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26・従僕とのひととき

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「魔帝陛下にふさわしい場所にしました。ご不満がありましたら、なんなりとお申し付けください」

 改まった様子で言ってみると、ディルは恭しく私の前に跪き、手を取って自然と口づけた。

「世話は自信がないと言っていたはずだが……一瞬で十室ほどある私室を最高峰の聖域に変えられて、我が主に感服していただけだ。というか、主に自分の世話をさせるなんて従僕失格だな」

「逆だよ。あなたとこうして過ごすのは、私のしたいことなんだから」

 私は目の前で跪いている彼の黒髪を撫でる。

「これがレナのしたいことか……」

「羨ましいの?」

 私はディルの隣に屈むと、こてんと倒れるように体を預ける。

 ディルは私の肩を支えるように片手で抱くと、真っ白な私の髪を幸せそうに指で梳いた。

 予想通り、ディルは魂剥離の執着に加えて、白猫を愛でることがお気に入りになっているらしい。

 残念ながら今は人の姿のままだけど……。

 でも普段の他者を拒むような深く冷たい海色の瞳が、今は見守るようなあたたかさで私を映していた。

「レナの望みはいつも、ささやかだな」

「そう? 世界中を屈服させる魔帝をいいようにするなんて、強欲を尽くしている気がするけれど」

「しかし実感としては、主の役にまったく立てている気がしない」

「じゃあ命じるわ。体調がすぐれないときは無理をしないで、こうやって私のそばにいてね」

 私を抱きしめるその腕に、一瞬だけ意味深な力がこもる。

「悔しいが……俺の主は、従僕を飼いならすのが上手いようだ」

 私の手を取って立ち上がるディルの表情に、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 執着とは少し違う自然なその仕草が、私に気を許してくれているようで嬉しくなる。

 なにより普段の飄々とした美貌がやわらぐ様子は、かわいすぎた。



 *

 それから私たちは見た目にも美しい食事が並んだテーブルを挟み、向かい合わせで座った。

 目の前に置かれたジャガイモのポタージュは、澄んだバターと緑のハーブが品よく飾られている。

 口あたりはさらりとしているのに、今まで食べたことのない上質な素材が味わいに繊細な深みとして溶け込んでいた。

 悪役令嬢時代にも、似たようなメニューを食べる機会はある。

 でも全くの別物だと断言できた。

「おいしい!」

 きれいに盛り付けられたサラダは色とりどりで、鮮やかなエビの食感までみずみずしい。

 ビネガードレッシングのほどよい酸味に誘われて、食べれば食べるほど食べたくなる罠に陥っているようだった。

 メインの肉厚なステーキにナイフを入れると、透明な肉汁がじゅわっと溢れてくる。

 粗く挽かれた黒コショウと岩塩が、ごまかしのない芳醇な旨味を引き立てていて、食べごたえも大満足だ。

「本当においしいね。突然用意したとは思えないようなごちそうなんだもの」

「そうか? レナが気に入っているのならいいが」

 これ、ディルには当然なんだ……。

 聖女のときは清貧と言われ続けて、自分の食べたい物を選ぶなんて考えられなかったし、妙な香の力で食欲も味覚も麻痺していた。

 だけどこれからはお腹が空くし、こんなにおいしい食事を毎日食べられるのだと思うと、またお腹が空いてくる。

 デザートには紅茶風味のシフォンケーキまで用意されていた。

 綿雲のようなクリームと新鮮なベリー類がたっぷりのっていて、最高に幸せな味がする。

 この国は魔帝が失踪しても影武者を立てて平然と国の運営を回していたり、戻ってきても当然のように迎えてくれて、帰宅を知っていたかのように温かい夕食まで出てくるなんて。

「ディルが考えたラグガレド帝国の仕組み、すごすぎる……」

「仲間たちと意見交換をするし、彼らが協力を惜しまないからだ。みな優秀だが、食に関して味にうるさい者が多いせいか、気づけば食事はこうなっていた」

「それを叶えるだけの食材と人材が、この国にはあるんだね」

 コリンナのおじいさんが言った通り、これは豊かなラグガレド帝国でなければつくることのできない味だ。

「今日は疲れただろう。ゆっくり身体を休めるといい。望むものがあれば用意するが」

「本当? 実はさっき、ほしいものを見つけたの」







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