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頬に息遣いを感じた。
セレルは重いまぶたを開くと、澄んだ満月のような瞳の獣に見下ろされている。
子犬のようなあどけない顔つきをしていてるが、額には宝玉を思わせる石が埋め込まれ、その上に硬質な角が一筋伸びていた。
毛並みは少し癖があり、汚れを知らない純白のように美しい。
セレルは手を伸ばして、夢ではないことを確かめた。
片腕に抱えられるほどの大きさしかなかったが、首元を撫でてやると以前と変わらず気持ちよさそうに目を細めている。
セレルはよろよろと上体を起こした。
涸れ森の干からびた植物の亡骸を押し上げるように、青々と潤った新芽があちこちで生え始めている。
生と死が織りなす草地の上に、ひとりの男が背を向けて生気なく倒れている。
息が止まるようだった。
「ロラッド……」
返事はない。
セレルは身体を引きずりながら近づく。
次第に涙があふれてきて、それがおかしかった。
まだ確認もしていないのに。
自分がなにを感じているのか、わからない。
セレルは横たわるロラッドにおおいかぶさり、きつく抱きしめた。
「ロラッド、私……」
深刻なセレルの下で、ロラッドは寝返りを打つ。
長いまつげに囲まれた寝ぼけ眼がセレルを見上げた。
「あ。俺、寝てた? 全然気づかなかった……流石にやばいな。命狙われてたら絶対殺される」
緊張がほどけて呆けるセレルを見上げ、ロラッドは目をしばたく。
黒々と染まっていた汚染の色もすっかり消えていた。
「どうした。俺が寝坊したから起こしてくれたんだろ?」
「身体の色……戻っているけど、だいじょうぶなの?」
「ああ、多分。モモイモの手伝いもあったし、セレルが汚染をうまく取り除いてくれたんだろうな。守護獣はどうなった?」
「あっ、そうなの!」
セレルが振り返った先、少し離れたところにふわふわの獣がちょこんと座り、どことなく緊張した様子で二人をうかがっている。
「あのこ、身体が小さいままなんだよ」
「病の部分を根こそぎとった影響だろうな。ま、元気そうだしいいんじゃないのか」
少しほっとしたセレルは、ロラッドに対して警戒した様子の守護獣に手招きをする。
「おいでよ」
言葉がわかるのか、守護獣はためらいながらもやってきた。
セレルは疲労で身体を動かすのもつらかったが、なんとか抱き上げる。
腕の中におさまるくらい小さくなってしまったが、健やかに柔らかいその感触に心が満たされていくようだった。
ロラッドもけだるそうに体を起こす。
「疲れただろ」
「うん、疲れた。でもなんとか歩け……」
その言葉を待たず、守護獣を腕に寄せているセレルをロラッドは横抱きで持ち上げた。
「こういうときはさ、歩けないふりでもしておけばいいよ」
身体が持ち上げられたことで、セレルより守護獣が驚いたらしく牙を剥いて唸りはじめたが、ロラッドは気にする様子もないので、代わりにセレルがなだめる。
「だいじょうぶだよ。あなたのこと、治すお手伝いをしてくれた人だよ」
そう説明すると、守護獣は不満そうながらも静かになった。
しかしやはり唸りたいのか口角が微妙に持ち上がり、白い牙ののぞく表情は妙にかわいげがあって、セレルとロラッドは同時に笑った。
「帰るか」
ロラッドの歩みに揺られながら、セレルはその横顔を見つめる。
平気そうにしているが、その身体がまだ呪いを抱えていることはよくわかっていた。
その証拠のように、いつもつかえた感じがすると言っていたロラッドの喉元に、そっと触れる。
新たな決意が胸にわいた。
「次は私、ロラッドの呪いを解くよ」
「ん? いいよ別に。悪いことばかりじゃなかったし」
「え」
「このおかげで、セレルと会えたからな」
その声が近づいて来たかと思うと、セレルの頬にロラッドの口づけが落ちた。
目を見開いて固まるセレルの気配に、今も張り付いたままの唇が意味深な笑みを浮かべる。
「からかってないよ」
遠くでセレルとロラッドを呼ぶ声が聞こえて、二人は顔を上げた。
鮮やかに伸び続けながら形作られていく植物のアーチをくぐり、赤髪の親子が手をふりながら、こちらへ向かって走ってくる。
────────────────────────────
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!
セレルは重いまぶたを開くと、澄んだ満月のような瞳の獣に見下ろされている。
子犬のようなあどけない顔つきをしていてるが、額には宝玉を思わせる石が埋め込まれ、その上に硬質な角が一筋伸びていた。
毛並みは少し癖があり、汚れを知らない純白のように美しい。
セレルは手を伸ばして、夢ではないことを確かめた。
片腕に抱えられるほどの大きさしかなかったが、首元を撫でてやると以前と変わらず気持ちよさそうに目を細めている。
セレルはよろよろと上体を起こした。
涸れ森の干からびた植物の亡骸を押し上げるように、青々と潤った新芽があちこちで生え始めている。
生と死が織りなす草地の上に、ひとりの男が背を向けて生気なく倒れている。
息が止まるようだった。
「ロラッド……」
返事はない。
セレルは身体を引きずりながら近づく。
次第に涙があふれてきて、それがおかしかった。
まだ確認もしていないのに。
自分がなにを感じているのか、わからない。
セレルは横たわるロラッドにおおいかぶさり、きつく抱きしめた。
「ロラッド、私……」
深刻なセレルの下で、ロラッドは寝返りを打つ。
長いまつげに囲まれた寝ぼけ眼がセレルを見上げた。
「あ。俺、寝てた? 全然気づかなかった……流石にやばいな。命狙われてたら絶対殺される」
緊張がほどけて呆けるセレルを見上げ、ロラッドは目をしばたく。
黒々と染まっていた汚染の色もすっかり消えていた。
「どうした。俺が寝坊したから起こしてくれたんだろ?」
「身体の色……戻っているけど、だいじょうぶなの?」
「ああ、多分。モモイモの手伝いもあったし、セレルが汚染をうまく取り除いてくれたんだろうな。守護獣はどうなった?」
「あっ、そうなの!」
セレルが振り返った先、少し離れたところにふわふわの獣がちょこんと座り、どことなく緊張した様子で二人をうかがっている。
「あのこ、身体が小さいままなんだよ」
「病の部分を根こそぎとった影響だろうな。ま、元気そうだしいいんじゃないのか」
少しほっとしたセレルは、ロラッドに対して警戒した様子の守護獣に手招きをする。
「おいでよ」
言葉がわかるのか、守護獣はためらいながらもやってきた。
セレルは疲労で身体を動かすのもつらかったが、なんとか抱き上げる。
腕の中におさまるくらい小さくなってしまったが、健やかに柔らかいその感触に心が満たされていくようだった。
ロラッドもけだるそうに体を起こす。
「疲れただろ」
「うん、疲れた。でもなんとか歩け……」
その言葉を待たず、守護獣を腕に寄せているセレルをロラッドは横抱きで持ち上げた。
「こういうときはさ、歩けないふりでもしておけばいいよ」
身体が持ち上げられたことで、セレルより守護獣が驚いたらしく牙を剥いて唸りはじめたが、ロラッドは気にする様子もないので、代わりにセレルがなだめる。
「だいじょうぶだよ。あなたのこと、治すお手伝いをしてくれた人だよ」
そう説明すると、守護獣は不満そうながらも静かになった。
しかしやはり唸りたいのか口角が微妙に持ち上がり、白い牙ののぞく表情は妙にかわいげがあって、セレルとロラッドは同時に笑った。
「帰るか」
ロラッドの歩みに揺られながら、セレルはその横顔を見つめる。
平気そうにしているが、その身体がまだ呪いを抱えていることはよくわかっていた。
その証拠のように、いつもつかえた感じがすると言っていたロラッドの喉元に、そっと触れる。
新たな決意が胸にわいた。
「次は私、ロラッドの呪いを解くよ」
「ん? いいよ別に。悪いことばかりじゃなかったし」
「え」
「このおかげで、セレルと会えたからな」
その声が近づいて来たかと思うと、セレルの頬にロラッドの口づけが落ちた。
目を見開いて固まるセレルの気配に、今も張り付いたままの唇が意味深な笑みを浮かべる。
「からかってないよ」
遠くでセレルとロラッドを呼ぶ声が聞こえて、二人は顔を上げた。
鮮やかに伸び続けながら形作られていく植物のアーチをくぐり、赤髪の親子が手をふりながら、こちらへ向かって走ってくる。
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ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!
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