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64・侍女の様子
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私は小さい魔石が大量に入っている、小ぶりの手さげかばんを持った。
箱入りになっている魔石はリタさんにお願いして、私たちは広い緑地でにぎわう出店や人々の中を進んでいく。
「レナさんに重い方を持たせてしまうことになって、すみません」
「そちらの魔石のほうが貴重ですから。よろしくお願いしますね」
それでもリタさんは申し訳なさそうにしている。
でも意外と重くて値の張る魔石を彼女だけに運ばせるなんて、そのまま別れてしまえば私の方が落ち着かなくなりそうだ。
皇城内は比較的治安がいい。
それでもリタさんの雇い主は護衛もつけずに、魔石の知識がない侍女だけに任せたりして心配ではないのかな。
リタさんは妙に緊張した様子で、希少な魔石の入った箱を抱きかかえていた。
「魔石といっても審美用に特化した種類ですので、炎や雷が弾けたりする危険はありませんよ」
でも宿っている魔力が影響して、保存方法で光沢や色味が変化することもある。
その仕組みや取り扱いなどを簡単に説明すると、リタさんも真剣に聞いてくれた。
「そこまで教えてもらえれば、もし魔石の管理を任されてもこなせそうです。私と別れた後のことまで考えてくださって、本当にありがとうございます。レナさんは私を助けてくれた聖女様みたいに、やさしい方ですね」
私は魔石入りのかばんに視線を落とした。
聖女だったころ、当時の婚約者だった王太子の侍女が重すぎる荷物に困っていたので、こんな風に一緒に運んだことがある。
それを見た王太子からは「侍女の真似事をするなんて、将来の王妃とは思えないみっともない振る舞いだ!」と注意をされたけれど、ひとりで持つにはどう考えても重すぎるので気にせず手伝った。
すると司教たちからは「香の中で生活をしているのに、こんなに反抗的な聖女は初めてだ」と嫌がられた。
前世を思い出したことであの世界から飛び出せて、本当によかったと思う。
「私はしたいことをしているだけなんです。それでリタさんが喜んでくれるのなら、嬉しいことですね」
「ありがとうございます。今日は突然、雇い主様からいくつも用事を頼まれたんです。私には無理かもしれないとずっと不安で……。でもレナさんと会ってから悩みがあっという間に解決していって、本当に感謝しています」
「私のことなら気にしなくていいですよ。責任重大なお仕事を任されると、大変なこともありますよね」
リタさんの瞳が一瞬、泣き出しそうに揺れる。
どうしたんだろう。
普段から無理のある仕事を雇い主に押し付けられて、つらい思いをしているのかな。
「他に私ができることはありますか? 困っていることがあれば、遠慮せずに教えてくださいね」
「! い、いえ……。私なら平気です。聖女様の祈りで毒を浄化していただいてから、病弱だったはずの身体も驚くほど健康になりましたし。それに私の仕えている雇い主様が、弟の入学の推薦をしてくださるそうです。あの子のためだから、この仕事をがんばろうって決めたんです」
つまり雇用主に嫌われれば、いくら優秀でも弟さんの入学は難しいということなんだろう。
だからリタさんは主人の機嫌を損ねないように、適性のない仕事でも必死にこなしているのかもしれない。
「仲のいいお姉さんと弟さんなんて、羨ましいです」
「弟とは八つも年が離れているせいか、いつになっても私にはすごくかわいい存在です。彼が大好きなシュークリームを夢中になって頬張る姿なんて、思わずにんまりしてしまいます」
お気に入りのコーヒーゼリーを食べるディルの横顔が浮かんできて、私は大きく頷いた。
「わかります……!」
「わかりますか!?」
「わかります!」
私の相槌に、先ほどまで沈んだ様子のリタさんが微笑む。
「弟がかわいいのはもちろんですけど、彼の素直で正義感の強いところも尊敬しています。最近は、魔獣の出没が多い子爵家の領地を継ぐ自覚も出てきました。それで国内で唯一の、聖騎士科がある貴族学院に入学したいと努力しています。だから私も、できる限り応援したいんです」
「わかります……!」
「わかりますか!?」
「わかります!」
魔帝としての務めを熱心に果たしているディルは、本当にかわいい。
でもそれだけじゃない。
ディルの積み重ねてきた実力や実績はもちろん、考え方や振る舞い、孤独な一面を知るたびに尊敬する気持ちが強くなるし、応援したいとも思う気持ちも増していた。
「だけど彼の方こそ、何気ないことでも私を応援してくれるんです。だから今日のこと……私がこうしてリタさんのお手伝いができた話も、聞いてほしいなって思っています」
リタさんは唐突に立ち止まった。
「リタさん……?」
彼女は強張った顔のまま、私と目を合わせない。
「……レナさん、ここまでで十分です」
「え?」
「本当に、ありがとうございました」
リタさんは一礼すると、走り去っていく。
「でもあの、これは……」
リタさんがいたところへ差し出した私の手には、魔石が大量に入った手さげかばんが握られたままだった。
箱入りになっている魔石はリタさんにお願いして、私たちは広い緑地でにぎわう出店や人々の中を進んでいく。
「レナさんに重い方を持たせてしまうことになって、すみません」
「そちらの魔石のほうが貴重ですから。よろしくお願いしますね」
それでもリタさんは申し訳なさそうにしている。
でも意外と重くて値の張る魔石を彼女だけに運ばせるなんて、そのまま別れてしまえば私の方が落ち着かなくなりそうだ。
皇城内は比較的治安がいい。
それでもリタさんの雇い主は護衛もつけずに、魔石の知識がない侍女だけに任せたりして心配ではないのかな。
リタさんは妙に緊張した様子で、希少な魔石の入った箱を抱きかかえていた。
「魔石といっても審美用に特化した種類ですので、炎や雷が弾けたりする危険はありませんよ」
でも宿っている魔力が影響して、保存方法で光沢や色味が変化することもある。
その仕組みや取り扱いなどを簡単に説明すると、リタさんも真剣に聞いてくれた。
「そこまで教えてもらえれば、もし魔石の管理を任されてもこなせそうです。私と別れた後のことまで考えてくださって、本当にありがとうございます。レナさんは私を助けてくれた聖女様みたいに、やさしい方ですね」
私は魔石入りのかばんに視線を落とした。
聖女だったころ、当時の婚約者だった王太子の侍女が重すぎる荷物に困っていたので、こんな風に一緒に運んだことがある。
それを見た王太子からは「侍女の真似事をするなんて、将来の王妃とは思えないみっともない振る舞いだ!」と注意をされたけれど、ひとりで持つにはどう考えても重すぎるので気にせず手伝った。
すると司教たちからは「香の中で生活をしているのに、こんなに反抗的な聖女は初めてだ」と嫌がられた。
前世を思い出したことであの世界から飛び出せて、本当によかったと思う。
「私はしたいことをしているだけなんです。それでリタさんが喜んでくれるのなら、嬉しいことですね」
「ありがとうございます。今日は突然、雇い主様からいくつも用事を頼まれたんです。私には無理かもしれないとずっと不安で……。でもレナさんと会ってから悩みがあっという間に解決していって、本当に感謝しています」
「私のことなら気にしなくていいですよ。責任重大なお仕事を任されると、大変なこともありますよね」
リタさんの瞳が一瞬、泣き出しそうに揺れる。
どうしたんだろう。
普段から無理のある仕事を雇い主に押し付けられて、つらい思いをしているのかな。
「他に私ができることはありますか? 困っていることがあれば、遠慮せずに教えてくださいね」
「! い、いえ……。私なら平気です。聖女様の祈りで毒を浄化していただいてから、病弱だったはずの身体も驚くほど健康になりましたし。それに私の仕えている雇い主様が、弟の入学の推薦をしてくださるそうです。あの子のためだから、この仕事をがんばろうって決めたんです」
つまり雇用主に嫌われれば、いくら優秀でも弟さんの入学は難しいということなんだろう。
だからリタさんは主人の機嫌を損ねないように、適性のない仕事でも必死にこなしているのかもしれない。
「仲のいいお姉さんと弟さんなんて、羨ましいです」
「弟とは八つも年が離れているせいか、いつになっても私にはすごくかわいい存在です。彼が大好きなシュークリームを夢中になって頬張る姿なんて、思わずにんまりしてしまいます」
お気に入りのコーヒーゼリーを食べるディルの横顔が浮かんできて、私は大きく頷いた。
「わかります……!」
「わかりますか!?」
「わかります!」
私の相槌に、先ほどまで沈んだ様子のリタさんが微笑む。
「弟がかわいいのはもちろんですけど、彼の素直で正義感の強いところも尊敬しています。最近は、魔獣の出没が多い子爵家の領地を継ぐ自覚も出てきました。それで国内で唯一の、聖騎士科がある貴族学院に入学したいと努力しています。だから私も、できる限り応援したいんです」
「わかります……!」
「わかりますか!?」
「わかります!」
魔帝としての務めを熱心に果たしているディルは、本当にかわいい。
でもそれだけじゃない。
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「リタさん……?」
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「……レナさん、ここまでで十分です」
「え?」
「本当に、ありがとうございました」
リタさんは一礼すると、走り去っていく。
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