8 / 31
8・夕食
しおりを挟む
慌ただしく着替えを済ませ、ミリムに案内されるまま彼らの家につくと、カーシェスは上機嫌で、四人がけの食卓テーブルに案内してくれる。
「遠慮せず食べてくれ!」
焼いただけの素朴なモモイモが、それぞれの席に置かれていた。
セレルは席に着くと、隣に座った元王子のロラッドをちらりと見る。
「こういうの、食べ慣れていないんじゃない?」
「そうでもない。あの王妃のおかげで、辺境に住んでいたときは農家に呼ばれたり、森で採った物を食べたりもした。食えるだけマシな戦場も何回か経験してる」
ロラッドは言いながら、まだ熱いモモイモの皮を慣れた様子でむき、きれいに生えそろった歯で平らげていく。
その向かいでは、カーシェスがフォークにぶすりと刺したモモイモにかぶりついていた。
「うまい! ミリムが見つけてきたモモイモは、本当にうまいな!」
「はい。でも見つけたのはセレルです」
「ミリムが持ってきてくれたモモイモは、本当にうまいな!」
「はい。持ってきたのは私です。そして本当においしいです。いつもより質のいいモモイモのようです」
「うんうん、ミリムの言うとおりだ。いつもよりうまいな!」
そう喜んでいたカーシェスは、ふと食べるのを止め、ロラッドに目配せする。
「隠してるけど、やっぱりあんた、実りの女神様なんだろ?」
「違う」
「……そうか? じゃああんたら、一体何者なんだ?」
ロラッドは少し考えてから、真面目な顔で返事をする。
「まぁ、端的に説明するとすれば……俺は虐待されていた、ちいさな妖精をさらってここまで来た、元狂剣士王子ってとこか」
「チビではあっても妖精ではない……」
セレルの指摘は興味ないらしく、カーシェスは握ったフォークを震わせて青ざめた。
「狂剣士……? ロラッド……おまえ、超やばいじゃん!」
「父上、食事中です。お静かに」
「だ、だけどミリム。狂剣士とか聞かされて、お静かにできるものか?」
「はい」
「……立派な娘に育ってくれて、パパは嬉しいよ」
「それにロラッドは、元、とおっしゃっていますから」
「そうか、元か……。元ってなんだよ、元って!」
「ああ」
ロラッドはセレルの頭を撫でる。
「セレルに触っていると、なぜかその呪いがおさまるんだ」
カーシェスは険しく寄せた眉を、少しだけ緩める。
「じゃあ今は、大丈夫なんだな」
「さあ。まだ検証中だから、エビデンスはない」
「それダメだろ! 俺は裏付けの取れているものじゃないと信じられないタチなんだ!」
セレルは彼の今までの行動から、そういうタイプではないことを指摘しようか迷っていると、ミリムが立ち上がり、本棚から古びた本を取り出してセレルに見せる。
「セレル、ロラッドが言っているあなたたちの事情は、この絵本に書かれているようなことでしょうか」
おとぎ話のようなファンタジックな表紙の絵本だったが、内容がわからず、セレルは首をかしげる。
「これ、どんな話なの?」
「要約すれば、盗賊が精霊を誘拐して、別の国に亡命して、ぼろもうけする話です」
「……亡命は、かすっているけど、あとは全然違う。というか、この絵本のあらすじおかしくない?」
「母上が幼女の頃に流行った、ベストセラーです」
「嘘でしょ……ぼろもうけとか、子どもが読んで面白いの?」
「ビジネスの基礎が幼児にもわかるように描かれていて、興味深いです」
「……そう、なんだ」
全く興味深いようには思えず、セレルは微妙な相槌をつく。
その横でロラッドも表紙をのぞき、「ああ」と頷いた。
「俺も文字覚えたての頃読んだけど、図解がわかりやすくて小さい子にはちょうどいい内容だったな」
「図解? それって、文字覚えたての子どもが読んで楽しいの?」
セレルが納得いかず眉を寄せるのを見て、ミリムは絵本をめくった。
「気になるのでしたら、せっかくなので私が読み聞かせをします。どうかご清聴ください」
「……全然、興味ないんだけど」
セレルが正直に言うと、モモイモをきれいに食べたばかりのカーシェスは、拳を握りしめて怒りをあらわにした。
「おい! ミリムがおもしろいって言っているんだから、完全肯定しろ! 好意を断るな!」
「じゃあカーシェスが聞いてよ」
「……え? いや、俺は文字が……その、そうだ。片づけがあるから、セレルがゆっくり聞いておいてくれ!」
活字に逃げ腰らしいカーシェスは、みんなが食べ終わった食器を、そそくさとまとめはじめる。
そんな感じで、セレルはビジネスの参考になるとは思えない、図解付きの絵本を読み聞かせてしてもらうことで、食後を過ごした。
「遠慮せず食べてくれ!」
焼いただけの素朴なモモイモが、それぞれの席に置かれていた。
セレルは席に着くと、隣に座った元王子のロラッドをちらりと見る。
「こういうの、食べ慣れていないんじゃない?」
「そうでもない。あの王妃のおかげで、辺境に住んでいたときは農家に呼ばれたり、森で採った物を食べたりもした。食えるだけマシな戦場も何回か経験してる」
ロラッドは言いながら、まだ熱いモモイモの皮を慣れた様子でむき、きれいに生えそろった歯で平らげていく。
その向かいでは、カーシェスがフォークにぶすりと刺したモモイモにかぶりついていた。
「うまい! ミリムが見つけてきたモモイモは、本当にうまいな!」
「はい。でも見つけたのはセレルです」
「ミリムが持ってきてくれたモモイモは、本当にうまいな!」
「はい。持ってきたのは私です。そして本当においしいです。いつもより質のいいモモイモのようです」
「うんうん、ミリムの言うとおりだ。いつもよりうまいな!」
そう喜んでいたカーシェスは、ふと食べるのを止め、ロラッドに目配せする。
「隠してるけど、やっぱりあんた、実りの女神様なんだろ?」
「違う」
「……そうか? じゃああんたら、一体何者なんだ?」
ロラッドは少し考えてから、真面目な顔で返事をする。
「まぁ、端的に説明するとすれば……俺は虐待されていた、ちいさな妖精をさらってここまで来た、元狂剣士王子ってとこか」
「チビではあっても妖精ではない……」
セレルの指摘は興味ないらしく、カーシェスは握ったフォークを震わせて青ざめた。
「狂剣士……? ロラッド……おまえ、超やばいじゃん!」
「父上、食事中です。お静かに」
「だ、だけどミリム。狂剣士とか聞かされて、お静かにできるものか?」
「はい」
「……立派な娘に育ってくれて、パパは嬉しいよ」
「それにロラッドは、元、とおっしゃっていますから」
「そうか、元か……。元ってなんだよ、元って!」
「ああ」
ロラッドはセレルの頭を撫でる。
「セレルに触っていると、なぜかその呪いがおさまるんだ」
カーシェスは険しく寄せた眉を、少しだけ緩める。
「じゃあ今は、大丈夫なんだな」
「さあ。まだ検証中だから、エビデンスはない」
「それダメだろ! 俺は裏付けの取れているものじゃないと信じられないタチなんだ!」
セレルは彼の今までの行動から、そういうタイプではないことを指摘しようか迷っていると、ミリムが立ち上がり、本棚から古びた本を取り出してセレルに見せる。
「セレル、ロラッドが言っているあなたたちの事情は、この絵本に書かれているようなことでしょうか」
おとぎ話のようなファンタジックな表紙の絵本だったが、内容がわからず、セレルは首をかしげる。
「これ、どんな話なの?」
「要約すれば、盗賊が精霊を誘拐して、別の国に亡命して、ぼろもうけする話です」
「……亡命は、かすっているけど、あとは全然違う。というか、この絵本のあらすじおかしくない?」
「母上が幼女の頃に流行った、ベストセラーです」
「嘘でしょ……ぼろもうけとか、子どもが読んで面白いの?」
「ビジネスの基礎が幼児にもわかるように描かれていて、興味深いです」
「……そう、なんだ」
全く興味深いようには思えず、セレルは微妙な相槌をつく。
その横でロラッドも表紙をのぞき、「ああ」と頷いた。
「俺も文字覚えたての頃読んだけど、図解がわかりやすくて小さい子にはちょうどいい内容だったな」
「図解? それって、文字覚えたての子どもが読んで楽しいの?」
セレルが納得いかず眉を寄せるのを見て、ミリムは絵本をめくった。
「気になるのでしたら、せっかくなので私が読み聞かせをします。どうかご清聴ください」
「……全然、興味ないんだけど」
セレルが正直に言うと、モモイモをきれいに食べたばかりのカーシェスは、拳を握りしめて怒りをあらわにした。
「おい! ミリムがおもしろいって言っているんだから、完全肯定しろ! 好意を断るな!」
「じゃあカーシェスが聞いてよ」
「……え? いや、俺は文字が……その、そうだ。片づけがあるから、セレルがゆっくり聞いておいてくれ!」
活字に逃げ腰らしいカーシェスは、みんなが食べ終わった食器を、そそくさとまとめはじめる。
そんな感じで、セレルはビジネスの参考になるとは思えない、図解付きの絵本を読み聞かせてしてもらうことで、食後を過ごした。
1
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる