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安全の為とは言え王太子妃の部屋をあてがわれた庶民のリリエナは、ベッドに入ったものの神経が昂っているせいかなかなか寝付けずにいた。
オーガストさんは無事なのかしら、かなり重症のように見えたけど。
『普通の女性として生きて下さい』
『貴女をお慕いしているのです』
あの状況でなければ・・・心が揺らいだかもしれない。
でも聖女を辞めたいとは思っていないのよ、だからあの人と行こうとは思わなかった。
殿下なら先に私の気持ちを聞いてくれるのに。
『昔の貴女は殿下に好意を寄せていた』
オーガストさんはそう言った。
私は、殿下が好きだったのかしら?
リリエナは寝返りを打ち、王太子の部屋の方向にある扉に目をやる。
ヴァイツェン殿下は優しく大事にしてくれる。
突然知らない世界に召喚されて、不安な時にあんな美形に優しくされたら、十代の私なら惚れるかも、そりゃ、多分好きになってしまうだろうな。
今の私は見た目こそ二十歳過ぎだけど、中身は四十年の人生を経てる、そんな簡単には気持ちは動かないわ。悪い癖みたいなものだ。
大事にされるのは、それは聖女だから。
ツキンと胸の奥に波紋が広がるように痛んだ。
また寝返りをすると、今度は仰向けでぼんやりとする。
少しだけ十六歳の私を思い出した。
この世界での初めての記憶はヴァイツェンではなく、ドゥーベ家のお母様マリーヌの心配そうな顔だった。
お父様も兄達も優しくて可愛がってくれたと思う。
ホームシックになった時は兄達が食べ切れない程のお菓子を持ってきてくれたっけ。
他にも・・・。
思い出せて良かった、でも、もっと思い出したい記憶がある。
オーガストさんは私が殿下を好きだったと言っていた、そう思う何かがあるのならそれが聞きたい。
彼ともう一度話がしたい、明日聞いてみよう・・・。
睡魔に追い立てられ、とうとう寝息を立て始めたリリエナの寝室に繋がる扉を静かに見つめ、眠らずにいるのはヴァイツェンその人だった。
「あのまま口付けしてしまうところだった」
ふぅ、と肩で息を吐いた。
夜着にも着替えずベッドに片膝を立て腕と顎を乗せて腰掛けている。
すぐ側に剣を立て掛け、奇襲に備えた状態で今夜は過ごすつもりだ。
リリエナが見た黒いモヤは言葉を発していたと言う、それは魔王の影の可能性があった。
怯えさせてはいけないと思いリリエナには言ってはいないが。
いっそ怯えさせて寝室に押し掛ければ良かった、と不埒な下心もあるが魔王の影ならば聖女であるリリエナは確実に狙われる。
今度こそ、私の手で守る。大切な私の愛しいリリエナ。
あいつが、オーガストがリリエナを特別な意味で見つめていたのを私は知っていた。
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