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第九部『天涯地角なれど、緊密なる心』
二章-7
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ダッダリーア邸から解放された俺とムンムさんは、ティミーさんを訪ねた。
かなりの損失を出したにも関わらず、《ヘッシュの宝石店》は開いていた。俺とムンムさんが店に入ると、ティミーさんは快く出迎えてくれた。
俺が差し出した買い戻した品々を見て、ティミーさんは驚いた顔をした。事情と経緯を話すと、心から申し訳ない顔をした。
「そこまでして頂くなんて……なんと御礼を申し上げていいやら」
「気にしないで下さい。すべて取り戻せたら良かったんですが……」
「いいえ! 注文された品がほとんど戻ってますから。これで、お客様への面目が立つというものです」
「ですが、損失はかなりのものでしたでしょう。これから、どうなさるんですか?」
ムンムさんの問いに、ティミーさんは力なく微笑んだ。
「倉庫にあった原石は残っていましたから。それを元に、細々と商売を再開しております。店を始めたときに比べれば、まだマシな状況ですよ。ああ、そうだ。ランドさんの指輪を少し預かってもいいでしょうか?」
「え? ええ……」
俺が差し出した三つの指輪を受け取ったティミーさんは、店の奥へと引っ込んだ。
しばらく待っていると、三つの小箱を持って戻って来た。一つが手の平大の小箱には、それぞれ指輪が一つずつ収められていた。
「指輪を磨き直して、化粧箱に収めておきました」
「ありがとうございます。けど、大変なときに……ここまでして貰ったら、なんか申し訳ないです」
「いいえ。化粧箱に収めるまでが、わたしが提供する商品ですから。わたしは自分の仕事を熟しただけですので、お気になさらず」
ティミーさんは穏やかに微笑むと、俺に一礼をした。
「改めて、ご成婚おめでとうございます」
率直な感想でしかないけど、ティミーさんと《ヘッシュの宝石店》は大丈夫だ。きっと元の信頼を取り戻すまで、それほど時間はかからない。
この実直さは、きっと人々のあいだで評判になるはずだから。
店を後にした俺は、ムンムさんに礼を述べた。
「ムンムさんも、ありがとうございました。俺の個人的なことに、ここまで手助けをしてくれたこと、感謝してます」
「いえいえ。お役に立てて、とても嬉しいですわ」
「ムンムさんの用件のほうは、大丈夫なんですか? なんか、ご兄弟がやらかしたあとの対応とか言ってた気がしますけど」
俺の問いに、ムンムさんはあからさまに狼狽えた。
忙しく視線を彷徨わせながら、「あ、あ、あ」と,必死に言葉を探しているように見えた。
俺が、大丈夫ですか――と声をかけようとしたとき、ムンムさんが慌てた素振りで口を開いた。
「あ、そっちはもう大丈夫です! これで……その、終わりましたから」
「そうなんですか? それならいいですけど。でも、俺の手伝いをしていたあいだに、よく終われましたね」
「そ、そうなんです! 弟の粗相は……その、大きいほうなんですが、なんとか片づきましたから」
粗相……大きいほう? なんだろう。その言い方だと、大きいほうを、お漏らししてしまったように聞こえる。
質問をした手前、ここで話をぶつ切りにするのは申し訳ないし……という訳で、少しだけ話を続けることにした。
「なんか大変でしたね。弟さん、まだ幼いんですか?」
「い、いいえ。違うんですのよ。外見だけなら、ランド様と似たような年齢なんです」
外見……? 焦っているせいか、所々言葉が変だけど……それは、こっちの言葉に慣れていないからだろうか?
それにしても俺と近い年齢で、お漏らしか……かなり悲惨な状況だったんだな。その後始末だなんて……心から同情できる一件だ。
そんな会話を終えてムンムさんと別れたのは、もう昨日のことになる。関所を通ってインムナーマ王国に入った俺は、そのまま真っ直ぐにメイオール村へと帰ってきた。
近くの森で降りてドラゴンの翼を収めてから、俺は神殿へと歩き始めた。当初の予定より、かなり遅くなってしまった。
上空でなにかの鳥が旋回している中、俺は神殿に駆け寄った。
文句の一つや二つは覚悟しないとな……と思いながら神殿の扉を開けると二階から、なにやら騒いでいる声が聞こえてきた。
……なにかあったのか?
少し不安を覚えた俺は、階段を駆け上がった。
瑠胡やセラの部屋じゃなきゃいいけど――と思っていたら、騒ぎが起きているのは、俺の部屋のようだった。
部屋のドアを開けると、俺のベッドにいた瑠胡と、紀伊が言い争いをしていた。
「瑠胡姫様、そのシーツから離れて下さい!」
「無体なことを申す出ないと、何度も言わせるでない! ランドが居らぬあいだくらい、ここで癒やされてもよかろうもん」
「だから、そういう言葉遣いはお止め下さいと、何度申し上げればいいんです! それに、ランド様は今日にも戻ると連絡があったでしょう!? 少しは我慢して下さい!」
瑠胡は抱きかかえた俺のシーツに、顔の半分を埋もれさせていた。そのシーツを引き剥がそうとする紀伊に、そんな二人に対しての対応に困っているセラ。
そして……そんな光景に、困惑する俺。
「えーと、なにがどうなってるんですか、これ」
戸惑った俺の声で、三人がほぼ一斉に振り返った。
「ランド!」
「ランド、戻ったのですね」
瑠胡、そしてセラが俺のところまで来てくれた。
「遅いじゃありませんか。どれだけ待ったことか」
「すいません。あれからも色々なことに巻き込まれてしまって。でも、指輪は手に入れることができました」
俺が瑠胡とセラに三つの指輪を見せると、二人の顔に笑みが浮かんだ。
「これが、ランドが苦労して手に入れた指輪なんですのね。わたくしのは、緑なんですね」
「わたくしのは、青。これは、ドラゴン化したときの鱗の色ですか? ランドは……二色ですか?」
「そうですね。二人の色に合うのが見つかったので、これにしました。まあ、流行ではないので、二人のものに比べると安価でしたしね」
セラの問いに返答をしたら、なんとなく微妙な空気が流れた。
俺を見上げたセラは、小さな溜息を吐いた。
「ランド……それは、言わなくても良いことです。それはともかく、盗品をよく取り戻せましたね」
「今さらですけど、そう思いますよ。まさか犯罪組織と接触するなんて、思ってもみませんでしたしね。ただ、一つ気になるのが――」
俺は二人に、サンクマナでの出来事についての話を始めた。その中で、強盗たちが俺の邪魔を依頼されたということを話すと、瑠胡とセラは怪訝な顔をした。
最初に口を開いたのは、セラだ。
「どうして隣国で、ランドの阻害を依頼する者がいるんでしょうか?」
「前にいた《地獄の門》の生き残りか、ゴガルンの仲間がいたのか……という可能性はあるんですが、わからないんですよね。なんでも、異国風の服だった――」
言葉の途中で、俺はふいにムンムさんの発言を思い出した。
『弟の粗相は……その、大きいほうなんですが、なんとか片づきましたから』
大きいほうというのは、ちょっとアレだかえど……なんだろう。異国風の服という言葉で、ムンムさんのことを思い出してしまった。
理由はわからないけど、直感というか第六感というか――そういう感覚的なところで、ムンムさんと結びついたんだと思う。
「……ランド、どうしたんです?」
瑠胡に声をかけられて、俺は我に返った。
無意識に、意識が思考に埋没してしまったらしい。俺は顔を上げると、二人に苦笑してみせた。ムンムさんが、俺の妨害に関わっているとは思えない。それだと、彼女の行動と相反するわけだし。
俺は思考を切り替えると、瑠胡に苦笑いをした。
「いえ、すいません。ちょっと、その相手のことを考えてて」
俺はとりあえず、指輪が収まった小箱を二人に手渡した。
この指輪は本来、婚礼の式で二人の指に填めるものだ。だけど、式の日まで俺が持っているというのも、なんか変な気がするし。
それぞれの分を手渡すと、二人は別々の反応をした。
セラは嬉しそうに微笑みながら、小箱を両手で包み込むようにした。そして瑠胡は指輪をジッと見つめてから、俺の顔を見上げた。
「……ランド、少し来て貰えますか? セラ、少しあとで」
「はい、瑠胡姫様」
二人でなにか話をしていたんだろうか。最低限の会話だけで意思の疎通をしていた。
俺は部屋から出て、自分の部屋へと向かう瑠胡についていった。俺が部屋に入ると、瑠胡は箪笥と呼ばれる棚から、何かを取り出した。
「ランド、これを」
瑠胡が俺に差し出したのは、前から使っていたべっ甲の櫛だった。半月状の櫛を受け取ると、瑠胡は俺の胸板に身体を寄せてきた。
指輪の入った小箱を胸元に抱いたまま、やや上目遣いに俺を見上げてきた。
「苦労して手に入れた指輪と釣り合うかわかりませんが、その櫛を持っていて欲しいのです」
「これ……でも、これは瑠胡が大事にしていたものじゃ?」
「はい。ですが先日、父上や兄上から婚礼祝いの品で、新しい櫛を頂いたんです。ですから、わたくしの思い出の品を……ランドに」
言葉の端々から、瑠胡の想いが伝わってきた。
俺は胸の内から湧き上がる感情に抗えず、瑠胡と唇を重ねた。ゆっくりと顔を離すと、櫛を持った手で瑠胡の頭を抱きしめた。
「瑠胡の想い、確かに受け取りました。大事に……いい御護りになりそうですよね」
「まあ、御護りだなんて。でも大事にして頂けるなら、嬉しいです。さて――」
クスッと微笑む瑠胡が、俺の身体から離れた。
「セラ? もういいですわよ」
瑠胡が部屋の外に声をかけると、セラが入って来た。
先ほどの会話の最中、セラはずっと廊下で待っていたらしい。ゆっくりと歩いて来たセラは、瑠胡と一緒に俺の左右に位置取ると、揃って首を俺に向けた。
「さて。数日とはいえ、わたくしたちに寂しい思いをさせたのですから。その分は、きちんと補って頂きますから」
「……そういうことです。今日は、二人で甘えさせて下さい」
瑠胡とセラの言葉に、俺は顔が熱くなるのを感じながら、二人の肩を抱いた。
「……わかりました。お詫びって言い方は良くないですが、寂しい思いをさせてしまいましたからね。穴埋めに、俺にできることはなんでもします」
言っておくが、これは半ば勢いだけで言っている。瑠胡やセラと今の関係になってから、もう数ヶ月経つが、まだ色恋に慣れたとは言い難い。
俺は二人の肩を抱いたまま、瑠胡の部屋を横断した。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
気がつけば、お気に入りが91名に。感謝感激でございます。ありがとうございます!
第九部の二章はここまで。幕間のあと、三章となります。
本文中、「弟の粗相は……その、大きいほうなんです」というのは、正確に訳すと「弟がしでかしたことは、かなり重大なことですが――」というものです。
言葉が不正確だと、誤解を招くいい見本ですね。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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