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1章

8・思い当たることがひとつだけある

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「少しお会いしただけですが、奥さまの寝言はセルディさまの名前ばかりでした。話を聞いた感じもあなたのことをひたすらお慕いしているようですが、理由がよく分かりません。彼女の考えを把握するためにも、具体的にどのようなやりとりをしたのか、聞かせていただけますか?」

「俺は『答えなければ剣を抜く』と脅して詰問した。『婚約破棄された魔女か? 精霊を奪ったのか? 愛するつもりはないが、夫だ。精霊を渡せ』といった具合に」

「え、最低ですね」

「……その通りだ」

 罪悪感に満ちた様子で肯定するセルディに対し、バートは「ずいぶん気にしてるようですが」と率直に指摘する。

「まぁ相手は強大なドルフ帝国を破滅に追い込んだとされる、あの悪名高い魔女ですからね。御さねば民が苦しみ国が滅ぼされかねないと、命がけの思いで対峙したのでしょうから。事情はわかります」

「しかしその態度で憎まれるどころか、エレファナが俺に対して、飛躍し過ぎなほど好意的だったのは事実だ」

 家族ができたと喜ぶ、エレファナの笑顔と出会いの一連を思い出すたび、セルディの胸の奥で重苦しいものが疼いた。

(どう考えても、謝罪するべきだな)

「ところでバート、口元がむずむずしているようだが。なにが言いたいんだ?」

「はい。セルディさまに好意的な魔女は、あなたの人柄をすでに見抜いていたのかもしれないと思いまして」

「朴念仁か」

「誠実性です」

 セルディはひとつ息をつく。

「……思い当たることがひとつだけある。エレファナは家族に憧れているらしい。だから夫ができたと聞いただけで喜んでいる節があった」

 バートは顎に手を当て「あぁ、もしかすると」と、声を上げた。

「それ、すりこみではありませんか」

「すりこみ? それは……生まれたばかりの雛鳥が、初めて見た相手を親鳥だと信じ込んで懐くという愛着行動のことか」

「そうそう、それです」

「俺は親鳥ではなく夫のはずだが」

「つまり彼女はセルディさまが夫だと聞いて、愛想が無さすぎるところも生真面目すぎるところも、全部良い方向に解釈して、信頼してくれているのではないですか?」

 セルディの脳裏に、自分が歩く後ろを雛のような足取りでついてくる、嬉しそうなエレファナが浮かんだ。

「なるほど、夫に対する愛着行動という解釈なら妙にしっくりくる。しかし親との関係が子に大きな影響を与えることを踏まえれば……親鳥、いや夫との関係はエレファナにとって重要だ。もちろんエレファナと魔力を繋げている精霊にも」

 セルディは幾度も聞いたことがある、非道な夫との関係悪化から破滅や復讐の道を選ぶ夫人の話を思い出して、ぞっとする。

「無条件で信頼されるというのは、なかなか恐ろしいな」

(しかもエレファナは、恐怖の対象として語り継がれるほどの魔力を保持する伝説の魔女だ。俺の影響で彼女の心が歪めば、世界の脅威にすらなるだろう……)

 考え込んでいるセルディの心情を察し、バートは笑いかける。

「大丈夫ですよ。先ほどの奥さまは気を失っていましたが、セルディさまの寝言を呟かれるお姿は、本当に親鳥の……いえ。夫の存在に安心しきった、やさしい表情をされていましたから」


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