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67・侍女の決意

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 リタさんは毅然とした様子で立ち上がると、ユリウス殿下を羽交い絞めにした。

「レナさん、今のうちに逃げてください!」

 突然のことに驚いたユリウス殿下の手から、リングケースがころりと草地に転がった。

「放せ、侍女の癖に逆らう気か! こんなことをすれば、お前のせいで家族や領地がひどい目に遭うぞ! それでもいいのか!?」

「嫌です! だけど私ひとりにできることなんて、本当にちっぽけなんです!」

「そうだ。だからお前は、力のある俺を頼るしかない!」

「いいえ! レナさんのおかげで気づけました。私が頼るのは殿下でなく、大切な家族だったんです!!」

「いっ、」

「私は弟のことを応援したいんです!!」

「痛たたいっ!!」

 リタさんは身体の硬いユリウス殿下を、容赦のない力で抑えこんでいる。

「私が殿下に従ってレナさんを犠牲にしたと知れば、たとえ入学が叶ったとしても、素直で正義感の強い弟は喜びません。それどころか裏切りかもしれないんです。だからもうユリウス殿下の侍女は辞めます。帰って家族に相談します。これからの子爵領について、一緒に協力していくための話をするんです!」

 リタさんはわめき暴れるユリウス殿下を抑えながらも、私に向かって笑った。

「それに少し話しただけでも、私にはわかりました。悪趣味な殿下よりずっと、レナさんにはふさわしい方がいるって」

「リタさん……」

「早く行って! ユリウス殿下は方向音痴なので、見失えば追うこともできません!!」

「俺は方向音痴ではないっ」

 ユリウス殿下はリタさんを振り払った。

「俺の行く方向に、目的地がないのが悪い!」

 彼のてのひらにまばゆい塊が現れ、バチバチと荒ぶる光を弾きながら膨らんでいく。

 そこに雷属性の魔石が握られていた。

 魔力が少なくても魔石の力を借りれば、その属性の魔術を扱うことができる。

 ユリウス殿下は魔石によって発現させた電撃を片手に、血走った目でリタさんを睨みつけた。

「不愉快だ!! 侍女の癖に、俺に逆らった罪を償え!!」

 ユリウス殿下は勢いよく腕を振り下ろし、そのまま前のめりに転んだ。

 リタさんの悲鳴が上がる。

 その後、あたりは静寂に包まれた。

 なにも起こらないことにユリウス殿下も気づいたらしく、呆然とした様子で草地に倒れたまま顔を上げる。

「……な、なぜだ? なぜ、魔石で発現した雷撃が消えた!?」

 ユリウス殿下は雷撃の失われた自らの手を見つめると、驚愕に目を見開いた。

「なっ、なんだこれは!!」

 ユリウス殿下は跳びあがり、自分の全身を見回す。

 彼の髪の毛は静電気に逆立っていた。

「これは一体!? 俺の体がパチパチと鳴っている!!」

 その言葉通り、彼の全身から微弱な雷が小さな音を立てて爆ぜている。

「まさかレナーテ……お前のしわざか!?」



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