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4・いざない
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自分はただ、あの場所から逃げ出したかったのだ。
そのやり方がわからず、自分に好意を寄せてくれる相手だという理由で、頼りにしていて、そんな自分をどこかで許せなかった。
だからこんな目にあったというのに、罰を受けたような、ほっとした気持ちになっていたことに、ようやく気付く。
セレルは涙をぬぐうと、ごまかすように笑った。
「ロラッド、だいじょうぶだから。もう少ししたら、もっと痛みがなくなって、治るから」
「もういいって。わかるんだ、俺。何度か死にかけたことあるから。その力を使うの、疲れるんだろ? もうどこか行ってくれ」
「私はここにいたい」
「変な意地張るな」
「いいじゃない。今までずっとがんばってきたんだよ。ごほうびに」
「……意地を張るのか?」
「うん」
もし聖女の力が、ほんの少しでも流れているのなら、呪いを解く力があってもおかしくはない。
意識が遠のく兆候を感じて、セレルは歯を食いしばる。
今はただ、助けたい。
「俺、セレルのこと、もう少し早く見つけていたらな……」
「人生を締めくくるような言い方、しないでよ。助けるから。私、ロラッドのこと、助けるから」
「まぁ締めくくりだと思って聞けよ。もう少し早く会っていればさ、俺、セレルをその家から連れ出して、一緒にどこか別の国の田舎にでも逃げようと思うんだ。それで、俺も憎まれ役の王子だったことは忘れて、意味の分からないしきたりやマナーのないその場所で、のんびり暮らす。うん、いいな。誘ったら、来てくれただろ?」
セレルは虚を突かれたように押し黙る。
エドルフに結婚しようと言われたとき、それならここから抜け出せると打算がちらついて、すんなりと返事ができたのに。
今は、死の淵にいる相手を励ませるかもしれないとわかっていながら、気軽に相槌を打てない自分に戸惑った。
なぜだろう。
ちぎれそうに、心が苦しい。
「ロラッドがきれいすぎて、隣にいるのが私だったら、つり合わないけどね」
セレルはやっとの思いで、冗談にして笑ったが、ロラッドはつられなかった。
「どうして? おまえ、かわいいよ。色白で、絵本に出てくる妖精みたいにちいさくてさ。変なところ意地っ張りで。もう手遅れな俺の傷口、今も健気に押さえてくれて。助けるんだって、信じていて」
セレルは傷口に押し当てた、ちいさく血まみれの手を見つめて、目の奥が熱くなる。
栄養不足で背が伸びず、不健康に青白い自分のことを、例え慰めだとしても、そんな風に言ってくれる人がいるなんて、思いもしなかった。
ロラッドは少し微笑んで、目をつぶる。
冷えてくる体温が、指先に伝わっていた。
嫌だ。
傷口、ふさがって。
祈るように力をこめる。
指先に、予感があった。
セレルは今までにない、不思議な気配を感じる。
なにかが起こっている。
気づいたときは、両手を広げたくらいの幅のある、白く光る円が渦を巻き、頭上に浮かんでいた。
はじめて見たそれが、自分の力なのか、それともロラッドの呪いに関係するものなのかは、わからない。
いざなわれるように、ロラッドの身体が動いた。
すらりとした見た目より重いその身体が宙に浮かび、白い円へと引き上げられていく。
逃れようとすれば、引力に抵抗することはできた。
しかし、気を失ったロラッドがじわりじわりと白い光に近づいていくことに気づき、セレルは自分だけで逃げることなど考えもせず、その体にしがみつく。
「待って、ダメ。ロラッド、起きて。吸い込まれる……!」
「いたぞ!」
その時、木々の茂みから数人の騎士のような制服を着た男たちが現れる。
騎士たちはセレルとロラッドに気づくと、身構えた。
「待て、そのホールは白亜空間……転移? まさか、逃げる気──」
騎士の言葉は最後の方で途切れてしまい、セレルには届かない。
白いホールは二人を飲み込むと、そのまま消えてしまった。
そのやり方がわからず、自分に好意を寄せてくれる相手だという理由で、頼りにしていて、そんな自分をどこかで許せなかった。
だからこんな目にあったというのに、罰を受けたような、ほっとした気持ちになっていたことに、ようやく気付く。
セレルは涙をぬぐうと、ごまかすように笑った。
「ロラッド、だいじょうぶだから。もう少ししたら、もっと痛みがなくなって、治るから」
「もういいって。わかるんだ、俺。何度か死にかけたことあるから。その力を使うの、疲れるんだろ? もうどこか行ってくれ」
「私はここにいたい」
「変な意地張るな」
「いいじゃない。今までずっとがんばってきたんだよ。ごほうびに」
「……意地を張るのか?」
「うん」
もし聖女の力が、ほんの少しでも流れているのなら、呪いを解く力があってもおかしくはない。
意識が遠のく兆候を感じて、セレルは歯を食いしばる。
今はただ、助けたい。
「俺、セレルのこと、もう少し早く見つけていたらな……」
「人生を締めくくるような言い方、しないでよ。助けるから。私、ロラッドのこと、助けるから」
「まぁ締めくくりだと思って聞けよ。もう少し早く会っていればさ、俺、セレルをその家から連れ出して、一緒にどこか別の国の田舎にでも逃げようと思うんだ。それで、俺も憎まれ役の王子だったことは忘れて、意味の分からないしきたりやマナーのないその場所で、のんびり暮らす。うん、いいな。誘ったら、来てくれただろ?」
セレルは虚を突かれたように押し黙る。
エドルフに結婚しようと言われたとき、それならここから抜け出せると打算がちらついて、すんなりと返事ができたのに。
今は、死の淵にいる相手を励ませるかもしれないとわかっていながら、気軽に相槌を打てない自分に戸惑った。
なぜだろう。
ちぎれそうに、心が苦しい。
「ロラッドがきれいすぎて、隣にいるのが私だったら、つり合わないけどね」
セレルはやっとの思いで、冗談にして笑ったが、ロラッドはつられなかった。
「どうして? おまえ、かわいいよ。色白で、絵本に出てくる妖精みたいにちいさくてさ。変なところ意地っ張りで。もう手遅れな俺の傷口、今も健気に押さえてくれて。助けるんだって、信じていて」
セレルは傷口に押し当てた、ちいさく血まみれの手を見つめて、目の奥が熱くなる。
栄養不足で背が伸びず、不健康に青白い自分のことを、例え慰めだとしても、そんな風に言ってくれる人がいるなんて、思いもしなかった。
ロラッドは少し微笑んで、目をつぶる。
冷えてくる体温が、指先に伝わっていた。
嫌だ。
傷口、ふさがって。
祈るように力をこめる。
指先に、予感があった。
セレルは今までにない、不思議な気配を感じる。
なにかが起こっている。
気づいたときは、両手を広げたくらいの幅のある、白く光る円が渦を巻き、頭上に浮かんでいた。
はじめて見たそれが、自分の力なのか、それともロラッドの呪いに関係するものなのかは、わからない。
いざなわれるように、ロラッドの身体が動いた。
すらりとした見た目より重いその身体が宙に浮かび、白い円へと引き上げられていく。
逃れようとすれば、引力に抵抗することはできた。
しかし、気を失ったロラッドがじわりじわりと白い光に近づいていくことに気づき、セレルは自分だけで逃げることなど考えもせず、その体にしがみつく。
「待って、ダメ。ロラッド、起きて。吸い込まれる……!」
「いたぞ!」
その時、木々の茂みから数人の騎士のような制服を着た男たちが現れる。
騎士たちはセレルとロラッドに気づくと、身構えた。
「待て、そのホールは白亜空間……転移? まさか、逃げる気──」
騎士の言葉は最後の方で途切れてしまい、セレルには届かない。
白いホールは二人を飲み込むと、そのまま消えてしまった。
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