塔の魔導師と騎士団長の恋が実るまで

温井 床

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 こんなに強い怒りを覚えたのは初めてだ。

 俺の中にある前世の記憶はリナを見たことで思い出した。魂の定着後、失くしていた記憶はきっかけがあれば思い出すのかもしれない。俺とラベラント様のように。ドミネス家もきっとそうやって魔導師長候補を出していたのだろう。

 止めなければ、俺の代でこのおかしなシステムを終わらせなければならない。

 この男は父である事を拒否した、実際俺にとっても父ではなかった。

「ガニュード子爵、その企みはいずれ明るみにされる。もうやめてくれ」

 攻撃しようとしたが魔法が発動しない。

 くそ、やはりダメか。

「その縄には魔法を阻止する術をかけています、おとなしくして下さい」

 黒いローブの男が忠告してきて驚いた。

 やたら気配が薄く、そこにいるのも今気付いた。

 子爵がゆっくり近づいて来る。

「無駄な抵抗はやめろ。そう言えばノルヴァインの息子と昨夜は楽しんだそうだな。女なら孕めたのに残念なことだ。だがこれからも寵愛されるように地味なローブではなく着飾らせてやるし、髪飾りも昨日の黒蝶などよりもっと派手な物を用意してやるぞ。ふははっ」

 昨夜から見張られていたのか、言い方がイラつく。だが、今髪飾りがどうだと言った?

「黒蝶の髪飾り?」

「もしかしてあの男の贈り物か?闇色の髪飾りとはずいぶん趣味が悪い」

 あの髪飾りが寝台の横に置いてあったのは俺の頭から外したから?

 俺の……?

 あれは俺への贈り物だったのか!。

 よりによって黒蝶を王女への贈り物にするなんてと嫉妬してしまったが、黒蝶にしたのは俺の事を思って考えたからなのか。

 目の前で子爵が立ち止まった。

「せいぜい私の役に立つんだな」

 首輪を持った手がソニアスの首に近づいてきた。

「くっ」

 俺の魔力なら首輪くらい壊せるか?

「くそっ、やめろ」

 この縄さえ解ければ。悔しさで歯を食いしばったその時。

 首輪を掛けられる寸前、間一髪のところでいきなりドオンッと爆破されたのかと思うくらいの音が近くで響いた。

「そいつに触るな!」

 聞き慣れた声の怒鳴り声が響き、そちらを見ると蝶番の外れた扉の横にリンガルが威殺しそうな鋭い目をして立っていた。

「お前っ、何故ここに入れた!」

 子爵は驚き声を荒げる。

 と、急に体の束縛が緩み自由になった。

「え?」

 何故と横にいた黒いローブの男を見るとウインクを返された。

「ガニュード子爵。魔導師長監禁、および謀反の罪で拘束する」

 リンガルの凛々しい声が宣言し、子爵に向かって行く。

「謀反だと?何の事だ、私は知らない!」

「その手に持っているのは処分命令の出ている服従の首輪だな、現行犯で捕縛する。ついでに王の許可なく召喚術を行っていた証拠も揃っている、覚悟しておけ」

「くそっ」

 子爵が魔法を発動しようとするのに気付き、ソニアスもすぐに魔法を放つ。

 すると、子爵が放ったものがすぐ目の前で何かに弾かれ子爵に襲いかかった。

「何!、ぐあッ」

 焦った子爵はリンガルの脇を抜けようと走り出すが、それも弾かれ尻餅をつく。

「な、何故!」

 何があるのか確かめようと手を伸ばすと見えない壁に触れ、横に滑らせてもどこまでも壁が子爵を囲んでいる。

 壊そうとしても魔力はソニアスの方が上、まともに戦えば子爵に勝ち目はない程力の差は大きい。

 風魔法の応用で空気の檻を作ったのだ。

 困惑する子爵の視界に縄から逃れ立ち上がっているソニアスの姿が入り激怒しているが、声を張り上げて罵倒する姿は負け犬の遠吠えのようだ。

 滑稽だ、父だと思っていた男の言う事を聞いて必死に修行をして、いつか褒めてもらえるのではと小さな希望を胸に礎になった。

 だが、さらに疎遠になり温かい関係は諦めた。

 不可抗力とはいえ本当の息子の魂は消え、この体を乗っ取った異邦者の俺に、家族など最初からいなかったんだ。

 己の存在意義を根底から覆された。

「ソニアス、魔法を解け。俺が捕縛する」

 はっと視線を上げると、優しく赤茶色の瞳が任せろと言っていた。

 頷いて壁を消すと同時にリンガルが素早く右の拳で殴りつけた。吹っ飛んだ子爵を捕まえ抵抗する間を与えずに何度も殴る。

「魂がどうであれ、息子は息子だろうが!お前がそうしたんだ、だったら愛してやるのが筋だろう!」

「あっ」

 リンガルはあれを聞いてしまったのか。

 そして怒っている。

 そうだった、そういう男だった。

 お前が、もう俺が諦めてしまったそれを言ってくれるのなら、もういい。

 目頭が熱く視界が霞んでゆらめき、頬に溢れ落ちた。

 この男が好きだ。

 今、この言葉を言えないことがもどかしい。

「リンガル、その辺でやめておきなさい。やりすぎは処罰の対象になるのだから」

 リンガルと一緒にいたのだろうか、頃合いを見て宰相様が入ってきた。

 子爵は顔が判別できないくらい腫れ上がってぐったりとしている。

 リンガルはまだ殴り足りないのかフーフーと肩で息をして子爵を睨んでいる。

「殺しては裁くこともできないよ、連れて行って話が出来るくらいに治療を受けさせなさい」

 宰相様がそう言うと、子爵を乱暴に担ぎ上げリンガルは出て行った。

 残ったのは宰相とソニアス、それに黒いローブの男。

「君もご苦労だったね、もう少し彼についていてくれると助かるのだが」

「承知しました」

 ローブの男は軽く会釈をし、ソニアスに向き合った。

「私は第六騎士隊の者です。ガニュード子爵家を探る為に潜入しておりました。手荒な事をして申し訳ありませんでした。もうしばらくお側にいることをお許し下さい」

 ソニアスにも一礼をする。

 第六騎士隊だったのか、どうりで気配がないと思った。隠密行動が得意なわけだ。

「縄を解いたのは君だろう?助かったよ、こちらこそ頼む」

「そのうちリンガルが戻るはずだから、それまで頼みましたよ」

 ゆっくり休みなさいと言って宰相様も出て行った。

 静かになった書斎を見渡すと自然と深いため息が出た。

 机や調度品が壊れバラバラに散っている。リンガルが派手に暴れたせいなのだが、自分を助ける為だ責める事は出来ない。しかし、これからそれらを片付けるのかと思うと気が滅入る。色々ありすぎて疲れ切っていた。

「ソニアス様、僭越ながら私が片付けてもよろしいでしょうか。触れてはいけない物は指定いただくか移動していただければ助かります」

 騎士隊の所属にしては物腰は城の侍従のように洗練されていて、ソニアスは感心した。

 魔術陣が描かれた物だけ回収し、あとはローブの男に任せることにした。名前を聞いたが、そもそも第六騎士隊であることも言わないのが普通だと名乗らなかった。

 ソニアスは簡単に風呂を済ませ寝台に倒れ込むと、昨夜の名残りもあり瞬く間に眠りに落ちた。
 
 
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