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2・私の人生をはじめます!
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「さてとっ」
私は振り返り、体の中心に意識を集中させた。
胸の奥から祈力が広がり温まっていく。
私の足元で、ほのかなまばゆさが放たれた。
浄化の力が発現する。
そこから広い石床、白亜の壁、高い天井へと、控えめながらも清浄な輝きが空間を磨きあげた。
清らかで心地よい空気に満ちた大聖堂を、私は改めて見回す。
聖女たちがいるというのに、見かけ騙しのような浄化しかさせてもらえなかったのは、焚きしめている妙な香を消さないためだろう。
聖女たちの居住空間はさらに香りが独特で濃い。
そのせいでここへ来た私も他の聖女たちも次第に表情を失って、司教から命じられたことに従う抜け殻のようだった。
「窓を開け放って空気を入れ替えたから、あの変な匂いもほとんど抜けたようね」
大聖堂周辺はすでに、祈りの結界と魔術防壁を張り巡らせてある。
それは不愉快な香が消えたころ──翌朝くらいには解除されて建物内に入れるはずだ。
「もし他の聖女たちが聖堂に戻るつもりなら、それは香の毒素が抜けて、自分の意志で選んだほうがいいからね」
窓から差し込む柔らかな陽を受け、眠気と空腹が同時にやってくる。
だけど心はすっきりしていて、香に包まれて忘れていた自分の感覚が呼び起こされるようだった。
私は風の踊る美しい大聖堂の中心で、両手を広げて大きく伸びをする。
前世を思い出してようやく、私の、レナーテの人生をはじめる準備ができた。
*
前世の私は、その世界でなにが起こるのか知っていた。
自分の行動で登場人物の運命が決まること。
それを避けるには私が『悪役令嬢』を演じて、彼らの悲惨な結末を回避するしかないこと。
だから私はあらゆる手を尽くし、自らの意思で処刑台に立った。
望みを叶えた結末に、心残りはないはずだった。
でも私の罪状が読み上げられ、観衆の罵倒が高まり、いよいよ最期を迎えようとしたそのとき。
私の死を待つ観衆の群れから、一匹の黒猫が飛び出す。
つらいときや悲しいとき、抱きしめるとじっと話を聞いてくれた野良猫が、侵入を止めようとする衛兵たちを次々にすり抜けた。
そして怪我で悪くした後ろ足を懸命に引きずりながら、まっすぐこっちへ向かってくる。
ようやく私は気づいた。
自分がこの結末を迎えることで、悲しむ相手がいたことに。
*
「んん……」
大聖堂に並べられた長椅子に寝そべっていた私は、まだぼんやりとした目をこする。
お腹が空いてきて、なにを食べようかと悩んでいるうちに、眠ってしまったらしい。
そうだよね。
これからは思う存分ごろごろしたり、いつ寝ても怒られない!
好きなものを好きなときに食べてもいいし、作ってもいいんだけど……前世から料理は食べる方が得意だった。
そういう事情もあって、おいしいものを食べるなら出かける方が賢明ともいえる。
でも私の真っ白な長い髪は目立つから、変装でもしよう……って、あれ。
体を起こしてようやく、私は相当な違和感に気づく。
全身を見回すと、私の体が髪の色と同じ、ふわっふわの純白の毛に包まれていた。
どうしよう。
これで人間だったら毛深すぎる。
不安にかられたまま見つめる自分の手には、猫と思われる肉球があった。
し、信じられない……。
なにはともあれ、それを自分の鼻先に押し付けてみる。
ふに、ふに、ふにふに。
最高の感触に、一生こうしていられそう。
いや、こうしてはいられない。
私は解放された窓の縁に飛び乗る。
自動的に明りの灯る大聖堂の内部とは違い、外は夜空に覆われ、きらめく星がちりばめられていた。
昼寝をしすぎて、すっかり日が暮れている。
でも寝ている間に嫌な香の影響もしっかり抜けたらしく、私はさらに空腹になっていた。
人でも猫でも、まずはごはん!
私は窓の縁から跳ねると、浮遊魔術を使って夜空を飛ぶ白猫になった。
私は振り返り、体の中心に意識を集中させた。
胸の奥から祈力が広がり温まっていく。
私の足元で、ほのかなまばゆさが放たれた。
浄化の力が発現する。
そこから広い石床、白亜の壁、高い天井へと、控えめながらも清浄な輝きが空間を磨きあげた。
清らかで心地よい空気に満ちた大聖堂を、私は改めて見回す。
聖女たちがいるというのに、見かけ騙しのような浄化しかさせてもらえなかったのは、焚きしめている妙な香を消さないためだろう。
聖女たちの居住空間はさらに香りが独特で濃い。
そのせいでここへ来た私も他の聖女たちも次第に表情を失って、司教から命じられたことに従う抜け殻のようだった。
「窓を開け放って空気を入れ替えたから、あの変な匂いもほとんど抜けたようね」
大聖堂周辺はすでに、祈りの結界と魔術防壁を張り巡らせてある。
それは不愉快な香が消えたころ──翌朝くらいには解除されて建物内に入れるはずだ。
「もし他の聖女たちが聖堂に戻るつもりなら、それは香の毒素が抜けて、自分の意志で選んだほうがいいからね」
窓から差し込む柔らかな陽を受け、眠気と空腹が同時にやってくる。
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でも私の罪状が読み上げられ、観衆の罵倒が高まり、いよいよ最期を迎えようとしたそのとき。
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つらいときや悲しいとき、抱きしめるとじっと話を聞いてくれた野良猫が、侵入を止めようとする衛兵たちを次々にすり抜けた。
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「んん……」
大聖堂に並べられた長椅子に寝そべっていた私は、まだぼんやりとした目をこする。
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そうだよね。
これからは思う存分ごろごろしたり、いつ寝ても怒られない!
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そういう事情もあって、おいしいものを食べるなら出かける方が賢明ともいえる。
でも私の真っ白な長い髪は目立つから、変装でもしよう……って、あれ。
体を起こしてようやく、私は相当な違和感に気づく。
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どうしよう。
これで人間だったら毛深すぎる。
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し、信じられない……。
なにはともあれ、それを自分の鼻先に押し付けてみる。
ふに、ふに、ふにふに。
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いや、こうしてはいられない。
私は解放された窓の縁に飛び乗る。
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昼寝をしすぎて、すっかり日が暮れている。
でも寝ている間に嫌な香の影響もしっかり抜けたらしく、私はさらに空腹になっていた。
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