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59・気づいていました

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 そういえば、あの全身白タイツの皇城魔術師を現行犯で捕まえたとき、誰かが言っていた。

 ハーロルト・クライス・ヴァイゲル閣下って……あれ?

 それって、つまり……ハーロルトさんの!

 私は改めて、不敵な笑みを浮かべてたたずむ夫人を見つめた。

「ハーロルトさん……様の、奥様ですか?」

「ええ、そうよ」

 本当にこの人が、ハーロルトさんの奥様……!?

 彼女の迫力に、夫婦関係の主導権をどちらが握っているのかは一目瞭然だけれど。

 でもどうしてハーロルトさんの奥様が?

 ううん、もしかすると私に用があるのは、ハーロルトさんの奥様ではないのかもしれない。

「私に一体どんなご用ですか、ベルタさん」

 まっすぐ見つめると、夫人はいっそう笑みを深めた。

「あら、気づいていたのね」

「容姿や年齢が違っていても、魔紋を見ればわかりますよ。ベルタさんの魔力の流れは誰よりも安定していますけど、さっきの荒い魔術は身体が冷えていたせいのように思えました。またアイスを食べ過ぎましたね?」

「安心して、そこまで体に悪くないの。建国祭限定のたっぷり青汁アイスだから」

「それはおいしいんですか?」

「だってアイスだもの」

 大魔術師のときは変化魔術で三百歳ほどになっていたし、着ている服も全然違うけど、アイス愛は変わらないらしい。

「私が魔術師ベルタだということを、夫には秘密にしてね。あの人、心配性だから」

 私は頷く。

「ハーロルトさんに知られないために、私にも正体を隠していたんですか?」

「それは違うわ」

 ベルタさんは視線をワイングラスへ移すと、少し恥ずかしそうに頬を染めた。

「だって私の本当の姿が侯爵夫人だなんて、全然おもしろくないし、つまらないし、アイスを食べすぎると変な顔で見られるし、なにより退屈なんだもの……」

「あのアイスの食べ方は、大魔術師でも変な顔で見られると思います」

「そうなのよね」

 でも私にとってベルタさんは、今も三百歳のときも素敵な人だ。

「だけどベルタさん、小屋で会ったときにはすでに、ディルがラグガレド帝国の魔帝だって気づいていたんですか?」

「ええ、彼が気づいていたかはわからないけれど。記憶喪失型の魂剥離は、無暗に記憶を呼び起こせば意識に負担がかかる危険もあるの。それで私から彼の情報を伝えるのは極力控えていたのよ」

「ディルのこと、よく知っているんですか?」

「彼が幼いころは、そうかもしれないわね。教育係として会っていたから。でもディルベルトが『俺の主だ』とレナーテに懐いて、人に執着する姿をはじめて見たから驚いたわ。あら」

 ベルタさんはにぎやかな会場の遠くに目を向ける。

 そこには上着からブーツまで全身を漆黒の軍服で固めた、背の高い男性がいた。



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