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29・対峙
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涸れ森は病んでいた。
地を踏みしめるたびに足元がぬかるみ、木々はミイラのような亡骸となっているが、今はそれすら風化して崩れかけている。
それが、守護獣の深刻な体調を表しているのは明らかだった。
「うまくいくさ」
隣を歩くロラッドは、気軽に言った。
「どうしてそう思うの?」
「俺がそうなって欲しいから。以前は動物になんて興味なかったけど……最近、かわいさがわかるようになったんだ。ペットを飼った影響だろうな」
「へぇロラッド、ペット飼って……え?」
「仕草とかおもしろいよな」
その言葉に、セレルの顔が赤くなる。
「わ、私は別に、そんなつもりじゃ、」
「親子の多頭飼いだから、世話は大変だけど」
「えっ、そっち!?」
「ん、どっちだと思ってたんだ。あいつらは餌を自分たちで食べるように躾もしてあるけど、そわそわモモイモを食べながら、主人の帰りを待ってるんだろうな」
「今の聞いたら、きっと二人とも怒るよ。怪しい絵本出して互いの立場を解説したり、自分の方が主人だとか、ボスだとか、謎のマウンティングはじめて……」
「主張が強いところも愛嬌だ」
セレルはミリムとカーシェスに、守護獣を癒しに行くと話してからここへ来た。
セレルのしようとしていることが、おそらく上手くいかないということはわかっているのだろう。
二人は賛成も反対もせず、セレルとロラッドに任せてくれた。
「そろそろだな」
ロラッドの言葉の通り、少し進むと視界が開けてちいさな草地が現れた。
その中央に鎮座する台座と、脇には漆黒の一角獣がうずくまっている。
苦しそうな呼吸に、腹が上下していた。
遠目で見ても分かるほど、弱々しい。
ショックを受けるセレルの頭に手を乗せ、ロラッドは励ますように軽く撫でた。
「俺が先に行くから」
そう告げると、ロラッドは地を蹴り進み、疾風を巻き上げるように守護獣へ迫る。
突如現れた人間に気づき、守護獣はなんとか首を上げて威嚇しようとしたが、ロラッドは手にしていた熊の瓶を開けて、その顔と四肢に手際よく透明な液体をかけた。
セレルも追いつく。
「それで少し痺れるの?」
「あと次第に眠くなるはずだ。セレルもできるだけ、液体がかかってる部分は触らないようにしろよ」
「うん」
守護獣はぐったりとして、舌を出して息をしている。
噛まれない対策としてかけた液体に、ほとんど刺激はないと言っていたが、薬草を吐くほどなのだから多少は影響もあるかもしれない。
なによりそこまで衰弱しているという事実が、セレルの心に重くのしかかる。
セレルはだらりと弛緩した守護獣のそばに膝をつき、その背に手を当てる。
撫でただけで毛が抜け落ちていき、セレルの心が強張った。
癒しの力を流し込む。
それに反応したのか、守護獣が苦し気に息を切らしながら身を震わせることに気づいて手を離した。
自分の力で苦しめている実感が強すぎて、触れることをためらう。
後ろからロラッドの声がかかった。
「だいじょうぶ、今のは身体が驚いただけだ。時間はかかるだろうけど治してやるんだろ? きっと喜ぶよ」
その言葉に励まされ、セレルは頷いて再び手を当てる。
迅速に治療をしたほうがいいとわかってはいるが、力が入りすぎると刺激になるので気が抜けない。
どのくらい続けていたのか。
次第に額に汗がにじみ、指先がしびれてくる。
触れないようにはしていたが、多少は薬の影響を受けているのかもしれない。
セレルはふと目を疑った。
守護獣の毛の色が、揺らいでいる。
あっという間のことだった。
黒い色素の揺らぎは守護獣の尾に集まっていくと、その先端から決壊するように空気中に溢れて、一筋の流れとなり空へ昇る。
それは群れをなす生物のように、空中で自在に広がったり縮んだりをくり返しながら次第に降りてきて、着地したときには一角獣の姿を形取って立っていた。
黒霧で作られた眼差しが憎しみを持ってセレルを射抜くと、吸い付くように跳びかかってくる。
間を割るようにロラッドが滑り込んだ。
「おまえの相手は俺だよ」
身体の動きに合わせて滑らかに引き抜かれた短剣が、獣の横面をなぎ払った。
顔が砕かれ黒霧が散る。
しかしそれは磁力を持つかのように元の場所へと引き寄せられていき、頭部を失った首の上は一瞬で復元された。
お互いに間合いを取り、動きは膠着する。
ロラッドの緋色の目が好戦的に光った。
「じゃれあうつもりなら、つき合うよ」
地を踏みしめるたびに足元がぬかるみ、木々はミイラのような亡骸となっているが、今はそれすら風化して崩れかけている。
それが、守護獣の深刻な体調を表しているのは明らかだった。
「うまくいくさ」
隣を歩くロラッドは、気軽に言った。
「どうしてそう思うの?」
「俺がそうなって欲しいから。以前は動物になんて興味なかったけど……最近、かわいさがわかるようになったんだ。ペットを飼った影響だろうな」
「へぇロラッド、ペット飼って……え?」
「仕草とかおもしろいよな」
その言葉に、セレルの顔が赤くなる。
「わ、私は別に、そんなつもりじゃ、」
「親子の多頭飼いだから、世話は大変だけど」
「えっ、そっち!?」
「ん、どっちだと思ってたんだ。あいつらは餌を自分たちで食べるように躾もしてあるけど、そわそわモモイモを食べながら、主人の帰りを待ってるんだろうな」
「今の聞いたら、きっと二人とも怒るよ。怪しい絵本出して互いの立場を解説したり、自分の方が主人だとか、ボスだとか、謎のマウンティングはじめて……」
「主張が強いところも愛嬌だ」
セレルはミリムとカーシェスに、守護獣を癒しに行くと話してからここへ来た。
セレルのしようとしていることが、おそらく上手くいかないということはわかっているのだろう。
二人は賛成も反対もせず、セレルとロラッドに任せてくれた。
「そろそろだな」
ロラッドの言葉の通り、少し進むと視界が開けてちいさな草地が現れた。
その中央に鎮座する台座と、脇には漆黒の一角獣がうずくまっている。
苦しそうな呼吸に、腹が上下していた。
遠目で見ても分かるほど、弱々しい。
ショックを受けるセレルの頭に手を乗せ、ロラッドは励ますように軽く撫でた。
「俺が先に行くから」
そう告げると、ロラッドは地を蹴り進み、疾風を巻き上げるように守護獣へ迫る。
突如現れた人間に気づき、守護獣はなんとか首を上げて威嚇しようとしたが、ロラッドは手にしていた熊の瓶を開けて、その顔と四肢に手際よく透明な液体をかけた。
セレルも追いつく。
「それで少し痺れるの?」
「あと次第に眠くなるはずだ。セレルもできるだけ、液体がかかってる部分は触らないようにしろよ」
「うん」
守護獣はぐったりとして、舌を出して息をしている。
噛まれない対策としてかけた液体に、ほとんど刺激はないと言っていたが、薬草を吐くほどなのだから多少は影響もあるかもしれない。
なによりそこまで衰弱しているという事実が、セレルの心に重くのしかかる。
セレルはだらりと弛緩した守護獣のそばに膝をつき、その背に手を当てる。
撫でただけで毛が抜け落ちていき、セレルの心が強張った。
癒しの力を流し込む。
それに反応したのか、守護獣が苦し気に息を切らしながら身を震わせることに気づいて手を離した。
自分の力で苦しめている実感が強すぎて、触れることをためらう。
後ろからロラッドの声がかかった。
「だいじょうぶ、今のは身体が驚いただけだ。時間はかかるだろうけど治してやるんだろ? きっと喜ぶよ」
その言葉に励まされ、セレルは頷いて再び手を当てる。
迅速に治療をしたほうがいいとわかってはいるが、力が入りすぎると刺激になるので気が抜けない。
どのくらい続けていたのか。
次第に額に汗がにじみ、指先がしびれてくる。
触れないようにはしていたが、多少は薬の影響を受けているのかもしれない。
セレルはふと目を疑った。
守護獣の毛の色が、揺らいでいる。
あっという間のことだった。
黒い色素の揺らぎは守護獣の尾に集まっていくと、その先端から決壊するように空気中に溢れて、一筋の流れとなり空へ昇る。
それは群れをなす生物のように、空中で自在に広がったり縮んだりをくり返しながら次第に降りてきて、着地したときには一角獣の姿を形取って立っていた。
黒霧で作られた眼差しが憎しみを持ってセレルを射抜くと、吸い付くように跳びかかってくる。
間を割るようにロラッドが滑り込んだ。
「おまえの相手は俺だよ」
身体の動きに合わせて滑らかに引き抜かれた短剣が、獣の横面をなぎ払った。
顔が砕かれ黒霧が散る。
しかしそれは磁力を持つかのように元の場所へと引き寄せられていき、頭部を失った首の上は一瞬で復元された。
お互いに間合いを取り、動きは膠着する。
ロラッドの緋色の目が好戦的に光った。
「じゃれあうつもりなら、つき合うよ」
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