【完結】あやかしの隠れ家はおいしい裏庭つき

入魚ひえん

文字の大きさ
上 下
28 / 30

28・縁側

しおりを挟む
「そうだ。せっかくうみがやる気になっているんだし、オーブントースターなら使いやすいんじゃないかな。最初からそうすれば良かったかも」

 冬霧の提案で、私は柄を取ったしいたけを逆さにしてオーブントースターの中に敷き詰める。

 ふたを閉めたあとはつまみを回すだけで、ガスコンロのようなコツもいらないのですぐ出来た。

「あとは待つだけだよ」

「簡単だね」

「俺、難しいことはできないから」

 ガラス窓から覗き込むと、しいたけたちの下では、一筋張り巡らされたヒーターがオレンジ色に熱を放ちながら庫内を温めはじめていて、近づけた顔にもそれが伝わってくる。

「本当はひとりで作って、冬霧にごちそうしたかったんだけどな」

 作る、と言うほど高度なものではないけれど、とりあえずやろうと思っただけでも私にとっては大きな一歩と言える。

「だけど頼んでよかった。冬霧といたほうが楽しいしね」

 言いながら、つい思い描いてしまう。

 わたしがガラス窓を覗き込んでいる横で、トースターの中を見ようとぴょんぴょん跳ねている、長い耳を持った男の子の姿を。

 冬霧の視線を感じたけれど私は目を合わせる勇気がなくて、熱されることでしいたけの水分が爆ぜるように鳴りはじめたガラス窓を見つめていた。

「見て、冬霧! 少しずつ焼き色が付きはじめたよ!」






 私と冬霧は間にちゃぶ台を挟み、縁側の板の間にゆったりとした姿勢で座っていた。

 ガラス戸を開け放って裏庭を眺めながら、ふと呟く。

「どうして今まで、縁側にちゃぶ台を持ち込まなかったんだろう」

「本当だなぁ」

 私と冬霧は独り言のように言葉を交わし、まだ育ちはじめたばかりの裏庭を眺めていた。

 裏庭は新芽が出始めた植物ばかりなので、緑より土の色が多く殺風景とも言える。

 だけど私にはそれが、さびしいというよりもこれからの余白に思えて、今の姿をしっかり目に焼き付けておきたくなった。

 庭の脇には、白、青、黄色、来たばかりの頃には無かった小花もあちらこちらに芽吹いている。

 気にしなければ気づかなかった、ささやかな変化が目の前に散らばっていた。

 冬霧は恭しくおじぎをする。

「じゃあ、今日はうみにごちそうになります」

「こちらこそ、ご指導ありがとうございました」

 私と冬霧はそれぞれ、ちゃぶ台に並べた白い陶器のお皿と向き合う。

 中は丸ごと焼いた、贅沢な芳香を奏でるしいたけの盛り合わせ。

 のせてあるバターの欠片が、しいたけの熱気にとろとろと形を変えながらしみていくと、食欲をそそる豊かな香りがあたりを満たした。

 冬霧はきれいなガラス瓶を傾けて、品よい艶のあるしょうゆを垂らす。

「では、冷める前にいただきます」

「いただきます!」

 もちろん、一番はじめに採った大きなしいたけは私の皿にお越しいただいた。

 その黒々とした大ぶりのかさが、良い香りにつやつや濡れる姿を目にしてしまうと食欲に抗えず、さっそく一口頬張る。

「わっ。歯ごたえ、すごい!」

 柔らかいのに、しっかりと引き締まった身の存在感。

 よく噛んで味わうたびに、飽きの来ないあっさりとした旨味が、バターのまろやかさとしょうゆのコクのある塩味に引き立てられて口の中に広がっていく。

「おいしいなぁ」

 ため息のように呟いたが、なにも反応がない。

 顔を上げると、冬霧は珍しく相槌も打たずに、黙々と箸を動かしていた。

 いつもの妖艶な笑みも食い気に埋もれ、少年のような顔つきで夢中になって食べている。

 私の視線に気づいて、冬霧は顔を上げて少し照れくさそうに微笑んだ。

「うみ、おいしいね」

 その言葉に胸が苦しくなったのは、きっと嬉しいからだ。

 私たちは黙々と食べ進め、しいたけをすべて胃袋に収めてみせる。

 食べ終わると、私はワンちゃんみたいにごろんとその場に転がった。

 仰向けになって板張りの天井を見上げていると、私を見習ったのか冬霧の倒れこむ音も聞こえる。

「綾子にも食べさせたかったな」

「ワンちゃんにも」

「そうだなぁ」

 食後の幸福な溜息を互いにつき合う。

 森の奥からはいつもより賑やかな鳥の声が色とりどりに交わされていて、私は目を閉じた。

 そよぐ風には日光と土と植物に満ちた春の香りがほのかに含まれている。

「ね、うみ。俺の作った料理、どれもおいしかったでしょ」

「うん」

「あれはね、俺が綾子に作ってもらったんだ」

 言われると確かに、冬霧の料理がどこかお母さんのものにも似ている気がしていたのは、そのせいかもしれない。

「冬霧、おばあちゃんのごはん食べてたんだ」

「いいでしょ」

「いいなぁ」

 おばあちゃんの手紙にも書いてあった。

 私はなにが好きなのか。

 今度遊びに来たとき、それを作りたいって。

「綾子もね、うみに食べて欲しかったんだよ。俺にごちそうしてくれるときはいつも、冬霧は気に入ってくれたけれど、人間のこどもの口にも合うかしら、って気にしてた」

 言われてはじめて気づく。

 冬霧の今までの料理は全部、おばあちゃんと私のためだったということを。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

癒しのあやかしBAR~あなたのお悩み解決します~

じゅん
キャラ文芸
【第6回「ほっこり・じんわり大賞」奨励賞 受賞👑】  ある日、半妖だと判明した女子大生の毬瑠子が、父親である美貌の吸血鬼が経営するバーでアルバイトをすることになり、困っているあやかしを助ける、ハートフルな連作短編。  人として生きてきた主人公が突如、吸血鬼として生きねばならなくなって戸惑うも、あやかしたちと過ごすうちに運命を受け入れる。そして、気づかなかった親との絆も知ることに――。

†レクリア†

希彗まゆ
キャラ文芸
不完全だからこそ唯一の『完全』なんだ この世界に絶望したとき、世界中の人間を殺そうと思った わたしのただひとつの希望は、ただあなたひとりだけ レクリア───クローンの身体に脳を埋め込み、その身体で生きることができる。 ただし、完全な身体すぎて不死になるしかない─── ******************** ※はるか未来のお話です。 ストーリー上、一部グロテスクな部分もあります。ご了承ください

闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希
キャラ文芸
 『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。  正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。  千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。  けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。  そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。  そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。

ひかるのヒミツ

世々良木夜風
キャラ文芸
ひかるは14才のお嬢様。魔法少女専門グッズ店の店長さんをやっていて、毎日、学業との両立に奮闘中! そんなひかるは実は悪の秘密結社ダーク・ライトの首領で、魔法少女と戦う宿命を持っていたりするのです! でも、魔法少女と戦うときは何故か男の人の姿に...それには過去のトラウマが関連しているらしいのですが... 魔法少女あり!悪の組織あり!勘違いあり!感動なし!の悪乗りコメディ、スタート!! 気楽に読める作品を目指してますので、ヒマなときにでもどうぞ。 途中から読んでも大丈夫なので、気になるサブタイトルから読むのもありかと思います。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

闇の翼~Dark Wing~

桐谷雪矢
キャラ文芸
 人ならざる異種族がさりげなく紛れ込んでいる……知るモノにはそんな非日常が隣り合わせにある日常。  バーのマスターである俺は、常連客の便利屋とのひょんな仕事がきっかけで、面倒ごとに巻き込まれるコトに。  そもそも俺が吸血鬼でその異種族なせいで、巻き込まれたんだか、呼び込んだんだかしちまったのか、それとも後の祭りなのか。  気がつけば、非日常が日常になっていた? *・゜゚・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・**・゜゚・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・*  ちょっと昔の伝奇ジュヴナイル系のイメージです。 ↓↓↓↓↓↓  怖くないのにホラーカテゴリーでいいのだろうか、でもファンタジーも違う気が、と悩んでいましたが、落ち着けそうなカテゴリーができたので、早速お引っ越しいたしました。  お気に入り・感想、よろしくです。 *・゜゚・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・**・゜゚・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・* カクヨムさんにも置いてみました。

誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。【完結】

双葉
キャラ文芸
【本作のキーワード】 ・幽霊カフェでお仕事 ・イケメン店主に翻弄される恋 ・岐阜県~愛知県が舞台 ・数々の人間ドラマ ・紅茶/除霊/西洋絵画 +++  人生に疲れ果てた璃乃が辿り着いたのは、幽霊の浄化を目的としたカフェだった。  カフェを運営するのは(見た目だけなら王子様の)蒼唯&(不器用だけど優しい)朔也。そんな特殊カフェで、璃乃のアルバイト生活が始まる――。  舞台は岐阜県の田舎町。  様々な出会いと別れを描くヒューマンドラマ。 ※実在の地名・施設などが登場しますが、本作の内容はフィクションです。

いたくないっ!

かつたけい
キャラ文芸
 人生で最大級の挫折を味わった。  俺の心の傷を癒すために、誰かアニソンを作ってくれ。  神曲キボンヌ。  山田定夫は、黒縁眼鏡、不潔、肥満、コミュ障、アニメオタクな高校生である。  育成に力を注いでいたゲームのキャラクターを戦死させてしまった彼は、  脱力のあまり掲示板にこのような書き込みをする。  本当に素晴らしい楽曲提供を受けることになった定夫は、  その曲にイメージを膨らませ、  親友二人と共に、ある壮大な計画に胸を躍らせる。  それはやがて、日本全国のオタクたちを巻き込んで……

鬼の御宿の嫁入り狐

梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中! 【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】  鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。  彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。  優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。 「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」  劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。  そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?  育ててくれた鬼の家族。  自分と同じ妖狐の一族。  腹部に残る火傷痕。  人々が語る『狐の嫁入り』──。  空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。

処理中です...