【完結】あやかしの隠れ家はおいしい裏庭つき

入魚ひえん

文字の大きさ
上 下
2 / 30

2・体質

しおりを挟む
 冬霧は片腕にキャリーケース、反対側に私を抱え、床板がきしむ通路を進む。

「は、放してよ。逃げないから!」

「そう?」

 大声で騒ぐと、冬霧は私をひんやりとした板の間におろして扉を開く。

 ふすまに仕切られた古風な居間が現れた。

 ひと昔前の時代へ紛れ込んでしまったかのような、いかにもおばあちゃんの家という懐かしい雰囲気で、部屋の隅には色あせた木製の戸棚や年季の入った振り子の壁時計が動いている。

 広々というよりはこぢんまりとした居心地のいい感じに、なんだかほっとした。

 天井の中央には大きなお椀をひっくり返したような照明がつり下がっていて、その真下に置かれた和食とちゃぶ台を柔らかく照らしている。

 ちゃぶ台の上には、ご飯とみそ汁、焼き魚と小鉢にはきんぴらごぼうがそろっていた。

 素朴だけど味わい深い見た目の食卓から、ほんのりと温度を帯びた香りが漂ってきた。

 飢えた獣のように、私のお腹が鳴る。

 恥ずかしさに耐えられずうずくまると、部屋の脇にキャリーケースを置いていた冬霧が驚きを隠さず振り返った。

「うみ、すごい音だね。お腹空いて立てないの?」

 デリカシーがなさすぎる。

 彼はそうだろうと予想していたけれど、それで羞恥心が軽減されるわけでもなく、私は顔を真っ赤にして言い訳をした。

「だって私、今日はここに来るまでずっと緊張していたんだよ。なにも食べられないくらい……」

 だったはずなのに、不覚にも空腹感を覚える。

「それなら一緒に食べよう」

「で、でも私が食べたらあなたの、」

「冬霧だよ」

「冬霧さんの、」

「冬霧だよ」

「……冬霧のぶんが、なくなっちゃうし」

「次の日に残るくらい多めにあったし、気にしなくていいよ。明日の分は明日に任せよう」

 冬霧は落ち着いた色味の座布団を持ってきて私の場所を作ってくれると、慣れた様子ですぐ隣の台所へ行く。

 私はもうフードをかぶっていない冬霧の頭部を見つめた。

 少し長めで赤みのかかった金髪から、同じ色をした毛色の耳が対になってのびている。

 視線を落としたけれど、一度だけ腰のあたりではみ出していたしっぽは見えなかった。

 さっき私が飛びついて驚かせてしまったことが原因で出てきただけで、普段は隠しているかもしれない。

「……冬霧は、あやかしなの?」

「うん。綾子がそう言ってた」

 冬霧はいそいそと食器を出してちゃぶ台の前に座り、手際よくわけはじめた。

「俺のこと、怖い?」

「……驚いてる、かな。だけど他の人よりは、驚いていないと思う。あやかしがいるのは知ってたから」

 小さいころから時折、私の心にはなにかの感情が入ってくることがある。

 突然襲ってくるその気持ちの理由を、お母さんは私が『あやかし』という不思議な存在の感情が伝わってくる、変わった体質らしいと教えてくれた。

 らしいというのは、お母さんは違うけれどそういう人がいることを知っているそうで、それは病院に行ったり薬を飲んだりすれば治るものでもないので、そのまま生きていかなくてはいけないらしい。

 その説明で私は納得するしかなかったけれど、すれ違ったり風に乗ってくるのか、唐突に侵入してくるあやかしのものらしい感情が苦手なことに、変わりはなかった。

 そのたびに気持ちが引きずられて、どうすればいいのかわからなくなる。

「だけど私、あやかしがいるのは知っていても、ずっと関わらないように生きていたから……。こんな風に話したのも初めてで、緊張してる」

「そっか」

 冬霧はごはんを半分移してくれたお茶碗を私に向ける。

「ほら、うみ。突っ立ってないで座らないとお腹が膨れない。食べよう」

 私は草花が描かれた青と白の茶碗を受け取ると、冬霧と向かい合って座った。

 ここに住むつもりでやってきたけれど、まさかあやかしの先客がいて夕食をごちそうになるとは、夢の中にでもいるような気がしてくる。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希
キャラ文芸
 『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。  正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。  千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。  けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。  そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。  そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。

鎮魂の絵師

霞花怜
キャラ文芸
絵師・栄松斎長喜は、蔦屋重三郎が営む耕書堂に居住する絵師だ。ある春の日に、斎藤十郎兵衛と名乗る男が連れてきた「喜乃」という名の少女とで出会う。五歳の娘とは思えぬ美貌を持ちながら、周囲の人間に異常な敵愾心を抱く喜乃に興味を引かれる。耕書堂に居住で丁稚を始めた喜乃に懐かれ、共に過ごすようになる。長喜の真似をして絵を描き始めた喜乃に、自分の師匠である鳥山石燕を紹介する長喜。石燕の暮らす吾柳庵には、二人の妖怪が居住し、石燕の世話をしていた。妖怪とも仲良くなり、石燕の指導の下、絵の才覚を現していく喜乃。「絵師にはしてやれねぇ」という蔦重の真意がわからぬまま、喜乃を見守り続ける。ある日、喜乃にずっとついて回る黒い影に気が付いて、嫌な予感を覚える長喜。どう考えても訳ありな身の上である喜乃を気に掛ける長喜に「深入りするな」と忠言する京伝。様々な人々に囲まれながらも、どこか独りぼっちな喜乃を長喜は放っておけなかった。娘を育てるような気持で喜乃に接する長喜だが、師匠の石燕もまた、孫に接するように喜乃に接する。そんなある日、石燕から「俺の似絵を描いてくれ」と頼まれる。長喜が書いた似絵は、魂を冥府に誘う道標になる。それを知る石燕からの依頼であった。 【カクヨム・小説家になろう・アルファポリスに同作品掲載中】 ※各話の最後に小噺を載せているのはアルファポリスさんだけです。(カクヨムは第1章だけ載ってますが需要ないのでやめました)

鬼の御宿の嫁入り狐

梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中! 【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】  鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。  彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。  優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。 「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」  劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。  そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?  育ててくれた鬼の家族。  自分と同じ妖狐の一族。  腹部に残る火傷痕。  人々が語る『狐の嫁入り』──。  空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。

乙女フラッグ!

月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。 それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。 ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。 拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。 しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった! 日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。 凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入…… 敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。 そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変! 現代版・お伽活劇、ここに開幕です。

俺の知らない大和撫子

葉泉 大和
キャラ文芸
 松城高校二年三組に在籍する諏訪悠陽は、隣の席にいる更科茉莉のことを何も知らない。  何故なら、彼女は今年の四月に松城高校に転入して来たからだ。  長く綺麗な黒髪で、まるで大和撫子が現代に飛び出したような容姿をしている茉莉は、その美貌も重なって、瞬く間に学校中の人気者になった。  そんな彼女のせいで、悠陽の周りは騒がしくなってしまい、平穏な学校生活を送ることが出来なくなっていた。  しかし、茉莉が松城高校に転入してから三週間ほどが経った頃、あることをきっかけに、悠陽は茉莉の秘密を知ってしまう。  その秘密は、大和撫子のようなお淑やかな彼女からは想像が出来ないもので、彼女の与えるイメージとは全くかけ離れたものだった。  そして、その秘密のせいで更に悠陽は厄介事に巻き込まれることになり……? (※こちらの作品は小説家になろう様にて同時連載をしております)

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

眠らせ森の恋 おまけ

菱沼あゆ
キャラ文芸
「眠らせ森の恋」その後のお話です。 私……おそろしいものを手に入れてしまいました……。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

処理中です...