【完結】僻地がいざなう聖女の末裔

入魚ひえん

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28・逃避

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「俺じゃあ、セレルにつり合わないけどな」

 迷いなく告げられてセレルは思わず笑った。

 あのときの自分もそんな風に返した気がする。

「それはちょっと無理あるんじゃない? ロラッドほどきれいな人なんて見たことないよ」

「容姿は偶然、母親からもらっただけだから。俺の力じゃない」

 いつになく自嘲的な響きに、セレルははっとした。

 自然と足の動きがよどみ、廃墟の町の外れで佇むと、手を繋いだ二人の間を夜風がすり抜けていく。

「王子だったのも偶然、父親からもらっただけだ。俺の力じゃない」

「……ロラッド」

「俺が自分で磨いて認められてきたことは……英雄だっけ? 誰よりもうまく殺し続けることくらいだな。そんなやつが、自分より相手を優先して助けようとするセレルに、つりあうわけないだろ」

──呪われていない俺も怖いし、心配かもよ。

──やっぱり怖いよな。

 涸れ森でからかわれたときに呟いたロラッドの言葉が、守護獣に猛攻を加えたあとの距離感が、強い意味を持ってセレルの胸に迫ってくる。

「ロラッドも、怖いの?」

「おまえのせいだろ」

 闇に輝く星々を見上げ、ロラッドは呆れたように笑った。

「俺は英雄って言葉が似合う程度に、色々してきたけど。セレルのせいでようやく、自分のやってきたことの意味が重みを持ってきたよ。もし発作が起きたとき、剣を握ったとき、目の前におまえがいたら……嫌なんだよ。もう、怖がることに疲れた」

 つないだ手に、セレルの力が自然と入る。

 そして亡くなった父とはもう、そうすることもできないのだと気づいた。

 どれほど嘆いても、会えない。

「私はその結末、そんなに悪いと思わないけど。少なくとも今ここで別れるよりは、血まみれのお別れの方がいい」

「……変だろ。カーシェスかよ」

「自分でも、ちょっと思った」

──俺の行動に関してはすべて、俺が引き受けたいからな。

 カーシェスの「怠けたときの自分に納得していない」と言った横顔を、今になって思い出す。

 そしてそのそばで、一心にモモイモを植え続けるミリムの姿も。

「私、羨ましかった」

 ずっと気づかないふりをしていたが、セレルはあえて口にした。

「ミリムとカーシェスは家族を失ったあとも……お互いを大切にしていて。私、ずっと羨ましかった」

 自分は母を失ったことを理由に父との間に壁を作り、一人で意地を張っていた気がする。

 いつか父のほうから来てくれるのではとひそかに期待しているうちに、あっけない別れを果たした。

 父のことを、なにも知らないまま。

「私から声をかければよかった。くだらない話、たくさんすればよかった。新しいお母さん好きになれないって、文句も言えばよかった」

 自分の悲しみを言い訳にせず楽しい関係を築くために、父と向き合えばよかった。

 何度振り返っても、取り戻すことはできないけれど。

「だけどロラッドは今、私のてのひらの先にいるから。この手を離すのもつなぎ続けるのも簡単ではないこと、わかっているつもりだけど。でも選ぶなら私は、あの二人みたいに楽しそうなほうがいいな」

 そしてそれは、ひとりでは叶えられない。

 手をつなぐには相手が必要だ。

「逃げるか」

 セレルが顔を上げると、ロラッドの妙にすっきりとした表情が待ち構えている。

「一緒に行くよ。セレルがいいなら。ミリムとカーシェスと守護獣を置いて、気ままに逃げよう」

 そこまで言われて、セレルの瞳が動揺に揺れた。

 結局、背を向けようとしていたのは誰なのか。

 ロラッドのほうがずっと自分のことをわかっていると、改めて感じた。

「ごめんね、私……」

「珍しいな。セレルが俺のことからかうの」

 そう言ってロラッドは一連のことを冗談にしてしまうと、いつの間にか乾いていたセレルの頬を撫でた。

「セレルはさ、自分で思っているより度胸あるよ。あとは頼り方、覚えるだけだな」

 そう促されてセレルは迷う。

 守護獣が助かるかもわからない可能性だが、試せることはあった。

 しかし頭ではわかっていても、一角獣が薬草を吐いて体調を崩したときのことを思うと、足元から冷え冷えとした恐怖が這い上がってくる。

「楽しそうなほう、選ぶんだろ」

 いつもの思考に陥っていたことに気づき、セレルははっとする。

「私……あのこのこと、助けられる可能性があるほうを選びたい」

「うん」

「ロラッド言ってたよね。薬とかは加減が難しくて死ぬかもしれないって。それって上手くいく可能性も少しはあるってことでしょ」

「気づいてたのか」

 その言葉に、ロラッドもわかってはいて、セレルに負担を与えないためにあえて言わなかったのだと知る。

「散歩しながら、ちょっと思ってた。もし私が加減をしながら力をこめることが出来たら、うまく怪我と病を取り除くことができるかもしれないって」

 しかしただ近づいただけでは、癒しに飢えた一角獣に食い殺されるだけになる。

 たとえ癒しの力を施せたとしても、セレルの命が先に尽きる可能性もある。

 そうなれば呪いを抑える手段は無くなり、ロラッドがこの地を離れて死を選ぶこともわかっている。

「本当は、誰も巻き込みたくない」

 ひどい失敗を引き受けることになるかもしれない。

「それに私、自信もないの」

 それでももしあの守護獣が元気になり、柔らかな首を撫でられて嬉しそうに目を輝かせてくれる、そんなわずかな可能性があるのなら。

 それは自分にしかできないことで、だから怖い。

 セレルは今にも張り裂けそうな気持ちで口にした。

「ロラッド……お願い。そばにいて」

 セレルの震える手を、ロラッドは自分の胸に押し当てる。

 そうやって自分の傷を治してくれたことを、思い出させるように。

「楽しいほうを選ぶのに。ひとりにするわけ、ないだろ」

 光の気配がして、セレルは自然と涸れ森の方角を向く。

 朝日が昇り始めた。

 あの先に、守護獣は今もいる。


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