上 下
50 / 76

50・では遠慮なく

しおりを挟む
 あの黒猫がディルの変化魔術だろうと、予想はしていた。

 でももしかして、私をこっそり見ている黒猫がカイだったら。

 私から離れたあの子がディルの元へ戻らずに、どこかへ旅立ってしまったら?

 魂が帰ってこなかったら、ディルは……。

 私のそばに座ったまま、ディルは頭を寄せてくる。

「ほら」

「?」

「レナの望むだけ、好きなだけかわいがるといい」

 これは……かわいがることを与えてくれている?

 では遠慮なく。

 お言葉に甘えて、指通りのいい彼の黒髪を撫でる。

 ディルは目を閉じて、気持ちよさそうにしていた。

 よかった。

 カイの……ディルの魂はきっと、まだこの場にある。

「もしレナが俺の魂が消える可能性を案じているのなら、心配はいらない。前世から追いかけてくるような執念深いあいつが、お前からあっさり去るはずがないだろう?」

 ディルの腕が伸びてきた。

 ふわっと身が浮く感覚とともに、私はディルの膝の上に横向きで座っていた。

 私の懸念を溶かすように、彼の指が私の背中を撫でている。

「あいつはなにもできない野良猫だったかもしれないが、これだけはわかる。自分の心の傷を癒すために、今もお前にすがっているわけではない」

 彼のきれいな青い瞳が、私の顔を覗き込む。

「そばにいるのはただ、お前が愛しいだけだ」

 私は頷いて、そのままディルに身体を預ける。

 そうだったら、嬉しいな。

「だけどね。あの子がなにもできないなんてことは、絶対にないよ」

 カイは出会ってからたくさんのことを、私に与えてくれた。

「なにより、ディルに会わせてくれたしね」

「それは俺のセリフだ」

 彼の長い指が、私の髪をそっと撫でる。

 いつも膝の上でこうしているはずなのに、いつもと違うような……そうだ。

 ディルのお茶を用意するために、今の私は猫じゃなくて人の姿のままだったから。

「お前は俺が猛毒に侵されているときも、魔帝だと知ったときも、力を得ることに憑りつかれていると言ったときですら……。恐怖や嫌悪に去っていくどころか、当然のように受け入れてくれたな」

「だって全然嫌じゃないもの。ディルは得た強さで世界に安定をもたらしているんだよ。怖いどころか、ディルといるだけで守ってもらっているみたいな気持ちになるの」

 静かな部屋に沈黙が落ちる。

 私は膝の上にのせられたまま、なにも言わないディルを見上げた。

「それに私はただ、あなたが大好きなんだもの」

 彼の青い瞳がわずかに見開かれる。

 私の言葉が信じられないような、そんな顔をしていた。

 そんなに驚くようなこと、言ったかな?

 前にも伝えた気がするし、隠したつもりもなかったけど。

 それどころか、心の声ともいえる「かわいい」が、だだ漏れている自覚まである。

「レナ、俺は……」

 ディルはなにかを言いかけて、でもすぐに言い直した。

「今の俺は、お前の望みを叶えられているだろうか?」

 急にどうしたんだろう。

 でも実はさっきから、どう切り出しても断られる気がして作戦を練っていたんだけど、もしかすると……。

「叶えてくれるの?」

「ああ。レナが望むのなら、もちろんそのつもりだ」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました

八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」 子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。 失意のどん底に突き落とされたソフィ。 しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに! 一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。 エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。 なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。 焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】いいえ。チートなのは旦那様です

仲村 嘉高
恋愛
伯爵家の嫡男の婚約者だったが、相手の不貞により婚約破棄になった伯爵令嬢のタイテーニア。 自分家は貧乏伯爵家で、婚約者の伯爵家に助けられていた……と、思ったら実は騙されていたらしい! ひょんな事から出会った公爵家の嫡男と、あれよあれよと言う間に結婚し、今までの搾取された物を取り返す!! という事が、本人の知らない所で色々進んでいくお話(笑) ※HOT最高◎位!ありがとうございます!(何位だったか曖昧でw)

処理中です...