【完結】僻地がいざなう聖女の末裔

入魚ひえん

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1・一縷の希望

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 目を覚ますと深い森の中にいた。

 周囲は苔むした植物の匂いで満ちている。

 いつも狭く換気の悪い室内で生活していたセレルにとって、それは不思議な光景だった。

「気がついた?」

 懐かしい声に驚いて、すぐに返事ができない。

 セレルはサラサラの髪を一つに束ねた、おとなしそうな好青年に背負われている。

「エドルフ……?」

「そうだよ」

 久しぶりに会った幼なじみはほほ笑んだ。

 彼の笑顔はいつも、セレルの記憶を呼び戻す。

 まだ父も母もいた少女のころだ。

 エドルフが転んで作った怪我を見たセレルは、思わず触れて傷を癒した。

 その後に見た、彼の驚いたような笑顔は忘れられない。

──すごい……もう痛くない!

 自分の癒しの力は祖先から授かった特別な血筋が関係していると、父から聞いた。

 しかし伝説とは違い、セレルの力はかすり傷を治したり薬草の効果を高めたり、魔物が寄り付きにくい結界石を作る程度の簡単なもので、ひとつひとつ触れながら強く力をこめてやっと、ささやかに付加できる程度だ。

 それでもおとなしかったエドルフが興奮気味に喜んでくれたあのとき、セレルは自分の力が誰かの助けになることを知った。

「セレルはさっきまで気を失ってたんだよ。君は昔から無理をしすぎてしまうところがあるからね……少しは楽になった?」

 エドルフの言葉にセレルは追想を打ち切って頷く。

「うん。楽になったよ」

 そうは言ったがセレルの全身は相変わらず重苦しい塊のようで、動くのも億劫だった。

 癒しの力を使い続けたことによる慢性的な疲労だと、わかってはいる。

 それでも体調が悪いと言いたくなくて、つい話を合わせた。

 セレルに休みはほとんどない。

 狭い部屋で一日中、素材となる小石や葉に囲まれて店に出す結界石や薬草を作っている。

 皆が寝静まった深夜なら眠ることはできた。

 しかし外に出て気晴らしをするような余裕は全くない。

 聖なる力をこめるための品物が常に補充され続ける毎日は、時折意識を失うほど過酷だった。

 倒れているのが見つかれば「休憩できてうらやましい」「不調を言い訳にしてずうずうしい」と義母妹に叩き起こされる。

 賃金は出たこともない。

 一度逃げ出したこともあったが、義母は道具店の経営に出資している顔の広い伯爵の愛人をやっているので、見つかってすぐに連れ戻された。

 それからはほぼ監禁状態で働いているが、最近は気を失うことも増えていて不安は募るばかりだった。

(だけどこの森……どうして私、こんなところにいるんだろ)

 セレルはふと、なぜ家を抜け出して森を進んでいるのか不思議に思い、小さく息をのんだ。
 
(そういえばエドルフの住んでいる場所はそばに森があるって聞いていたけど、もしかしてここが……?)

 今は仕事のため離れた地に住むエドルフだったが、まだセレルの父がいたときに婚約の申し込みをしてくれた。

 そしていつか住んでいるところにセレルを呼び寄せると言ってくれていて、それは苦しいときの心の支えでもあった。

 あれから3年が経ちセレルは18歳になった。

 胸の内に、淡い希望が宿る。

「エドルフ、あの」

「そろそろいいかな……セレル、降りられる?」

「あっ、うん。重かったよね、ごめん」

「そんなことないよ。セレルは小柄で細身だからね」

 虚弱体質だと指摘されているような気がして、セレルは上手く返事ができないままエドルフの背を降りた。

 エドルフは改まった口調で言う。

「話があるんだ」

 まだ内容を聞いてもいないというのに、セレルは一縷の希望を前にしたように動けなくなる。

(もしかしたら、永遠に続くと思っていた毎日が終わるのかも)

 落ち着け、落ち着けと、早まる鼓動に言い聞かせる。


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