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21・療養中

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 遠目でも、畑という名の泥地はひどい有様だとわかった。

 丁寧に作られたうねは踏み荒らされて乱れて、潰れたモモイモも無残な残骸になっている。

 覚悟はしていたが、やはりショックだった。

「ミリム……やっぱり私、」

「ダメです」

「まだ言ってない」

「ダメです。セレルの体力の回復が優先です」

「だけど……私、平気なのに。それよりも畑の方が、」

 ミリムはセレルを支えている手で、そっと相手の背中を撫でる。

「誤解しないでください。土地改良と大農園の夢を諦めたわけではありません。セレルには一刻も早く元気になって、たねいも作りを手伝ってほしいのです。私も、父上も」

 荒れた泥地には、ひとりの赤髪の男が機敏な動きで畑を耕し、整地に励んでいた。

 ミリムは疲れも見せずに動き回る父を、じっと見つめた。

「セレルが心配なので、私は畑に出ずに看ていることになりました。半分は建前です。父上は守護獣に襲われたことがショックだったようで、私を畑に出すことを恐れているのです。そして今もめちゃくちゃになった畑にめげず、また作るんだと明るくふるまってくれます。私のためです、いつも」

 ミリムは言い切ると、セレルにさっと腕をまわす。

 抱きついてきた腕の細さにセレルははっとした。

 小柄だと思っていた自分よりちいさいその身に、複雑な思いが渦巻いている。

 この子はきっと、父親の前で泣けない。

 誰かと泣く場所を見つけられない少女の背に、セレルは不慣れな様子で手を回した。

 ミリムは鼻をすする。

「もう少し、色気のある抱き方はできないのですか」

「……ここで色気を求めるの?」

「色気というか、たおやかさというか、母性というか、愛情を表現するような抱き方です。これでは初めて抱く新生児や小動物に戸惑っている、不器用な人のようです」

「確かに、似たような状況だと思うけど」

 こんな風に人に頼られたことはなかったので、慣れないことをしているという自覚はある。

「でも、嬉しいよ」

「セレルも私を頼ってくれると、嬉しいのですが」

「私がミリムに頼っていたら、カーシェスがやたらと口うるさくまとわりついてくると思う」

「父上は単純なので、ばれなければいいのです」

 ミリムはさらりと言う。

 そのいつも通りの様子にセレルの気分も軽くなり、倦怠感がほぐれていくようだった。

「元気、出てきたかも。あのまずい飲み物のおかげかな。この調子ならそのうち、浄化モモイモも作れるよ」

「元気……」

 ミリムは栄養ドリンクが入っていたコップを見つめていたが、ふと本棚に駆け寄って、一冊の絵本を持ってくる。

「セレルのおかげです。良い考えが浮かびました」

 ミリムが勢いよく突きつけてくる絵本の表紙には「死ぬほど効く! 植物栄養剤!」と書いてある。

 セレルは眉を寄せた。

「死ぬほど効いたらダメだと思うけど」

「はっ、確かに……。ですが、参考にはなるでしょう。私はこれを精読してモモイモに試してみたいと思います」

 絵本に対する疑問は色々あったが、畑に出れずなにもできないよりは精神的にもいいかもしれない。

 やる気をみなぎらせて絵本を開いたミリムの姿に、セレルの口元がほころんだ。






 おかしい。

 ロラッドが姿を見せない。

 あれから三日が経ち、セレルはその間ずっと部屋で食事をとっていたが、もう歩いたりする分には全く問題ない程度にまで回復していた。

 ミリムは怪しげな絵本の知識をもとに植物用の栄養剤の試作を繰り返していて、今もカーシェスと共に畑に行っている。

 それを見計らってロラッドの部屋へ訪れることにしたが、やはり避けられている可能性がよぎると急に気持ちがしぼんだ。

 ノックをしようか、やめようか。

 迷っていると部屋の扉が開いた。

 硬直するセレルを前に、ロラッドがけだるそうに立っている。

「ああ、来たのか」

 セレルは慌ててなにかを言いかけたが、目を合わせる自信もなくうつむいた。

「う、うん」

「調子、良くなったんだな」

「うん」

「だけど畑仕事も禁止されているし、暇だからあの守護獣のことでも聞きに来たのか」

「……うん!」

 セレルが何回も頷くと、ロラッドは案内するように扉を開け放したまま部屋に戻る。

 セレルは拒否されなかったことに胸をなでおろしながら、後をついて行った。

 見覚えのある部屋が現れ、ロラッドに勧められるまま、丸椅子に座る。

「あの、ロラッドの怪我は……」

「別に。問題ないけど」

 ロラッドはそっけなく言うと、セレルの向かいあうように自分の寝台に腰を下ろし、側にある分厚い本を手に取った。

 見るからに古びていて難しそうなものに見える。

 そのままロラッドは本に目を落としているので、ここは「振って」みようかとも思ったが、意識してしまうとどうやっていたのかも分からず、自信がなくてやめた。


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