52 / 76
52・魔帝の望みと、「にゃーん」を懐かしむハーロルト
しおりを挟む
黒猫の姿のまま、ディルは少しためらってから呟く。
「俺の望みはいずれ……。いや、建国祭のあとに聞いてほしい」
やっぱり大切な話らしい。
「うん」
それ以上は詮索しないで頷くと、ディルの前足が私の腕に触れた。
そしてなぜか物足りないような表情で見つめてくる。
「前にレナの言っていたことがわかった」
「前?」
「ああ。こういうとき、猫の腕は不便だな」
ディルは私に額を寄せる。
その仕草に覚えがあった。
ベルタさんの小屋で、ディルの猫嫌いは前世の影響かもしれないと気づいたとき。
ディルが自分のことを無意識に嫌っていると思うだけで、無性にさびしくなってきて……。
だけど白猫だった私は腕が短くて、ディルを抱きしめる代わりに額を預けた。
ディルが自分のことをどんな風に感じていても、伝えたかったから。
あなたが大好きだよって。
私は額を寄せてくる黒猫を、しっかりと抱きしめた。
「建国祭まで私が白猫にならなければ、ディルの望みが叶うんだよね?」
「そうだといいな」
「叶わないかもしれないの?」
「そのときわかるさ」
「……そうなんだ」
どうしてディルが白猫になってほしくないのか、私にはわからないけど。
ディルは黒猫になるのも猫の鳴き声も嫌がっていたのに、結局私の望みを叶えてくれた。
「私もディルみたいになりたいな」
「それはやめてくれ」
「え、どうして?」
「レナはありのままが一番だろう」
ディルはそう言ってくれるけど、私は大好きな人の望みを叶えられるようになりたいな。
「建国祭、楽しみだね」
幸せを抱きしめている私は、黒猫になったディルの耳元で「にゃーん」を繰り返し練習しながら寝たのだった。
***
「どうした。ハーロルト」
「ディルベルト陛下、近ごろヴァレリーちゃんが現れないのはなぜですか」
私が質問すると、執務室の脇で休憩を取る怖ろしくも美しい魔帝は平然と答えました。
「ヴァレリーのことはもう忘れろ。人前に出すつもりはない」
そ、そんな。
まるでヴァレリーちゃんとは今生の別れのような言い方。
ハーさんは悲しいですよ……。
しかし近ごろの陛下はどう考えても魔帝より猫帝気味なので、それを隠すためにもヴァレリーちゃんを人前に出さないのは得策でしょう。
「ヴァレリーちゃんは御息災なのですね?」
「ああ、相変わらず元気だ。食事も喜んでいる」
「おいしそうに食べていますか?」
「もちろんだ」
ヴァレリーちゃんがおいしく幸せに暮らしているのなら、この件に関してはそれでいいのかもしれません。
私はあの「にゃーん」を懐かしみながらも、彼女の幸せを願いましょう。
しかし最近の皇城の変化は、ヴァレリーちゃんが人前に姿を見せなくなっただけではありません。
「ところでディルベルト陛下、彼女は一体何者なのですか」
「レナのことか? 言っただろう、俺の専属メイドだと」
「それは聞いております。しかし陛下が彼女を専属メイドとして迎え入れてすぐ、寄せられていた皇城内の問題が次々と解決しすぎではありませんか?」
「問題が解決しているのなら、喜ばしいだろう」
「それはそうですが」
私が気になっていることは、そこではないのです。
しかしどうやって切り出せば……。
「俺の望みはいずれ……。いや、建国祭のあとに聞いてほしい」
やっぱり大切な話らしい。
「うん」
それ以上は詮索しないで頷くと、ディルの前足が私の腕に触れた。
そしてなぜか物足りないような表情で見つめてくる。
「前にレナの言っていたことがわかった」
「前?」
「ああ。こういうとき、猫の腕は不便だな」
ディルは私に額を寄せる。
その仕草に覚えがあった。
ベルタさんの小屋で、ディルの猫嫌いは前世の影響かもしれないと気づいたとき。
ディルが自分のことを無意識に嫌っていると思うだけで、無性にさびしくなってきて……。
だけど白猫だった私は腕が短くて、ディルを抱きしめる代わりに額を預けた。
ディルが自分のことをどんな風に感じていても、伝えたかったから。
あなたが大好きだよって。
私は額を寄せてくる黒猫を、しっかりと抱きしめた。
「建国祭まで私が白猫にならなければ、ディルの望みが叶うんだよね?」
「そうだといいな」
「叶わないかもしれないの?」
「そのときわかるさ」
「……そうなんだ」
どうしてディルが白猫になってほしくないのか、私にはわからないけど。
ディルは黒猫になるのも猫の鳴き声も嫌がっていたのに、結局私の望みを叶えてくれた。
「私もディルみたいになりたいな」
「それはやめてくれ」
「え、どうして?」
「レナはありのままが一番だろう」
ディルはそう言ってくれるけど、私は大好きな人の望みを叶えられるようになりたいな。
「建国祭、楽しみだね」
幸せを抱きしめている私は、黒猫になったディルの耳元で「にゃーん」を繰り返し練習しながら寝たのだった。
***
「どうした。ハーロルト」
「ディルベルト陛下、近ごろヴァレリーちゃんが現れないのはなぜですか」
私が質問すると、執務室の脇で休憩を取る怖ろしくも美しい魔帝は平然と答えました。
「ヴァレリーのことはもう忘れろ。人前に出すつもりはない」
そ、そんな。
まるでヴァレリーちゃんとは今生の別れのような言い方。
ハーさんは悲しいですよ……。
しかし近ごろの陛下はどう考えても魔帝より猫帝気味なので、それを隠すためにもヴァレリーちゃんを人前に出さないのは得策でしょう。
「ヴァレリーちゃんは御息災なのですね?」
「ああ、相変わらず元気だ。食事も喜んでいる」
「おいしそうに食べていますか?」
「もちろんだ」
ヴァレリーちゃんがおいしく幸せに暮らしているのなら、この件に関してはそれでいいのかもしれません。
私はあの「にゃーん」を懐かしみながらも、彼女の幸せを願いましょう。
しかし最近の皇城の変化は、ヴァレリーちゃんが人前に姿を見せなくなっただけではありません。
「ところでディルベルト陛下、彼女は一体何者なのですか」
「レナのことか? 言っただろう、俺の専属メイドだと」
「それは聞いております。しかし陛下が彼女を専属メイドとして迎え入れてすぐ、寄せられていた皇城内の問題が次々と解決しすぎではありませんか?」
「問題が解決しているのなら、喜ばしいだろう」
「それはそうですが」
私が気になっていることは、そこではないのです。
しかしどうやって切り出せば……。
0
お気に入りに追加
197
あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。

【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~
瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】
ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。
爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。
伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。
まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。
婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。
――「結婚をしない」という選択肢が。
格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。
努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。
他のサイトでも公開してます。全12話です。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

すみません! 人違いでした!
緑谷めい
恋愛
俺はブロンディ公爵家の長男ルイゾン。20歳だ。
とある夜会でベルモン伯爵家のオリーヴという令嬢に一目惚れした俺は、自分の父親に頼み込んで我が公爵家からあちらの伯爵家に縁談を申し入れてもらい、無事に婚約が成立した。その後、俺は自分の言葉でオリーヴ嬢に愛を伝えようと、意気込んでベルモン伯爵家を訪れたのだが――
これは「すみません! 人違いでした!」と、言い出せなかった俺の恋愛話である。
※ 俺にとってはハッピーエンド! オリーヴにとってもハッピーエンドだと信じたい。

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる