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11・置き去り
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「ぼくの飼い主はメイって名前の女の子なんだ」
ワンちゃんは空になった器に視線を落として、そう切り出した。
「家にはお父さんとお母さんと、幼稚園に通っているメイがいた。メイはぼくの魅力に夢中で、ぼくがなにかを食べるだけで喜ぶし、なでなでさせてあげるともっと喜ぶし、とにかくぼくのことをすっごくかわいがってくれた。だけど数日前に突然、ぼくはメイのお父さんによく知らない山林に連れてこられて……」
そのままワンちゃんが黙り込むと、冬霧は納得したように頷く。
「つまりワンは捨てられたのか」
深刻な様子のワンちゃんに対し、冬霧の配慮のない発言にぎくりとして、私は小声で注意する。
「冬霧、言い方がちょっと……」
「あれ、ごめん。つまりワンは邪魔になったのか」
「冬霧」
「あれ、ごめん。つまりワンの存在、」
「冬霧!」
「ごめん。黙ってる」
「うん、そうしよう」
ワンちゃんは顔を上げると、目に少し力がこもった。
「ぼくは心配なんだ。だってメイはこれから春休みで時間があるから、たくさんぼくの顔を描いてくれるって話してくれていた! それなのに突然ぼくが山中に置き去りにされるようなことになって……家の人たちもぼくのことをかわいがってくれたのに、事情があるとしか思えないだろ! なにかあったんだよ、きっと……」
ワンちゃんからじわりじわりと不安に震える気持ちが伝わってくる。
心細いんだ。
それ以上に、心配している。
ふと、冬霧が立ち上がった。
「冬霧?」
冬霧は大きく伸びをする。
「そろそろ座るの飽きたし、俺は雑草でも抜いてくるよ。うみも手伝って」
ワンちゃんははっとした様子で、空になったどんぶりをさげていく冬霧を見上げる。
「まさか、倒れていたぼくに気を使って、一人で休ませようとしてくれているのか?」
「ん……俺の話聞いてなかったの? ずっと座ってたら飽きるんだ。だからうみと草むしりしようと思って」
「嘘つけ! ぼくの話した波乱万丈な人生に飽きる余裕なんてなかったはずだ! さりげない優しさはありがたいんだけどな、あいにくぼくは結構元気だし、なにより心細くて一人でいたくないんだ!」
「よくわからないけど……一人が嫌なら、ワンも来ればいいだろ」
「えっ!」
「どうせしばらくはここにいるんだろ」
「ええっ!」
ワンちゃんは丸い目をぱちぱちしばたかせると、ためらいながら言う。
「だけどぼく、かわいがられる以外、なにもしたことないし……」
「雑草が増えてくる時期なんだ。草取りくらいできるよ」
「冬霧はぼくを愛玩動物としてではなく、労働力としてここに置くって言ってるのか?」
「うん」
よほど驚いたのか、ワンちゃんから衝撃的な感情が流れてきて、私までどきっとする。
「し、信じられない……このかわいい見た目のぼくによくそんなこと言えるな! 見ろよ、このふわっふわの髪! 土埃で汚れたらどうするんだ!」
「え……そんなに嫌なら剃る?」
「剃る!? 至宝の毛だぞ! そんなことしたら、ぼくになにが残ると思ってるんだ!」
「毛以外が残るけど」
「そういう具体的なことを言ってるんじゃない! それに見ろよ!」
ワンちゃんはすらりと伸びた色白の腕を冬霧の前に突き出した。
「このすべっすべの肌が汚れたらどうする、腕を切り落とすとか言うなよ!」
「正直、汚れなんて慣れればどうでもよくなるよ。気にしない」
「気にしろ! つうか全く気にせずその見た目キープしてるとか言ったら張っ倒すぞ!」
「張っ倒すのは無理だよ、ワンの筋力じゃ」
「細マッチョアピールするな!」
「してないし。それより雑草はむしるの? むしらないの?」
「むしるに決まってるだろ! 見た目褒められるのも好きだけど、はじめて労働力頼られているのが照れくさくて、ついきつい言い方になってしまうだけで……すごく嬉しいんだよ言わせるな!」
「うん。黙って行こう」
激しめに照れてるワンちゃんとは対照的に、冬霧はあっさりと背を向けて縁側に向かおうとしたけれど、一度だけ振り返る。
「あとワン、君に感激癖があるのはわかったけど、この家では気を付けてよ。うみがびっくりするから」
「あ、うん」
ワンちゃんは赤く頬を上気させたまま、ちゃぶ台の前に座る私のそばにしゃがみこんだ。
「うみ、びっくりしたか!?」
「ううん、だいじょうぶ」
たしかに感情は少し伝わって来るけれど、嫌ではない。
ワンちゃんから流れてくる、好き勝手話せるのが嬉しくてドキドキしている気持ちは私のものではないけれど、その感情にのまれていないのか、今は恐怖もない。
「ワンちゃんといると、気持ちが明るくなるよ」
私が笑うと、ワンちゃんは嬉しそうに目を輝かせて、私の手を握った。
「うみ、さっそく草むしりに行くぞ!」
ワンちゃんは空になった器に視線を落として、そう切り出した。
「家にはお父さんとお母さんと、幼稚園に通っているメイがいた。メイはぼくの魅力に夢中で、ぼくがなにかを食べるだけで喜ぶし、なでなでさせてあげるともっと喜ぶし、とにかくぼくのことをすっごくかわいがってくれた。だけど数日前に突然、ぼくはメイのお父さんによく知らない山林に連れてこられて……」
そのままワンちゃんが黙り込むと、冬霧は納得したように頷く。
「つまりワンは捨てられたのか」
深刻な様子のワンちゃんに対し、冬霧の配慮のない発言にぎくりとして、私は小声で注意する。
「冬霧、言い方がちょっと……」
「あれ、ごめん。つまりワンは邪魔になったのか」
「冬霧」
「あれ、ごめん。つまりワンの存在、」
「冬霧!」
「ごめん。黙ってる」
「うん、そうしよう」
ワンちゃんは顔を上げると、目に少し力がこもった。
「ぼくは心配なんだ。だってメイはこれから春休みで時間があるから、たくさんぼくの顔を描いてくれるって話してくれていた! それなのに突然ぼくが山中に置き去りにされるようなことになって……家の人たちもぼくのことをかわいがってくれたのに、事情があるとしか思えないだろ! なにかあったんだよ、きっと……」
ワンちゃんからじわりじわりと不安に震える気持ちが伝わってくる。
心細いんだ。
それ以上に、心配している。
ふと、冬霧が立ち上がった。
「冬霧?」
冬霧は大きく伸びをする。
「そろそろ座るの飽きたし、俺は雑草でも抜いてくるよ。うみも手伝って」
ワンちゃんははっとした様子で、空になったどんぶりをさげていく冬霧を見上げる。
「まさか、倒れていたぼくに気を使って、一人で休ませようとしてくれているのか?」
「ん……俺の話聞いてなかったの? ずっと座ってたら飽きるんだ。だからうみと草むしりしようと思って」
「嘘つけ! ぼくの話した波乱万丈な人生に飽きる余裕なんてなかったはずだ! さりげない優しさはありがたいんだけどな、あいにくぼくは結構元気だし、なにより心細くて一人でいたくないんだ!」
「よくわからないけど……一人が嫌なら、ワンも来ればいいだろ」
「えっ!」
「どうせしばらくはここにいるんだろ」
「ええっ!」
ワンちゃんは丸い目をぱちぱちしばたかせると、ためらいながら言う。
「だけどぼく、かわいがられる以外、なにもしたことないし……」
「雑草が増えてくる時期なんだ。草取りくらいできるよ」
「冬霧はぼくを愛玩動物としてではなく、労働力としてここに置くって言ってるのか?」
「うん」
よほど驚いたのか、ワンちゃんから衝撃的な感情が流れてきて、私までどきっとする。
「し、信じられない……このかわいい見た目のぼくによくそんなこと言えるな! 見ろよ、このふわっふわの髪! 土埃で汚れたらどうするんだ!」
「え……そんなに嫌なら剃る?」
「剃る!? 至宝の毛だぞ! そんなことしたら、ぼくになにが残ると思ってるんだ!」
「毛以外が残るけど」
「そういう具体的なことを言ってるんじゃない! それに見ろよ!」
ワンちゃんはすらりと伸びた色白の腕を冬霧の前に突き出した。
「このすべっすべの肌が汚れたらどうする、腕を切り落とすとか言うなよ!」
「正直、汚れなんて慣れればどうでもよくなるよ。気にしない」
「気にしろ! つうか全く気にせずその見た目キープしてるとか言ったら張っ倒すぞ!」
「張っ倒すのは無理だよ、ワンの筋力じゃ」
「細マッチョアピールするな!」
「してないし。それより雑草はむしるの? むしらないの?」
「むしるに決まってるだろ! 見た目褒められるのも好きだけど、はじめて労働力頼られているのが照れくさくて、ついきつい言い方になってしまうだけで……すごく嬉しいんだよ言わせるな!」
「うん。黙って行こう」
激しめに照れてるワンちゃんとは対照的に、冬霧はあっさりと背を向けて縁側に向かおうとしたけれど、一度だけ振り返る。
「あとワン、君に感激癖があるのはわかったけど、この家では気を付けてよ。うみがびっくりするから」
「あ、うん」
ワンちゃんは赤く頬を上気させたまま、ちゃぶ台の前に座る私のそばにしゃがみこんだ。
「うみ、びっくりしたか!?」
「ううん、だいじょうぶ」
たしかに感情は少し伝わって来るけれど、嫌ではない。
ワンちゃんから流れてくる、好き勝手話せるのが嬉しくてドキドキしている気持ちは私のものではないけれど、その感情にのまれていないのか、今は恐怖もない。
「ワンちゃんといると、気持ちが明るくなるよ」
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「うみ、さっそく草むしりに行くぞ!」
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