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6・いくらですか?
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コリンナはお父さんに近づこうとしたけれど、びっくりした様子で私に抱きついてきた。
「おとこのこ、こわい……」
「ケヴィン、どうしたんだ」
おじいさんはケヴィンさんに駆け寄ると、彼が支えている若い男の人の姿に顔を歪めた。
「お前の連れてきたこの男は……奴隷か? ひどい状況だ」
二十歳くらいの、長身の青年だった。
たくましく引き締まった上半身は、なにも身に着けていない。
そして露出している肌はほぼ全て、青黒い痣のように変色していた。
喉元は奴隷の証のように首輪が食い込んでいて、後ろ手に錠をされた拘束姿が痛々しい。
「この奴隷の首輪の模様……まさかケヴィン、こいつをオレリック商会から買ったのか?」
「父さん、すまない。商会への借金の返済にあてた品が傷んでいて、全く値が付かなかったんだ。このまま商会の信頼を失えば、この仕事はできなくなってしまう。なにより……」
「金が足りないならワシを奴隷として売ってくれ。コリンナだけは……!」
「俺だって家族を渡すつもりはない。だからなんでもすると商会に頼み込んだら、代わりにこの奴隷を売れば全額返済できると言われて、断れず……」
「この若者を? だがこの男は……」
「ガラの根特有の、甘く苦い毒の香りがしますね」
私が呟くと、ふたりの視線が向けられる。
「お嬢さん、この奴隷の状態がわかるのかい?」
「はい。多少なら」
聖女の祈りは土地の守護や豊作をもたらすだけでなく、毒素を浄化したり、排除する力にも長けている。
そのため毒に侵された人が、聖堂へ助けを求めに来ることもよくあった。
「多少のガラの根の毒は、健康な人なら自己治癒力で治せるんです。でも衰弱した体に触れると一気に症状が悪化して、手遅れになることがあります」
しかも毒を保有する者が亡くなれば、増殖した猛毒が周囲を汚染する。
そのため治療できない者が預かるのは、厄介でもあった。
この様子では、彼は数日も生きられない。
そのうち毒を巻き散らす奴隷を買い求める客がいると思えないまま、私は彼の観察を続けた。
しかしそんなひどい状態でも目を引くほど、青年は整った容姿をしている。
少しだけ長めの黒髪に、鍛え抜かれたしなやかな骨格。
意識が無いのか目を閉じているけれど、一体どんな瞳の色だろう。
思った瞬間、彼の目がぱちりと開いた。
少しまぶたにかかっている黒髪の下で、深い海の底のような紺碧の瞳が、私をまっすぐ見つめている。
彼の形のよい唇がわずかに動いた。
私は唖然とする。
聞こえなくても、彼が私の前世の名を呼んでいるのだと、はっきりわかった。
「カイ……?」
呻くように呟いた私に、ケヴィンが怪訝な顔をする。
「この男、お嬢さんの知り合いか?」
この人は知らない。
ただ私の内側にいる白猫の部分が、直感のように告げていた。
「いくらですか?」
「ん?」
「私がこの人を買います」
「おとこのこ、こわい……」
「ケヴィン、どうしたんだ」
おじいさんはケヴィンさんに駆け寄ると、彼が支えている若い男の人の姿に顔を歪めた。
「お前の連れてきたこの男は……奴隷か? ひどい状況だ」
二十歳くらいの、長身の青年だった。
たくましく引き締まった上半身は、なにも身に着けていない。
そして露出している肌はほぼ全て、青黒い痣のように変色していた。
喉元は奴隷の証のように首輪が食い込んでいて、後ろ手に錠をされた拘束姿が痛々しい。
「この奴隷の首輪の模様……まさかケヴィン、こいつをオレリック商会から買ったのか?」
「父さん、すまない。商会への借金の返済にあてた品が傷んでいて、全く値が付かなかったんだ。このまま商会の信頼を失えば、この仕事はできなくなってしまう。なにより……」
「金が足りないならワシを奴隷として売ってくれ。コリンナだけは……!」
「俺だって家族を渡すつもりはない。だからなんでもすると商会に頼み込んだら、代わりにこの奴隷を売れば全額返済できると言われて、断れず……」
「この若者を? だがこの男は……」
「ガラの根特有の、甘く苦い毒の香りがしますね」
私が呟くと、ふたりの視線が向けられる。
「お嬢さん、この奴隷の状態がわかるのかい?」
「はい。多少なら」
聖女の祈りは土地の守護や豊作をもたらすだけでなく、毒素を浄化したり、排除する力にも長けている。
そのため毒に侵された人が、聖堂へ助けを求めに来ることもよくあった。
「多少のガラの根の毒は、健康な人なら自己治癒力で治せるんです。でも衰弱した体に触れると一気に症状が悪化して、手遅れになることがあります」
しかも毒を保有する者が亡くなれば、増殖した猛毒が周囲を汚染する。
そのため治療できない者が預かるのは、厄介でもあった。
この様子では、彼は数日も生きられない。
そのうち毒を巻き散らす奴隷を買い求める客がいると思えないまま、私は彼の観察を続けた。
しかしそんなひどい状態でも目を引くほど、青年は整った容姿をしている。
少しだけ長めの黒髪に、鍛え抜かれたしなやかな骨格。
意識が無いのか目を閉じているけれど、一体どんな瞳の色だろう。
思った瞬間、彼の目がぱちりと開いた。
少しまぶたにかかっている黒髪の下で、深い海の底のような紺碧の瞳が、私をまっすぐ見つめている。
彼の形のよい唇がわずかに動いた。
私は唖然とする。
聞こえなくても、彼が私の前世の名を呼んでいるのだと、はっきりわかった。
「カイ……?」
呻くように呟いた私に、ケヴィンが怪訝な顔をする。
「この男、お嬢さんの知り合いか?」
この人は知らない。
ただ私の内側にいる白猫の部分が、直感のように告げていた。
「いくらですか?」
「ん?」
「私がこの人を買います」
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