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15・一途な従僕
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「俺はレナの従僕だ」
そういえばさっきもそう言って、ユリウス殿下たちを戸惑わせていた。
「レナは俺を買った。つまり俺の主だろう」
「私、猫だけど」
「人でも猫でも、俺がお前に救われたのは事実だ」
「でも私は、したいことをしてるだけだよ。誰かの主になるなんて向いていないし」
私は前世から、生き物を飼わない主義だった。
「だって自分の世話すら怪しいのに、他の生き物のお世話をするなんてとても……」
「もちろんお前の世話は俺がする。俺の世話も俺がする。望むままに俺を使え。いいな?」
「……いいの?」
「いい」
「ディルを撫でたり抱き枕にしても?」
「俺をなんだと思っている」
「すごくかわいい」
「どこが?」
「もちろん全部」
「……」
ディルはしばらく真顔のまま悩んでいたけれど、それから神妙な様子で頷いた。
「わかった。好きなだけかわいがるといい」
そして抱いている私の猫の手を取って、彼の頭の上にのせてくれる。
これがディルなりのかわいがられかた……確かにかわいい。
頬が緩んでしまいつつも、私は彼のきれいな黒髪を撫でた。
ここまで私に対して一途なのは、命を助けられた恩義だけではなくて、魂の不安定さからくる執着なんだろうけど。
「あなたはいつだって、相手のためならなんでもしてあげたい人なんだね」
「いや、レナだけだ。他の者が俺をかわいがりたいと言えば断固拒否する」
「このことだけじゃなくて、私と会ってからずっとだよ。あなたは自分が死にかけているのに、周りの人のことばかり心配するやさしい人だった。気づいていないでしょう?」
ディルは私の言葉を聞くと、眉を寄せて考え込んでいる。
本当に気づいていなかったらしい。
「会ったとき、ひどい状態だったんだよ。それなのに私や周囲に迷惑がかかるって小屋を出て行こうとして……自分のことなんてどうでもいいみたいで、こっちがちょっと心配だったくらい。そんなあなたと一緒にいるとね、私、すっごくかわいくてかわいくて、いろんな気持ちが溢れてくるの。私がいるよ、もう大丈夫だよ、苦しい思いをさせてごめんねって……」
ディルの前世……カイと初めて会ったときもそうだった。
あれは私が悪役令嬢だったころ。
人知れず魔術の練習をしようと屋敷の裏にある林道を通りがかると、心無い人たちが一匹の黒猫をいじめていた。
ちょうどよかったので、彼らに魔術の実験台になってもらった。
しっかり脅したから二度と来ないと思ったけれど、怪我をした黒猫はなぜかその場を頑なに去ろうとしないのが少し気にかかった。
不思議に思って調べてみると、近くに小猫が倒れていた。
黒猫は怪我だらけで痛かったはずなのに、もう動くことのないその子を守ろうと、嫌なやつらを威嚇し続けていたらしい。
私は小猫のお墓を作った翌日から、黒猫の怪我の治療をするために林道へ通うようになった。
「気づいていないようだが。レナの方こそ、放っておけないところがあるな」
「私?」
「あの幼女の家族を助けるために、お前は奴隷となった俺を買っただろう。全財産をあんなに気軽に手放して、献身的に治療を施して、元気になればあとは好きにすればいいなんて……」
「好きにすればいいじゃない。私だって私のしたいことをしているんだもの」
「それは、お前のそばにいてもいいということだな?」
ディルは微笑を浮かべると、私の背中を撫でてくれた。
そうしてもらうとほっとするような心地になってしまうので、私は彼の胸に頭を預ける。
「あなたは本当にかわいいね」
そういえば悪役令嬢のころから今までずっと、こんな風に触れてくれる人なんていなかった。
前世の私はカイをたくさん撫でることで、そのさびしさを癒してもらっていた気がする。
だけどごめんね。
治りますようにって祈って撫でても、カイの引きずった足と、あの子猫は治せなかった。
ふとディルが撫でる手を止めて、少し強めに私を抱き寄せる。
「……ところでレナ。先ほどからずっと、俺ではない誰かのことを考えているだろう?」
「え」
勘がよすぎる。
それに遠からず近からずというか、前世のディルなんだけど……大きな誤解を生んでいる気がする。
「そいつと離れたくない気持ちが伝わってくる」
すごい、その通りだけど。
「ディルはどうして私の気持ちがわかるの?」
「魂剥離でしょうねぇ」
しわがれた女性の声に振り返る。
小屋の中では涼しげな水色の魔術衣を着た銀髪の老婦人が椅子に腰かけ、優雅にお茶を飲んでいた。
「ベルタさん!?」
私が名を呼ぶと、老齢の魔術師は薄く微笑む。
そういえばさっきもそう言って、ユリウス殿下たちを戸惑わせていた。
「レナは俺を買った。つまり俺の主だろう」
「私、猫だけど」
「人でも猫でも、俺がお前に救われたのは事実だ」
「でも私は、したいことをしてるだけだよ。誰かの主になるなんて向いていないし」
私は前世から、生き物を飼わない主義だった。
「だって自分の世話すら怪しいのに、他の生き物のお世話をするなんてとても……」
「もちろんお前の世話は俺がする。俺の世話も俺がする。望むままに俺を使え。いいな?」
「……いいの?」
「いい」
「ディルを撫でたり抱き枕にしても?」
「俺をなんだと思っている」
「すごくかわいい」
「どこが?」
「もちろん全部」
「……」
ディルはしばらく真顔のまま悩んでいたけれど、それから神妙な様子で頷いた。
「わかった。好きなだけかわいがるといい」
そして抱いている私の猫の手を取って、彼の頭の上にのせてくれる。
これがディルなりのかわいがられかた……確かにかわいい。
頬が緩んでしまいつつも、私は彼のきれいな黒髪を撫でた。
ここまで私に対して一途なのは、命を助けられた恩義だけではなくて、魂の不安定さからくる執着なんだろうけど。
「あなたはいつだって、相手のためならなんでもしてあげたい人なんだね」
「いや、レナだけだ。他の者が俺をかわいがりたいと言えば断固拒否する」
「このことだけじゃなくて、私と会ってからずっとだよ。あなたは自分が死にかけているのに、周りの人のことばかり心配するやさしい人だった。気づいていないでしょう?」
ディルは私の言葉を聞くと、眉を寄せて考え込んでいる。
本当に気づいていなかったらしい。
「会ったとき、ひどい状態だったんだよ。それなのに私や周囲に迷惑がかかるって小屋を出て行こうとして……自分のことなんてどうでもいいみたいで、こっちがちょっと心配だったくらい。そんなあなたと一緒にいるとね、私、すっごくかわいくてかわいくて、いろんな気持ちが溢れてくるの。私がいるよ、もう大丈夫だよ、苦しい思いをさせてごめんねって……」
ディルの前世……カイと初めて会ったときもそうだった。
あれは私が悪役令嬢だったころ。
人知れず魔術の練習をしようと屋敷の裏にある林道を通りがかると、心無い人たちが一匹の黒猫をいじめていた。
ちょうどよかったので、彼らに魔術の実験台になってもらった。
しっかり脅したから二度と来ないと思ったけれど、怪我をした黒猫はなぜかその場を頑なに去ろうとしないのが少し気にかかった。
不思議に思って調べてみると、近くに小猫が倒れていた。
黒猫は怪我だらけで痛かったはずなのに、もう動くことのないその子を守ろうと、嫌なやつらを威嚇し続けていたらしい。
私は小猫のお墓を作った翌日から、黒猫の怪我の治療をするために林道へ通うようになった。
「気づいていないようだが。レナの方こそ、放っておけないところがあるな」
「私?」
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「それは、お前のそばにいてもいいということだな?」
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「あなたは本当にかわいいね」
そういえば悪役令嬢のころから今までずっと、こんな風に触れてくれる人なんていなかった。
前世の私はカイをたくさん撫でることで、そのさびしさを癒してもらっていた気がする。
だけどごめんね。
治りますようにって祈って撫でても、カイの引きずった足と、あの子猫は治せなかった。
ふとディルが撫でる手を止めて、少し強めに私を抱き寄せる。
「……ところでレナ。先ほどからずっと、俺ではない誰かのことを考えているだろう?」
「え」
勘がよすぎる。
それに遠からず近からずというか、前世のディルなんだけど……大きな誤解を生んでいる気がする。
「そいつと離れたくない気持ちが伝わってくる」
すごい、その通りだけど。
「ディルはどうして私の気持ちがわかるの?」
「魂剥離でしょうねぇ」
しわがれた女性の声に振り返る。
小屋の中では涼しげな水色の魔術衣を着た銀髪の老婦人が椅子に腰かけ、優雅にお茶を飲んでいた。
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