【完結】あやかしの隠れ家はおいしい裏庭つき

入魚ひえん

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9・散歩

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 駐車の少ない暇そうなコンビニの脇で、私と同じくらいの年に見える二人組の女の子が、彼女たちより頭一つ分背の高い、薄手のニット帽をかぶった青年と話していた。

 冬霧がなにかを言うと、女の子たちのうきうきした高い笑い声が届いてくる。

 楽しそうな雰囲気の前を通る気になれず、私の足が止まった。

 仲のいい知り合い、いるんだ。

 冬霧はこっちに気づいたのか、手をふって女の子たちと別れる。

 私は慌てて踵を返した。

 なんだか居心地が悪い。

「うみ」

 冬霧の足音が追いかけてくると、早歩きで道を引き返す私の隣に並んだ。

「うみ、コンビニに用事あったの? それとも俺のこと探していた?」

「別に。ただの散歩」

「そっか。俺もだよ」

「友だちと会ってたんじゃないの?」

「さっきの人たちには声をかけられただけなんだ。いつもは気にしないんだけど、あの人たちもうみと同じで、近くの高校に通うために引っ越してきたばかりだっていうから。つい」

「つい?」

「高校の話とか勉強のこととか、聞いてみたくて」

 なぜかはわからないけれど、冬霧はそんなことを知りたかったらしい。

 だけど、不用意だと思う。

「冬霧は耳が見えないように帽子かぶっているんだろうけど、驚いたらしっぽが出てくるんでしょ? 人と関わるのはもう少し気を付けたほうがいいよ」

「うん……」

 しょんぼりしている気配を隣に、私は足元を見つめて歩き続けた。

 おばあちゃんの家に続く三叉路が近づいてくると、ふと心の中に切実な気持ちがささる。

──助けて。

 確かに入り込んできた感情に、私は顔を上げられなくなった。

 もしかして、今浮かんだ気持ちは冬霧のものだろうか。

 私は急に自分の何気ない言葉や態度が、冬霧を追い詰めていたような気がしてきた。

「冬霧、ごめん」

「……なんのこと?」

「私、きつい言い方ばかりしてたかも」

 人にもあやかしにもできるだけ関わらないように避け続けてきたせいか、私は相手に対する伝え方や距離感がいまいちわかっていない気がする。

「不思議だな」

 冬霧は力を抜くように息を吐いた。

「うみと綾子は、やっぱり似てるよ」

 冬霧は空を見上げている。

 もしかすると今、私の中にいるおばあちゃんを見つけているのかな。

 そう思うと、私は見知らぬおばあちゃんのことを、少しだけ知っているような気がしてきた。

 おばあちゃんも、そうだったのかな。

 私みたいに、うっかりきついことを言ったりして落ち込んだりしたこと、あるのかな。

「冬霧がさっき女の子たちと話してたのは、私の通う高校のこととかを知りたかったんだよね? 私にわかることなら教えるよ」

「本当?」

 冬霧の語気が強まり、私は頷く。

「なにか知りたいの?」

「うみは、勉強ができるって言われたら嫌なんだよね」

 澄んだ神秘的な瞳の中に、あっけにとられた私の顔が映っている。

「俺はそういう気持ちわからないから。うみと同じ人間の女の子と話しても、二人とも勉強がんばってあの高校に入れたって、嬉しそうにしていた。だから結局、うみが高校の話も勉強の話も楽しくなさそうな理由はわからなかったんだ」

 私は裏庭でとった不機嫌な態度が恥ずかしくなる。

 冬霧はこんなに、私と仲良くやっていこうと前向きなのに。

 だけど私から出てきた言葉は、冬霧が納得できそうな返事ではなかった。

「どうしてだろうね」

 たんすにしまわれていた通知表のことを思い出す。

 すると胸がじんじんと重苦しくなってきて、耐えられずにしゃがみこんだ。

 再び、すがるような思いが突き上げてくる。

──助けて。

 誰、私?

 違う、これは私の気持ちじゃない。

 わかるのは、どんどん膨らんでいく、助けて欲しいという痛切な気持ち。

 誰?

──助けて。

「うみ?」

 冬霧が心配そうに覗き込んできた。

「違う。私じゃないよこの気持ち……冬霧だよね。どうしていつも、こんなにつらいの?」

 そうして気づく。

 冬霧では、ないかも。

 私は苦しさを衝動にぱっと立ち上がると、迷いなく駆けだした。

 三叉路のまだ進んだことのない道の方へ突き進むと、助けを呼ぶ感情が強まっていく。

 先ほど通ったときも焦るような心の異変は感じとっていたのに、自分の気持ちが沈んでいたせいもあって気に留めることができなかった。

 舗道の脇に続く雑木林の一点を見つめると、木々の合間にわけ入っていく。

「うみ、どこ行くの?」

「こっち! こっちにいるの」

 冬霧の声を背に、湿った草木を踏みしめていくと、植物のしっとりとした匂いと助けて欲しい気持ちが強まってくる。

 行く先にある低い草地に、小学校の低学年ほどに思える色白の子どもが裸で倒れていた。

 小さい子に苦手意識がある私はどきりとする。

 だけど、助けを求めているのはあの子だ。

 そばによってかがみこむと、雪を思わせるような癖のない白い髪に目が行き、その上に一対の長いうさぎの耳がそろっていた。

 驚いたけれど、感情が流れてきたことからすぐ理解する。

 冬霧と同じあやかしだ。

「だいじょうぶ?」

 そばに屈んで呼びかけると、その子はうっすらと柔らかい色合いの赤い瞳を開ける。

 あまり見ないようにはしているけれど、性別はおそらく男の子で、それでも美少女に間違えてしまうほどの可憐な顔立ちをしていた。

「助けて……」

 男の子は呟くと、幼く弱々しい声とともにちいさい手を伸ばして、そばに屈んだ私の手首をつかむ。

「腹減って、死んでた」


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