。他の者たちとずいぶん親しくなったようだ……リシェラらしい」

 正面に座るセレイブ様の両腕が伸びてきて、私の身体はふわりと浮いた感覚がすると。
 あっという間に、彼の膝の上に迎えられていました。

「っ、セレイブ様、どうしたのですか?」

「妬いている」

 セレイブ様は私を背後から引き寄せるように抱きしめてきます。
 すると私の鼓動が抑えきれないほど高鳴りはじめました。

 どうしましょう、私……。
 なにもない馬車の中だというのに、そばにいるセレイブ様から耳元で話しかけられると、おいしいものがやって来ることを反射的に期待してしまいます。

 でもこんな状況に気づかれたら、さすがに恥ずかしいです。
 私の心臓の音、どうか治まってください……!
 それなのにセレイブ様は、私を甘やかすようにささやきます。

「リシェラ、なにを考えている?」

「そ、それは秘密です。あまりドキドキさせないでください」

「昼食はなにを食べたい?」

「気づいているじゃないですか!」

「大丈夫、誰にも言わない」

 セレイブ様は私をぎゅっと抱きしめると、小さい笑い声を上げました。

「俺はただ、かわいい妻との秘密が欲しかっただけだ」

 私の鼻先に触れそうなほど近くにあるセレイブ様の美貌は、見たことがないほど楽しそうな笑顔です。
 その横顔を前に、私は彼のお姉様の夫であるネスト公爵に言われたことを思い出しました。



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