【完結】あやかしの隠れ家はおいしい裏庭つき

入魚ひえん

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14・キーホルダー

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 部屋の空気が張り詰めたように、静寂の存在感が増した。

 冬霧は足音もなくワンちゃんの傍らに来て座り込むと、その白い髪を撫でているのか手を動かしている。

 意外とかわいがってくれているのかもしれない。

 だから妙な緊迫感は気のせいなのかと思ったとき、鋭い声がぽつりと落ちた。

「俺、嫌だな」

 その響きの重さに、まどろみかけていた私の意識が覚める。

「どうしたの?」

「俺は嫌なんだよ。うみがワンの苦しい感情を無理して、そばにいるの」

 私は横になったまま、ワンちゃんと私の間に座る冬霧の背中を見上げる。

「心は、どうしようもないよ」

 ワンちゃんは捨てられたって自覚しているし、うさぎの姿に戻ることもできていない。

 だから会えてもメイちゃんに気づいてすらもらえないし、帰れない事情が突きつけられるかもしれない。

 でも私と違って、可能性はゼロじゃない。

「それにワンちゃんは自分が悲しいこと以上に、メイちゃんのことをずっと心配してるの、私にはわかるから。メイちゃんに会って、元気な様子を見たいんだよ。それにもし帰れそうなら、ウサギに戻れる方法を探せばいいし。と言うか冬霧、あやかしから元に戻る方法、知ってるなら教えてあげてよ」

 部屋はしんと静まった。

 相変わらず冬霧の感情は伝わってこないし言葉もないので、なにを考えているのかわらなくて不安になる。

「俺は嫌なんだよ」

 はねつけるような言い方だった。

「だってそうだろ。うみはワンの影響を受けてごはんを食べているときしか元気ないから。そこまでうみが背負い込むことないのに。それにうみはワンのことばっかりで、俺にかまってくれないからつまらないし。俺の雑草を抜く速さもいまいちになるし。退屈だし」

「冬霧……」

「俺はうみが心配なんだ、ずっと。おしまい」

 ふてくされた口ぶりで話を切り上げた冬霧から、彼の言う心配な気持ちは流れてこない。

 あの溺れるような悲しみにあった夜から、冬霧の気持ちは一切わからなくなった。

「私だって嫌だよ。私のせいで、冬霧が苦しい感情隠して無理しているの」

 そう言い返すと、冬霧は聞いているのか聞いていないのか、黙ったまま振り返りもしなかった。






 翌日。

 ワンちゃんのにぎやかな悲鳴で、私は目を覚ます。

 和室のふすまと障子がかたかたと揺れるほどの声量だった。

「冬霧ぃいいいっ!」

 真っ赤な顔のワンちゃんは目をつり上げ、勢いよく障子やガラス戸を開け放って庭先に飛び降りると、砂埃を巻き上げながら、じょうろで水やりをしている冬霧に向かっていく。

「冬霧! ぼくになにをした!」

「ワンに? 別になにも……」

「とぼけるのか! こんな血も涙もないようなことができるのは、冬霧しかいないだろ!」

 私も慌てて庭に出ると、ワンちゃんがふわふわの髪の毛をかき上げるのが見えた。

 下ろしているとわからなかったけれど、そこには丸く剃り上げられている跡がある。

 ワンちゃんは悲痛な声で叫んだ。

「ぼくの至宝の髪が一か所ハゲてるだろが!」

 ワンちゃんの怒声とその哀れな剃り跡を見て、私が小さく息をのむと、冬霧は思い当たったのか顔をぱっと明るくさせる。

「ああ、俺だよ」

「気軽に認めるな!」

 ワンちゃんは肩を怒らせながら、自分の身長よりも高い位置にある冬霧の胸倉をつかみ、激しく揺さぶる。

 冬霧はされるがままになりながらも、笑顔でワンちゃんをなだめた。

「そんなに怒らなくてもだいじょうぶだって。ワンが自分の毛を随分気に入っていたみたいだから、俺、いいこと思いついたんだ。ほらワン、プレゼントがあるから両手を出して」

 冬霧はポケットに手を突っ込みながら促すと、ワンちゃんはまだ怒りが収まらない様子のまま冬霧を離し、両手をおわん型にして差し出す。

 のせられたのは、キーホルダーだった。

 うさぎさんの毛を思わせる、ふわふわの白いファー飾りがついている。

 冬霧が昨夜、寝ているワンちゃんを撫でていたように見えたのは、そういうことだったのか。

 結構器用なんだなと私が感心していると、ワンちゃんはキーホルダーに加工された自慢の毛を握りしめながら、わなわなと肩を震わせていた。

「大切にしてね」

 冬霧は悪びれた様子もなく言い放つと、再び水やりに精を出し始める。

 ワンちゃんは無言でポケットにキーホルダーをしまい込んだ。

 気に入っているのか、あきらめたのか。

 その後ろ姿から、どちらなのか判断することはできなかった。

「うみ……」

「は、はい」

「メイに会いに行くとき、冬霧は絶対連れて行かないからな」

「は、はい」

「絶対だ! 絶対連れて行かない! でも冬霧にはお昼ご飯を作ってもらう! うまいから!」

 ワンちゃんが地団駄を踏みながら宣言したので、私たちは昼食を食べてから、二人で出かけることになった。

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