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7章
55・今夜を楽しみましょう
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「セルディさま、すみません。私、あのご令嬢が気になります。セルディさまと離れたくないのですが……」
「わかった。そばにいるから、行っておいで」
(はい!)
セルディの返事に安心して、エレファナはその令嬢のそばへ寄った。
「どうかしましたか。具合が悪いのですか?」
エレファナが驚かさないようにそっと声をかけると、振り返った令嬢は今にも泣き出しそうな赤い顔をしている。
「わ、私……こういう場ははじめてで緊張していて……。そのせいかメイクが崩れていないかずっと気になってしまって、先ほど化粧室で確認していたんです。でもホールに戻ろうとしたら……っ」
行き交う男女の楽しげな気配を背にしながら、令嬢は震えた声を詰まらせて視線を落とした。
彼女は真新しいドレスと同じ月色の靴を履き、自分の足首を飾る繊細なデザインのストラップに片手を添えている。
「見せてくださいますか?」
令嬢が目を伏せたまま頷くと、エレファナはそばに屈んでストラップを手に取る。
(アンクルストラップの留め具が壊れてしまって、歩けなかったのですね。そのとき転んでしまったのか、足首も少しだけ痛めているようです)
エレファナは美しいドレスの裾を床につけることも厭わず、壊れたストラップを観察している。
その真剣な表情に胸を打たれて、令嬢は瞳に涙を浮かべた。
「親切にしてくださって、本当にありがとうございます。でも、どうしようもないことはわかっているんです。想いを寄せている方が誘ってくださったので、あまり得意ではないダンスの練習も張り切ったのですが、空回りしてしまいました。今夜はもう……」
「できました!」
「……え?」
エレファナは魔導で修復と治癒を込めたその繊細なデザインのストラップを、女性の足首に着け直した。
「これで歩けます。ステップも踏めますよ」
「え? え……でもそんな……本当に直って……?」
「はい。足首の調子も次第に良くなると思いますので、あとはあなたの気持ちさえ準備ができれば、想い人の方とダンスもできるはずです」
「で、でも先ほどまで留め具があんなにひしゃげていたのに……」
「留め具を直すにはコツがあって、私はそれが得意なのです。では、今夜を楽しみましょう」
エレファナは立ち上がると、あっけに取られて見つめてくる令嬢に笑顔で一礼をしてその場を去った。
「お待たせしました、セルディさま」
セルディは少し離れたところで見守ってくれている。
それはなにかあれば手助けできる距離でありながらも、恥ずかしい思いをしている令嬢に対して気づかないふりをしているセルディの心配りだとわかっている。
(セルディさまはいつだって、私がしたいことに協力してくれます……あら?)
「わかった。そばにいるから、行っておいで」
(はい!)
セルディの返事に安心して、エレファナはその令嬢のそばへ寄った。
「どうかしましたか。具合が悪いのですか?」
エレファナが驚かさないようにそっと声をかけると、振り返った令嬢は今にも泣き出しそうな赤い顔をしている。
「わ、私……こういう場ははじめてで緊張していて……。そのせいかメイクが崩れていないかずっと気になってしまって、先ほど化粧室で確認していたんです。でもホールに戻ろうとしたら……っ」
行き交う男女の楽しげな気配を背にしながら、令嬢は震えた声を詰まらせて視線を落とした。
彼女は真新しいドレスと同じ月色の靴を履き、自分の足首を飾る繊細なデザインのストラップに片手を添えている。
「見せてくださいますか?」
令嬢が目を伏せたまま頷くと、エレファナはそばに屈んでストラップを手に取る。
(アンクルストラップの留め具が壊れてしまって、歩けなかったのですね。そのとき転んでしまったのか、足首も少しだけ痛めているようです)
エレファナは美しいドレスの裾を床につけることも厭わず、壊れたストラップを観察している。
その真剣な表情に胸を打たれて、令嬢は瞳に涙を浮かべた。
「親切にしてくださって、本当にありがとうございます。でも、どうしようもないことはわかっているんです。想いを寄せている方が誘ってくださったので、あまり得意ではないダンスの練習も張り切ったのですが、空回りしてしまいました。今夜はもう……」
「できました!」
「……え?」
エレファナは魔導で修復と治癒を込めたその繊細なデザインのストラップを、女性の足首に着け直した。
「これで歩けます。ステップも踏めますよ」
「え? え……でもそんな……本当に直って……?」
「はい。足首の調子も次第に良くなると思いますので、あとはあなたの気持ちさえ準備ができれば、想い人の方とダンスもできるはずです」
「で、でも先ほどまで留め具があんなにひしゃげていたのに……」
「留め具を直すにはコツがあって、私はそれが得意なのです。では、今夜を楽しみましょう」
エレファナは立ち上がると、あっけに取られて見つめてくる令嬢に笑顔で一礼をしてその場を去った。
「お待たせしました、セルディさま」
セルディは少し離れたところで見守ってくれている。
それはなにかあれば手助けできる距離でありながらも、恥ずかしい思いをしている令嬢に対して気づかないふりをしているセルディの心配りだとわかっている。
(セルディさまはいつだって、私がしたいことに協力してくれます……あら?)
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