8 / 30
8・しまわれていたもの
しおりを挟む
璃月さんとの通話を終えると、私は持ってきた荷物を整理するためにキャリーケースを広げた。
──すごいな。うみは勉強が得意なのか。
裏庭で冬霧が目を輝かせてくれたことを思い出して、少し気持ちを取り直す。
あんなふうに期待されると自信がなくなってしまったのか、つい不機嫌な態度をとってしまったけれど、落ち着いて考えたら悪い気はしなかった。
むしろ、嬉しい。
小学校のころ私が百点のテストを持ち帰ると、お母さんはいつも「うみのがんばりを見せてくれてありがとう」と抱きしめてくれた。
あのときの腕の中を思い出して、心がほんわりしてくる。
少しの間お世話になった親戚の家には同い年の女の子がいたけれど、私はなぜかその子のイマイチな成績と比較されることとなり、意味の分からない人格否定や嫌味をはじめ、不正に成績をあげているような根拠のない非難を受けたりしていたこともあって、こんな気持ちになれたのも久しぶりだった。
少し高望みして入った学校だし、ついていけなくならないように、自分が点数を取りこぼしやすかった単元の復習と、苦手な数学の予習でもしておこうかな。
荷物を片付けてからすることも決まり、私は昨日から使っている和室を見回して、木製のたんすに目をとめた。
使ってもいいよね。
年代物の風格がある黒い取っ手を引いてみると、お母さんが子どものころに着ていたものなのか、女の子用の服が入っていた。
いくつか開けてみると空いているところもあるので、そこに荷物をしまっていく。
一番上の段は他よりも小さく仕切られていていて、何気なく開くと古びた紙を見つけた。
私が春から通う予定の高校名が印刷されている通知表だ。
そこには、勉強があまり好きではないと言っていたお母さんの名前が旧姓で書かれている。
おそるおそる開くと定期テストの成績表も挟まっていて、どれも私の実力では到底及ばない数字ばかりが並んでいた。
さきほど裏庭で、私が勉強を得意だと勘違いした冬霧の、ぱっと華やいだ顔の理由に思い当たる。
そしておばあちゃんが、お母さんの早すぎる結婚に反対するほど怒った事情にも。
私の紙を持つ手に力が入った。
おばあちゃんはきっと、優秀な娘が私を産むために学業を諦めることを許せなかったんだ。
だから一度も会えなかった。
私は急に、お母さんにとって大したことのない成績を見せて喜んでいた、子どものころの無知な自分にむなしくなった。
引き出しを静かに戻すと、片付けも途中のままその場を離れる。
外に出た。
昨日通った雑木林に囲まれた砂利道を進むと、舗装された道路とつながった三叉路に近づいていく。
すると、どこかへ行かなくてはいけないような焦燥感が募ってきて、私は深く考えることはせずに小走りで右手に曲がった。
その道もまだ脇に木々が生い茂る田舎道ではあるけれど、もう少し行けば民家がちらほら出てきて、さらに進めば最寄りの駅やこれから通う予定の高校も見えてくる。
歩いているうちに、先ほどの気持ちの焦りが少しおさまってきた。
速度を緩めて目的地のない散歩をしていると、昨日家に向かうときに見かけたコンビニが見えてくる。
ふと冬霧の顔が浮かんできて、おやつでも買っていく気になった。
小さいころ私が落ち込むと、お母さんはよく「元気がでないときは、誰かのためを思ってちょっとしたことをするといいよ」と教えてくれて、そのたびに私はお店で小さなチョコレートや飴をひとつ買って、お母さんにプレゼントした。
そういうときは必ず、お母さんは大げさなくらい喜んでくれるから、私もつられるように嬉しくなって、小さな悩みや落ち込みくらいならすぐに飛んで行った。
冬霧に好き嫌いはあるのかな。
あちこちの景色に目を向けながら回想に浸っていた私は視線は正面に戻すと、足がはたと止まる。
──すごいな。うみは勉強が得意なのか。
裏庭で冬霧が目を輝かせてくれたことを思い出して、少し気持ちを取り直す。
あんなふうに期待されると自信がなくなってしまったのか、つい不機嫌な態度をとってしまったけれど、落ち着いて考えたら悪い気はしなかった。
むしろ、嬉しい。
小学校のころ私が百点のテストを持ち帰ると、お母さんはいつも「うみのがんばりを見せてくれてありがとう」と抱きしめてくれた。
あのときの腕の中を思い出して、心がほんわりしてくる。
少しの間お世話になった親戚の家には同い年の女の子がいたけれど、私はなぜかその子のイマイチな成績と比較されることとなり、意味の分からない人格否定や嫌味をはじめ、不正に成績をあげているような根拠のない非難を受けたりしていたこともあって、こんな気持ちになれたのも久しぶりだった。
少し高望みして入った学校だし、ついていけなくならないように、自分が点数を取りこぼしやすかった単元の復習と、苦手な数学の予習でもしておこうかな。
荷物を片付けてからすることも決まり、私は昨日から使っている和室を見回して、木製のたんすに目をとめた。
使ってもいいよね。
年代物の風格がある黒い取っ手を引いてみると、お母さんが子どものころに着ていたものなのか、女の子用の服が入っていた。
いくつか開けてみると空いているところもあるので、そこに荷物をしまっていく。
一番上の段は他よりも小さく仕切られていていて、何気なく開くと古びた紙を見つけた。
私が春から通う予定の高校名が印刷されている通知表だ。
そこには、勉強があまり好きではないと言っていたお母さんの名前が旧姓で書かれている。
おそるおそる開くと定期テストの成績表も挟まっていて、どれも私の実力では到底及ばない数字ばかりが並んでいた。
さきほど裏庭で、私が勉強を得意だと勘違いした冬霧の、ぱっと華やいだ顔の理由に思い当たる。
そしておばあちゃんが、お母さんの早すぎる結婚に反対するほど怒った事情にも。
私の紙を持つ手に力が入った。
おばあちゃんはきっと、優秀な娘が私を産むために学業を諦めることを許せなかったんだ。
だから一度も会えなかった。
私は急に、お母さんにとって大したことのない成績を見せて喜んでいた、子どものころの無知な自分にむなしくなった。
引き出しを静かに戻すと、片付けも途中のままその場を離れる。
外に出た。
昨日通った雑木林に囲まれた砂利道を進むと、舗装された道路とつながった三叉路に近づいていく。
すると、どこかへ行かなくてはいけないような焦燥感が募ってきて、私は深く考えることはせずに小走りで右手に曲がった。
その道もまだ脇に木々が生い茂る田舎道ではあるけれど、もう少し行けば民家がちらほら出てきて、さらに進めば最寄りの駅やこれから通う予定の高校も見えてくる。
歩いているうちに、先ほどの気持ちの焦りが少しおさまってきた。
速度を緩めて目的地のない散歩をしていると、昨日家に向かうときに見かけたコンビニが見えてくる。
ふと冬霧の顔が浮かんできて、おやつでも買っていく気になった。
小さいころ私が落ち込むと、お母さんはよく「元気がでないときは、誰かのためを思ってちょっとしたことをするといいよ」と教えてくれて、そのたびに私はお店で小さなチョコレートや飴をひとつ買って、お母さんにプレゼントした。
そういうときは必ず、お母さんは大げさなくらい喜んでくれるから、私もつられるように嬉しくなって、小さな悩みや落ち込みくらいならすぐに飛んで行った。
冬霧に好き嫌いはあるのかな。
あちこちの景色に目を向けながら回想に浸っていた私は視線は正面に戻すと、足がはたと止まる。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
癒しのあやかしBAR~あなたのお悩み解決します~
じゅん
キャラ文芸
【第6回「ほっこり・じんわり大賞」奨励賞 受賞👑】
ある日、半妖だと判明した女子大生の毬瑠子が、父親である美貌の吸血鬼が経営するバーでアルバイトをすることになり、困っているあやかしを助ける、ハートフルな連作短編。
人として生きてきた主人公が突如、吸血鬼として生きねばならなくなって戸惑うも、あやかしたちと過ごすうちに運命を受け入れる。そして、気づかなかった親との絆も知ることに――。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
†レクリア†
希彗まゆ
キャラ文芸
不完全だからこそ唯一の『完全』なんだ
この世界に絶望したとき、世界中の人間を殺そうと思った
わたしのただひとつの希望は、ただあなたひとりだけ
レクリア───クローンの身体に脳を埋め込み、その身体で生きることができる。
ただし、完全な身体すぎて不死になるしかない───
********************
※はるか未来のお話です。
ストーリー上、一部グロテスクな部分もあります。ご了承ください
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
闇に堕つとも君を愛す
咲屋安希
キャラ文芸
『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。
正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。
千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。
けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。
そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。
そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
ひかるのヒミツ
世々良木夜風
キャラ文芸
ひかるは14才のお嬢様。魔法少女専門グッズ店の店長さんをやっていて、毎日、学業との両立に奮闘中!
そんなひかるは実は悪の秘密結社ダーク・ライトの首領で、魔法少女と戦う宿命を持っていたりするのです!
でも、魔法少女と戦うときは何故か男の人の姿に...それには過去のトラウマが関連しているらしいのですが...
魔法少女あり!悪の組織あり!勘違いあり!感動なし!の悪乗りコメディ、スタート!!
気楽に読める作品を目指してますので、ヒマなときにでもどうぞ。
途中から読んでも大丈夫なので、気になるサブタイトルから読むのもありかと思います。
※小説家になろう様にも掲載しています。
闇の翼~Dark Wing~
桐谷雪矢
キャラ文芸
人ならざる異種族がさりげなく紛れ込んでいる……知るモノにはそんな非日常が隣り合わせにある日常。
バーのマスターである俺は、常連客の便利屋とのひょんな仕事がきっかけで、面倒ごとに巻き込まれるコトに。
そもそも俺が吸血鬼でその異種族なせいで、巻き込まれたんだか、呼び込んだんだかしちまったのか、それとも後の祭りなのか。
気がつけば、非日常が日常になっていた?
*・゜゚・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・**・゜゚・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・*
ちょっと昔の伝奇ジュヴナイル系のイメージです。
↓↓↓↓↓↓
怖くないのにホラーカテゴリーでいいのだろうか、でもファンタジーも違う気が、と悩んでいましたが、落ち着けそうなカテゴリーができたので、早速お引っ越しいたしました。
お気に入り・感想、よろしくです。
*・゜゚・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・**・゜゚・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・*
カクヨムさんにも置いてみました。
誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。【完結】
双葉
キャラ文芸
【本作のキーワード】
・幽霊カフェでお仕事
・イケメン店主に翻弄される恋
・岐阜県~愛知県が舞台
・数々の人間ドラマ
・紅茶/除霊/西洋絵画
+++
人生に疲れ果てた璃乃が辿り着いたのは、幽霊の浄化を目的としたカフェだった。
カフェを運営するのは(見た目だけなら王子様の)蒼唯&(不器用だけど優しい)朔也。そんな特殊カフェで、璃乃のアルバイト生活が始まる――。
舞台は岐阜県の田舎町。
様々な出会いと別れを描くヒューマンドラマ。
※実在の地名・施設などが登場しますが、本作の内容はフィクションです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
いたくないっ!
かつたけい
キャラ文芸
人生で最大級の挫折を味わった。
俺の心の傷を癒すために、誰かアニソンを作ってくれ。
神曲キボンヌ。
山田定夫は、黒縁眼鏡、不潔、肥満、コミュ障、アニメオタクな高校生である。
育成に力を注いでいたゲームのキャラクターを戦死させてしまった彼は、
脱力のあまり掲示板にこのような書き込みをする。
本当に素晴らしい楽曲提供を受けることになった定夫は、
その曲にイメージを膨らませ、
親友二人と共に、ある壮大な計画に胸を躍らせる。
それはやがて、日本全国のオタクたちを巻き込んで……
鬼の御宿の嫁入り狐
梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中!
【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】
鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。
彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。
優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。
「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」
劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。
そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?
育ててくれた鬼の家族。
自分と同じ妖狐の一族。
腹部に残る火傷痕。
人々が語る『狐の嫁入り』──。
空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる