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20・約束
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「私が行ってもいいの?」
「もちろん無理強いするつもりはない。だがもしレナが俺の魂の安定のため、最低限必要な時間をともに過ごしてくれるのなら、他は好きにしてもらうつもりだ。望みがあるのなら叶えるし、不自由な暮らしはさせない」
じっと見つめてくる眼差しは、あまりにも切実だ。
私まで影響されてしまっているのか、胸が苦しいほどに高鳴ってくる。
「どうか、俺のそばにいてほしい」
失っている魂を渇望しているのか、ディルの強い気持ちが伝わってきた。
私はディルから目をそらすと、これは魂剥離の症状だと自分に言い聞かせながら深呼吸する。
冷静にならなきゃ。
今なにより心配なのはディルの不調で、かわいいとはいえカイが私から離れない理由も気にかかった。
「だけどディル、大丈夫なの?」
「ああ、ラグガレド帝国に対する他国の評価なら知っているが、そこまで危険な場所ではない。もちろん俺がレナを守るし、好きに使ってくれ。他に心配や不足があるのなら遠慮せずに望めばいい。それともすでに心配事があるのか?」
あの、心配なのは私じゃなくて……。
さすがに執着症状が重すぎてディルが心配な私と違い、ベルタさんは「これだけ充実した条件なら心配もいらなさそうね」と笑っていた。
確かにディルと自由気ままに暮らせるのなら、楽しいとも思う。
「でもそこまでレナーテに強く執着しているなんて。魂剥離に加えて、あなたのそばにいることが黒猫の願いなのかもしれないわね。前世から想い続けるなんて……一途ねぇ」
私は改めて、美しく風格のあるその人を見上げた。
まだ出会ったばかりだけれど、ディルと一緒にいるとカイと一緒にいたときみたいな、幸せな気持ちになる。
「うん、かわいい」
「生まれてから一度も、そんな風に言われたことはなかったが」
「そうなの? これからはきちんと伝えるね」
「誤解しているようだが、かわいいという言葉をせがんでいるわけではない。言いたくなることならあるが」
ディルは向かい合っていた私を胸元に引き寄せると、両腕で包み込んだ。
猫嫌いなのに、やっぱり魂剥離の執着なんだよね、これ。
それでもかわいいことに変わりないので、私は彼の胸に再び額を寄せる。
私がカイにこうやってくっついてもらえたら嬉しいけれど、ディルの動きは固まった。
そして戸惑ったように目を伏せた。
「レナ、先に伝えておくが……人の姿でこういうことはするなよ」
「大丈夫。ディルにしかしないもの」
「他のやつにされるのはもちろん嫌だが。俺もそうだ」
「えっ、どうして? 人でも猫でも、私がくっつけばディルの魂の安定には変わりないはずだけど」
ディルは何度か言いかけては黙り込んだけれど、本音を打ち明けるように呟いた。
「……かわいいだろう」
なるほどね。
どうやらディルは、じわじわと猫のかわいさがわかりつつあるらしい。
そんな私たちを見て、ベルタさんは胸焼けが続いているのか、胃の辺りをさすっていた。
「なんだか私のかわいい年下の旦那に会いたくなってきたわ」
ベルタさんに旦那様がいるの、知らなかった。
だけど三百歳をこえる人の年下の旦那様って、一体いくつなんだろう。
そんな疑問を浮かべた私は、ディルの魂が元通りになるまで、憧れの帝国でかわいい従僕と暮らすと約束した。
***
私とディルは数日休ませてもらってから、ベルタさんの小屋を発った。
帝国では一般の人も利用できる巨大な魔術陣が、主要地点ごとにあるらしい。
ディルはそれを利用して、ベルタさんの小屋から帝都の広場へと一瞬で移動した。
以前警備の騎士たちが見張っていたり、ユリウス殿下からも追われていたことも考えて、白猫の姿でディルに運んでもらっている。
手がふさがってしまうから「ディルの背負っているリュックの中で十分」だと言ったのだけど、「この方がいいに決まっている」とずっと腕の中に収まっていた。
「レナ、そろそろ着くぞ」
「もちろん無理強いするつもりはない。だがもしレナが俺の魂の安定のため、最低限必要な時間をともに過ごしてくれるのなら、他は好きにしてもらうつもりだ。望みがあるのなら叶えるし、不自由な暮らしはさせない」
じっと見つめてくる眼差しは、あまりにも切実だ。
私まで影響されてしまっているのか、胸が苦しいほどに高鳴ってくる。
「どうか、俺のそばにいてほしい」
失っている魂を渇望しているのか、ディルの強い気持ちが伝わってきた。
私はディルから目をそらすと、これは魂剥離の症状だと自分に言い聞かせながら深呼吸する。
冷静にならなきゃ。
今なにより心配なのはディルの不調で、かわいいとはいえカイが私から離れない理由も気にかかった。
「だけどディル、大丈夫なの?」
「ああ、ラグガレド帝国に対する他国の評価なら知っているが、そこまで危険な場所ではない。もちろん俺がレナを守るし、好きに使ってくれ。他に心配や不足があるのなら遠慮せずに望めばいい。それともすでに心配事があるのか?」
あの、心配なのは私じゃなくて……。
さすがに執着症状が重すぎてディルが心配な私と違い、ベルタさんは「これだけ充実した条件なら心配もいらなさそうね」と笑っていた。
確かにディルと自由気ままに暮らせるのなら、楽しいとも思う。
「でもそこまでレナーテに強く執着しているなんて。魂剥離に加えて、あなたのそばにいることが黒猫の願いなのかもしれないわね。前世から想い続けるなんて……一途ねぇ」
私は改めて、美しく風格のあるその人を見上げた。
まだ出会ったばかりだけれど、ディルと一緒にいるとカイと一緒にいたときみたいな、幸せな気持ちになる。
「うん、かわいい」
「生まれてから一度も、そんな風に言われたことはなかったが」
「そうなの? これからはきちんと伝えるね」
「誤解しているようだが、かわいいという言葉をせがんでいるわけではない。言いたくなることならあるが」
ディルは向かい合っていた私を胸元に引き寄せると、両腕で包み込んだ。
猫嫌いなのに、やっぱり魂剥離の執着なんだよね、これ。
それでもかわいいことに変わりないので、私は彼の胸に再び額を寄せる。
私がカイにこうやってくっついてもらえたら嬉しいけれど、ディルの動きは固まった。
そして戸惑ったように目を伏せた。
「レナ、先に伝えておくが……人の姿でこういうことはするなよ」
「大丈夫。ディルにしかしないもの」
「他のやつにされるのはもちろん嫌だが。俺もそうだ」
「えっ、どうして? 人でも猫でも、私がくっつけばディルの魂の安定には変わりないはずだけど」
ディルは何度か言いかけては黙り込んだけれど、本音を打ち明けるように呟いた。
「……かわいいだろう」
なるほどね。
どうやらディルは、じわじわと猫のかわいさがわかりつつあるらしい。
そんな私たちを見て、ベルタさんは胸焼けが続いているのか、胃の辺りをさすっていた。
「なんだか私のかわいい年下の旦那に会いたくなってきたわ」
ベルタさんに旦那様がいるの、知らなかった。
だけど三百歳をこえる人の年下の旦那様って、一体いくつなんだろう。
そんな疑問を浮かべた私は、ディルの魂が元通りになるまで、憧れの帝国でかわいい従僕と暮らすと約束した。
***
私とディルは数日休ませてもらってから、ベルタさんの小屋を発った。
帝国では一般の人も利用できる巨大な魔術陣が、主要地点ごとにあるらしい。
ディルはそれを利用して、ベルタさんの小屋から帝都の広場へと一瞬で移動した。
以前警備の騎士たちが見張っていたり、ユリウス殿下からも追われていたことも考えて、白猫の姿でディルに運んでもらっている。
手がふさがってしまうから「ディルの背負っているリュックの中で十分」だと言ったのだけど、「この方がいいに決まっている」とずっと腕の中に収まっていた。
「レナ、そろそろ着くぞ」
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