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34・試着してみた
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私は毎日の日課のように、ディルの私室を祈りと魔術で聖域化し終えた。
そろそろお昼の時間だよね。
いつものように食事のことに思い至る。
いつもと違うのは、長い白髪をひとつに結って、紺のワンピースにフリルエプロンを合わせた皇城のメイド服を試着してみたことだ。
うん、なかなか着心地がいい。
ディルは私がおねだりしたこの一式を渡してくれたとき、「主が従僕の城の制服を着るのか?」と首をかしげていたけれど。
帝国へ来てから、ディルの私室は私が掃除をしている。
だからメイド服を着ても、なにもおかしいことはないと思うんだよね。
それにこの格好なら皇城内を歩いても悪目立ちしないし、試しに今日はこれで過ごすことにした。
なんだか無性にパスタが食べたいなぁ。
やっぱりトマトソース系にしようか、でもペペロンチーノも捨てがたい。
だけどバジルソースも恋しくなっていたし……もういっそのこと全部食べようかな。
空腹の今ならいけると思う。
広い皇城は食堂があちこちにあって、それぞれ売りのメニューも違うらしい。
いざ、美食の昼食へ!
部屋を出た私は足取り軽く、にぎやかな人波をすり抜けながら皇城の中を進んでいく。
活気があるのは、すれ違う人々の声や様子でわかった。
皇城の下層部は一般市民や観光客、仕事の来訪者にも開放されている。
実際に歩いてみると、通路の脇に並ぶ部屋はテナントのようになっていた。
ブティックや有名な菓子店、変わった食材に日用雑貨のお店もある。
教会が併設されていたり、本格的な博物館風の区画、神秘的な魔道具の雑貨屋さん、かわいい小物や食べ物のおみやげ屋さんまで見える。
探せば、他にもおもしろそうな場所が色々ありそうだ。
帝国に来るまでは、恐ろしい魔帝の住む皇城が楽しい観光地だったなんて知らなかった……あれ。
一階の広いホールへたどり着いて、すぐそこにカフェ風の食堂が見えたときだった。
外から不自然な魔術の気配を感じて、私は進む方向を変える。
開放されている大きな開き扉から、晴れやかな庭園へと出た。
私は華やかな噴水と色とりどりの花の道を進む。
その先に『立ち入り禁止』と書かれた看板があったけれど、迷わず奥へ足を踏み入れた。
城壁で行き止まりになった突きあたりに、私と同じ年頃の女の人がいる。
紺を基調とした、袖や襟が幅広いつくりの魔術衣を着ていた。
皇城魔術師の制服だけど、小柄過ぎる彼女にはサイズが合わないのか、ぶかぶかな着こなしに見える。
なにをしているんだろう。
彼女は真剣な様子でなにかを呟き、長すぎる袖を揺らしながら両手をそばの古井戸に向けていた。
あの詠唱……。
声をかけようとして、私は皇城魔術師の手元に目を細めた。
彼女の振り下ろした手に閃光が弾ける。
それはあっという間に、人の背丈の倍もある不安定な雷のうねりへと成長した。
「あっ!」
生み出されたばかりの稲妻は、荒々しい動きで身を躍らせ、空中にほとばしる。
その先には、噴水や花々の景観を楽しむ人々で賑わっていた。
雷撃がそのまま突き進めば、庭園を焼き、無差別に襲いかかる大惨事になる。
皇城魔術師は恐怖に叫んだ。
「そんな!」
彼女の悲鳴とほぼ同時に、雷撃周辺の空間がぐにゃりと歪む。
電撃は地に引き寄せられるように沈むと、大地に触れて消失した。
皇城魔術師は座り込み、気の強そうな顔を青ざめさせたまま震えている。
「ど、どういうこと!? あの不安定な雷撃が、一瞬で消えた……?」
「地面に押し付けて吸着させたんだよ」
皇城魔術師は振り返った。
メイド服を着た私を見ると、信じられないように目を見開く。
私は毎日の日課のように、ディルの私室を祈りと魔術で聖域化し終えた。
そろそろお昼の時間だよね。
いつものように食事のことに思い至る。
いつもと違うのは、長い白髪をひとつに結って、紺のワンピースにフリルエプロンを合わせた皇城のメイド服を試着してみたことだ。
うん、なかなか着心地がいい。
ディルは私がおねだりしたこの一式を渡してくれたとき、「主が従僕の城の制服を着るのか?」と首をかしげていたけれど。
帝国へ来てから、ディルの私室は私が掃除をしている。
だからメイド服を着ても、なにもおかしいことはないと思うんだよね。
それにこの格好なら皇城内を歩いても悪目立ちしないし、試しに今日はこれで過ごすことにした。
なんだか無性にパスタが食べたいなぁ。
やっぱりトマトソース系にしようか、でもペペロンチーノも捨てがたい。
だけどバジルソースも恋しくなっていたし……もういっそのこと全部食べようかな。
空腹の今ならいけると思う。
広い皇城は食堂があちこちにあって、それぞれ売りのメニューも違うらしい。
いざ、美食の昼食へ!
部屋を出た私は足取り軽く、にぎやかな人波をすり抜けながら皇城の中を進んでいく。
活気があるのは、すれ違う人々の声や様子でわかった。
皇城の下層部は一般市民や観光客、仕事の来訪者にも開放されている。
実際に歩いてみると、通路の脇に並ぶ部屋はテナントのようになっていた。
ブティックや有名な菓子店、変わった食材に日用雑貨のお店もある。
教会が併設されていたり、本格的な博物館風の区画、神秘的な魔道具の雑貨屋さん、かわいい小物や食べ物のおみやげ屋さんまで見える。
探せば、他にもおもしろそうな場所が色々ありそうだ。
帝国に来るまでは、恐ろしい魔帝の住む皇城が楽しい観光地だったなんて知らなかった……あれ。
一階の広いホールへたどり着いて、すぐそこにカフェ風の食堂が見えたときだった。
外から不自然な魔術の気配を感じて、私は進む方向を変える。
開放されている大きな開き扉から、晴れやかな庭園へと出た。
私は華やかな噴水と色とりどりの花の道を進む。
その先に『立ち入り禁止』と書かれた看板があったけれど、迷わず奥へ足を踏み入れた。
城壁で行き止まりになった突きあたりに、私と同じ年頃の女の人がいる。
紺を基調とした、袖や襟が幅広いつくりの魔術衣を着ていた。
皇城魔術師の制服だけど、小柄過ぎる彼女にはサイズが合わないのか、ぶかぶかな着こなしに見える。
なにをしているんだろう。
彼女は真剣な様子でなにかを呟き、長すぎる袖を揺らしながら両手をそばの古井戸に向けていた。
あの詠唱……。
声をかけようとして、私は皇城魔術師の手元に目を細めた。
彼女の振り下ろした手に閃光が弾ける。
それはあっという間に、人の背丈の倍もある不安定な雷のうねりへと成長した。
「あっ!」
生み出されたばかりの稲妻は、荒々しい動きで身を躍らせ、空中にほとばしる。
その先には、噴水や花々の景観を楽しむ人々で賑わっていた。
雷撃がそのまま突き進めば、庭園を焼き、無差別に襲いかかる大惨事になる。
皇城魔術師は恐怖に叫んだ。
「そんな!」
彼女の悲鳴とほぼ同時に、雷撃周辺の空間がぐにゃりと歪む。
電撃は地に引き寄せられるように沈むと、大地に触れて消失した。
皇城魔術師は座り込み、気の強そうな顔を青ざめさせたまま震えている。
「ど、どういうこと!? あの不安定な雷撃が、一瞬で消えた……?」
「地面に押し付けて吸着させたんだよ」
皇城魔術師は振り返った。
メイド服を着た私を見ると、信じられないように目を見開く。
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