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19・狂気
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一角獣の狂暴な鉤爪が、ロラッドの肩に食い込んだ。
ロラッドは落ち着いた動きで飛び退いたが、その肩にはすぐ赤い染みが広がり、したたり落ちる。
むせかえりそうな血の匂いに、セレルは声を震わせた。
「ロラッド、逃げ……」
言葉を終える間もなく、獣の呼気がふきかかる。
気づいたのとほぼ同時に、一角獣は首を伸ばして、セレルめがけて血に染まった牙を剥く。
セレルは目をつぶると、とっさに両腕を上げて身体を縮めた。
直前、ロラッドがセレルをかばうようにおおいかぶさり、その背面に牙が突き立てられる。
わずかにある隙間から、セレルの手が傷んだ。
初めての感覚だった。
噛まれた傷口が凍てついたかのように冷えたかと思うと、未知の激痛に炙られる。
身体の芯を、根こそぎ吸い尽くされているようだった。
セレルの喉から悲鳴が漏れるのを聞き、ロラッドから表情が削がれていく。
静謐な殺気を隠そうともせずロラッドは身を翻すと、セレルを抱きかかえたまま、怪我をしているとは思えない俊敏さで跳躍した。
そして少し離れたところにセレルを置いて身軽になると、再び追随してきた巨獣へと距離を詰め、無慈悲なほど的確な動きで数撃を加えていく。
一角獣が崩れ落ちるように地に伏すとロラッドは間合いを取り、血まみれの美貌をカーシェスに向けた。
「こいつが守護獣?」
ロラッドの異様に開いた瞳孔に見つめられ、カーシェスはひるんだが、それでも必死に言い募る。
「あ、ああ。俺も見たのは初めてだ。ずいぶんみすぼらしくて気づかなかったけれど……その額の石と角が、涸れ森の石像とそっくりだ!」
ロラッドが視線を向けると、一角獣はよろめく身体を起こす。
そして戦意を失ったように、片足を引きずりながら、足早に涸れ森へと逃げていった。
ロラッドはその姿が見えなくなるまで直立していたが、やがて、膝をついて屈む。
ひどい姿だった。
プラチナブロンドの髪色は深紅に染まり、あちこちに痛々しい傷跡が残っている。
そこから、死を思わせる濃い血の匂いが流れてきて、セレルは愕然とした。
「行って」と言われたのに。
動けず、足手まといになったせいだ。
セレルは手足の痛みもわからなくなり、夢中で身体を引きずってロラッドに近づいていく。
それより早く、カーシェスはミリムに待っているように伝えて、ロラッドへ駆け寄った。
「ロラッド! おまえ、ひどい怪我だ……立てるか?」
手を差し伸べるカーシェスに対しロラッドは顔を上げず、けん制するように片手を向ける。
「触るな」
カーシェスは気圧されたように、その場から動けなくなる。
上げているロラッドの手を、セレルが掴んだ。
ロラッドの顔つきが、ふと和らぐ。
狂気に取りつかれていたような先ほどの様子との落差に、セレルの胸が悲しみで締め付けられる。
言葉はなくても、見つめてくるさびしげな眼差しが、セレルのことを案じていることは明らかだった。
会った時と、同じだ。
死を思わせるほどに冷えたその手に、意識を集中させながら、セレルはそのまま倒れこむ。
立ち上がる力すら、惜しかった。
ロラッドが口を開こうとしたので、先回りして遮る。
「意地張ってないで、触らせて」
助けたい。
セレルは目を閉じ、祈るように力をこめた。
振れているてのひら以外の、あらゆる感覚が鈍っていく。
ただ、ロラッドの手はあたたかくて、心地よかった。
遠くで声が聞こえる。
セレルは包み込んだ手に力をこめたまま、意識を手放していた。
ロラッドは落ち着いた動きで飛び退いたが、その肩にはすぐ赤い染みが広がり、したたり落ちる。
むせかえりそうな血の匂いに、セレルは声を震わせた。
「ロラッド、逃げ……」
言葉を終える間もなく、獣の呼気がふきかかる。
気づいたのとほぼ同時に、一角獣は首を伸ばして、セレルめがけて血に染まった牙を剥く。
セレルは目をつぶると、とっさに両腕を上げて身体を縮めた。
直前、ロラッドがセレルをかばうようにおおいかぶさり、その背面に牙が突き立てられる。
わずかにある隙間から、セレルの手が傷んだ。
初めての感覚だった。
噛まれた傷口が凍てついたかのように冷えたかと思うと、未知の激痛に炙られる。
身体の芯を、根こそぎ吸い尽くされているようだった。
セレルの喉から悲鳴が漏れるのを聞き、ロラッドから表情が削がれていく。
静謐な殺気を隠そうともせずロラッドは身を翻すと、セレルを抱きかかえたまま、怪我をしているとは思えない俊敏さで跳躍した。
そして少し離れたところにセレルを置いて身軽になると、再び追随してきた巨獣へと距離を詰め、無慈悲なほど的確な動きで数撃を加えていく。
一角獣が崩れ落ちるように地に伏すとロラッドは間合いを取り、血まみれの美貌をカーシェスに向けた。
「こいつが守護獣?」
ロラッドの異様に開いた瞳孔に見つめられ、カーシェスはひるんだが、それでも必死に言い募る。
「あ、ああ。俺も見たのは初めてだ。ずいぶんみすぼらしくて気づかなかったけれど……その額の石と角が、涸れ森の石像とそっくりだ!」
ロラッドが視線を向けると、一角獣はよろめく身体を起こす。
そして戦意を失ったように、片足を引きずりながら、足早に涸れ森へと逃げていった。
ロラッドはその姿が見えなくなるまで直立していたが、やがて、膝をついて屈む。
ひどい姿だった。
プラチナブロンドの髪色は深紅に染まり、あちこちに痛々しい傷跡が残っている。
そこから、死を思わせる濃い血の匂いが流れてきて、セレルは愕然とした。
「行って」と言われたのに。
動けず、足手まといになったせいだ。
セレルは手足の痛みもわからなくなり、夢中で身体を引きずってロラッドに近づいていく。
それより早く、カーシェスはミリムに待っているように伝えて、ロラッドへ駆け寄った。
「ロラッド! おまえ、ひどい怪我だ……立てるか?」
手を差し伸べるカーシェスに対しロラッドは顔を上げず、けん制するように片手を向ける。
「触るな」
カーシェスは気圧されたように、その場から動けなくなる。
上げているロラッドの手を、セレルが掴んだ。
ロラッドの顔つきが、ふと和らぐ。
狂気に取りつかれていたような先ほどの様子との落差に、セレルの胸が悲しみで締め付けられる。
言葉はなくても、見つめてくるさびしげな眼差しが、セレルのことを案じていることは明らかだった。
会った時と、同じだ。
死を思わせるほどに冷えたその手に、意識を集中させながら、セレルはそのまま倒れこむ。
立ち上がる力すら、惜しかった。
ロラッドが口を開こうとしたので、先回りして遮る。
「意地張ってないで、触らせて」
助けたい。
セレルは目を閉じ、祈るように力をこめた。
振れているてのひら以外の、あらゆる感覚が鈍っていく。
ただ、ロラッドの手はあたたかくて、心地よかった。
遠くで声が聞こえる。
セレルは包み込んだ手に力をこめたまま、意識を手放していた。
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