【完結】僻地がいざなう聖女の末裔

入魚ひえん

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11・新芽

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 すぐそばで、誰かが呼んでいる。

 返事をしようとして、セレルは自分の身体が鉛のように重いことに気づいた。

 このままでは、その人を失ってしまうと、知っている。

 助けなくては。

 もがくように、手を伸ばす。

 届いた、と思った時、肩を揺さぶられた。

 まどろみながらも、セレルは自分が寝ていたことに気づく。

 反射的に両腕を上げ、頭を守るように縮こまった。

「ごめんなさい、すぐ作ります」

 いつものように感情を込めず告げると、急いで身体を起こし、ふと違和感を覚えた。

 見ると、自分の両手が泥だらけになっている。

 セレルはようやく、ここが長年住んだ、薄暗い部屋ではないことに気づいた。

 はっとして振り返る。

 自分の肩を掴んだロラッドが、静かに見下ろしていた。

「なんだ。寝ぼけてたのか」

 セレルは目をそらす。

 一日中、狭い部屋から出ることもできず、店の商品を作り続けてきた、義母妹との生活をさらしてしまった気がして、いたたまれなかった。

 ロラッドは何気ない様子で、セレルの隣に並んで座る。

「気にするなよ。染みついた習慣が、なかなかとれないのは、俺もそうだから。今でも凶器がそばにないと、落ち着いて眠ることもできない」

「きれいな顔で、物騒なこと言うね」

「王子や英雄は基本、考えなしか物騒だ」

 セレルは、ロラッドが腰に提げている短剣をちらりと見た。

 それはロラッドが店主の去った武器屋からいただいてきたもので、追手も来ないような見知らぬ僻地にいるというのに、肌身離さず持っていることは、セレルも知っている。

「染みついた習慣でも、人をからかうのは、やめたほうがいいよ」

「俺がいなくなったら、それも懐かしくなるだろ」

 ロラッドはさらりと言ったが、セレルは驚いて目を丸くする。

「え、いなくなるの?」

「ん? いてほしいのか」

「だから、からかわないで!」

「それは無理だろ。あと、癒しの力は、ほどほどに使った方がいいからな」

「……わかってる」

 そう、セレルもわかってはいた。

 セレルは手についた泥をはらいながら、落としていく。

「だけど、病んだモモイモを浄化して食べ続けているだけだと、いずれイモ自体がなくなってしまうし」

「それで、土地全部を浄化しようして、手を畑に埋めてたまま倒れていたのか? 対象が広すぎるだろ。根性論はやめとけ」

「だけど、身体が弱いって言い訳にして、なにもしないのは……」

「それよりもまず、土地がなぜ病んでいるのか、原因を調べた方がいいんじゃないか」

「それはミリムとカーシェスがずっと調べているけど、今でもわからないって言ってたから。だから私は、私にだけ出来ることをしようと思って」

 セレルは顔を上げて、広大な泥畑を眺める。

 長い間、良くなる気配のない不毛の土地でたった二人、家族が帰ってくることを願い、ひたむきに努力し続けた気持ちを想像するのは、つらかった。

 ふと、泥畑の一点に目を止めたセレルは、引き寄せられるように駆け寄る。

 そこに生える、青々としたの双葉を確認すると、小さく叫んだ。

「ロラッド、見て! きれいな芽が生えているよ!」

 ロラッドもそばにきて、まじまじと観察する。

「これ、セレルが浄化したモモイモが育ったものかもしれないな」

 セレルは先日、浄化したモモイモを両手に抱えきれず、畑に落としたままのものがあったことを思い出す。

 言われてみると、この辺りだったかもしれない。

「しかも、それだけじゃないな。この土」

 セレルは指し示された芽の周辺の土に、目を凝らした。

 新芽の辺りの土が、さらりと適度に乾いている。

 セレルは驚きで、しばらく言葉が出てこなかった。



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