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30・既視感
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セレルのてのひらに守護獣の痙攣が伝わる。
漆黒の霧が抜けてから、体色はほとんど白くなっていた。
正常な色に近づいているはずだが、喉元からは妙に苦しげな唸りが漏れていて、次第にその巨体は蝕まれているように縮まりはじめる。
セレルは不安に揺さぶられて叫んだ。
「ロラッド、どうしよう! このこ、すごく苦しそう……。それにどんどん小さくなってる!」
ロラッドは黒霧の一角獣から目をそらさず、冷静に答える。
「病の部分が抜けて、その急激な変化が刺激になっているんだ。こっちは俺が世話するから、そっち頼むな」
「だけど……」
セレルはどうすればいいのかわからずなおも迷っていると、会話が隙だと判断したのか、黒霧の一角獣がセレルに向かって跳びかかる。
ロラッドはそれを許さず間合いを詰めると、腕を広げて黒霧の一角獣を抱きしめた。
唸り声をあげた漆黒の牙がロラッドの首に食いつき、そのまま押し倒す。
セレルから血の気が引いた。
「……ロラッド!」
ロラッドは両腕で獣の首を抱きとめると、慣れた様子で笑う。
「元気なのはいいけどな。甘え方が乱暴すぎるんだよ。でも安心しろ。おまえの扱い方は、ちゃんと勉強しておいたからな」
ロラッドが余裕の口ぶりで言いながら撫でると、黒霧のシルエットが揺らいだ。
一角獣の形が砂のように崩れて降り注ぐと、それを吸収するかのようにロラッドの身体は漆黒に染まった。
病を取り込んだとしか思えない姿に、セレルは目を見開いて息を止める。
死が確定したような衝撃を受けていると、仰向けに倒れたロラッドが声を張った。
「助けるんだろ!」
セレルは打たれたように思考をとり戻す。
ロラッドの身の内でなにが起こっているのかは、うかがい知れない。
しかし横たわったまま顔だけを向けてくるロラッドは、身の内に渦巻いているはずの苦しさをわずかにも見せず、いつものように笑いかけてくれた。
「言わなかったか? 英雄は勝利を収めるまで、死ねない呪いにかかってるんだよ」
冗談で励ましてくれていることが伝わり、セレルははち切れそうな恐怖を無理やり押し込めて頷いた。
守護獣にずっと触れていたので、今も微弱な力を送り続けていたが、再び精神を集中させてほのかに量を増やしてみる。
しかし小さくなったその身体にはやはり強すぎるのか、わずかな力の加減ですら痙攣が起こって幾度も断念した。
守護獣にかけた薬の影響をセレルも受けはじめている。
すでに指先はしびれるように感覚を失い、意識も薄れていた。
そうしている間も徐々に伝わってくる。
守護獣の生命の弱りが。
セレルの額に嫌な汗がにじんだ。
力が入らない。
「負けるな」
後ろで声がする。
セレルが無理すればいつも心配してばかりだった声が、もう一度繰り返した。
「セレル、負けるな!」
直後、大気を震撼させる轟音が響く。
セレルが顔を上げると、涸れ森の木々に囲まれたその先の遠い青空に、噴水のように葉を茂らせた巨大なモモイモの葉が伸びていく。
その生命力の勢いが波状するかのように、地面から振動が伝わってきた。
大樹のようにそびえる植物を目に映しながら、セレルの脳裏にミリムとカーシェスの顔が浮かぶ。
あの栄養剤の効果は一時的なものだったが、セレルは知っている。
モモイモがある間なら、守護獣は本当に元気だった。
今なら耐えられるはず。
セレルは大きく息を吸うと、守護獣の腹に向けて再び意識を研ぎ澄ませる。
先ほどまでのうかがうような力の込め方ではなかった。
様子を見ながら徐々に、しかし確実に、手のひらが熱を持つほどに強く力をこめていく。
思考はとっくに吹き飛んでいた。
ただ手触りが変わっていく感覚はわかる。
覚えがあった。
ロラッドの怪我を治したとき、白亜空間転移のホールが出たときとよく似ている。
セレルの全身が白い光に包まれた。
意識が蒸発する。
漆黒の霧が抜けてから、体色はほとんど白くなっていた。
正常な色に近づいているはずだが、喉元からは妙に苦しげな唸りが漏れていて、次第にその巨体は蝕まれているように縮まりはじめる。
セレルは不安に揺さぶられて叫んだ。
「ロラッド、どうしよう! このこ、すごく苦しそう……。それにどんどん小さくなってる!」
ロラッドは黒霧の一角獣から目をそらさず、冷静に答える。
「病の部分が抜けて、その急激な変化が刺激になっているんだ。こっちは俺が世話するから、そっち頼むな」
「だけど……」
セレルはどうすればいいのかわからずなおも迷っていると、会話が隙だと判断したのか、黒霧の一角獣がセレルに向かって跳びかかる。
ロラッドはそれを許さず間合いを詰めると、腕を広げて黒霧の一角獣を抱きしめた。
唸り声をあげた漆黒の牙がロラッドの首に食いつき、そのまま押し倒す。
セレルから血の気が引いた。
「……ロラッド!」
ロラッドは両腕で獣の首を抱きとめると、慣れた様子で笑う。
「元気なのはいいけどな。甘え方が乱暴すぎるんだよ。でも安心しろ。おまえの扱い方は、ちゃんと勉強しておいたからな」
ロラッドが余裕の口ぶりで言いながら撫でると、黒霧のシルエットが揺らいだ。
一角獣の形が砂のように崩れて降り注ぐと、それを吸収するかのようにロラッドの身体は漆黒に染まった。
病を取り込んだとしか思えない姿に、セレルは目を見開いて息を止める。
死が確定したような衝撃を受けていると、仰向けに倒れたロラッドが声を張った。
「助けるんだろ!」
セレルは打たれたように思考をとり戻す。
ロラッドの身の内でなにが起こっているのかは、うかがい知れない。
しかし横たわったまま顔だけを向けてくるロラッドは、身の内に渦巻いているはずの苦しさをわずかにも見せず、いつものように笑いかけてくれた。
「言わなかったか? 英雄は勝利を収めるまで、死ねない呪いにかかってるんだよ」
冗談で励ましてくれていることが伝わり、セレルははち切れそうな恐怖を無理やり押し込めて頷いた。
守護獣にずっと触れていたので、今も微弱な力を送り続けていたが、再び精神を集中させてほのかに量を増やしてみる。
しかし小さくなったその身体にはやはり強すぎるのか、わずかな力の加減ですら痙攣が起こって幾度も断念した。
守護獣にかけた薬の影響をセレルも受けはじめている。
すでに指先はしびれるように感覚を失い、意識も薄れていた。
そうしている間も徐々に伝わってくる。
守護獣の生命の弱りが。
セレルの額に嫌な汗がにじんだ。
力が入らない。
「負けるな」
後ろで声がする。
セレルが無理すればいつも心配してばかりだった声が、もう一度繰り返した。
「セレル、負けるな!」
直後、大気を震撼させる轟音が響く。
セレルが顔を上げると、涸れ森の木々に囲まれたその先の遠い青空に、噴水のように葉を茂らせた巨大なモモイモの葉が伸びていく。
その生命力の勢いが波状するかのように、地面から振動が伝わってきた。
大樹のようにそびえる植物を目に映しながら、セレルの脳裏にミリムとカーシェスの顔が浮かぶ。
あの栄養剤の効果は一時的なものだったが、セレルは知っている。
モモイモがある間なら、守護獣は本当に元気だった。
今なら耐えられるはず。
セレルは大きく息を吸うと、守護獣の腹に向けて再び意識を研ぎ澄ませる。
先ほどまでのうかがうような力の込め方ではなかった。
様子を見ながら徐々に、しかし確実に、手のひらが熱を持つほどに強く力をこめていく。
思考はとっくに吹き飛んでいた。
ただ手触りが変わっていく感覚はわかる。
覚えがあった。
ロラッドの怪我を治したとき、白亜空間転移のホールが出たときとよく似ている。
セレルの全身が白い光に包まれた。
意識が蒸発する。
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