屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第九部『天涯地角なれど、緊密なる心』

二章-5

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   5

 俺たちを乗せた幌馬車は、《一番通り》をだく足で進んでいた。
 ダッダリーア・ファミリーという悪党たちのアジトには、似つかわしくない地域だが……本当に、ここにダッダリーア・ファミリーの屋敷があるんだろうか?
 そんな疑問を抱きはしたが、一緒に乗っている白髪混じりの男には聞けなかった。しばらく進むと、ゆっくりと進む幌馬車の蹄と車輪の音が変わった。


「到着したようだ。降りて貰おう」


 俺が言われるままに馬車から降りたとき、すでにムンムさんと二人組の強盗は別の馬車から降ろされていた。


「ここで待っていてくれ」


 白髪混じりの男が屋敷の中に入ると、俺たちは暇になった。
 ここは高い塀に囲まれた屋敷の庭のようで、様々な木々や低木などが植えられ、どれも丁寧に剪定されていた。
 俺が近くの低木を眺めていると、一人の老人が近寄って来た。よく見るチェニックや防寒用の外套という服装で、頭にはフードではなく、農村などでよく見られる麦わら帽子を被っていた。


「なんだ? こんなところで、なにをしとるんだ?」


 前に酒場で酔っ払った荒くれからムンムさんを庇っていた、あの老人だ。老人は俺が見ていた低木に近寄ると、少し誇らしげな顔をした。


「この木を見ていたが、気に入ったのかね」


「枝葉が均一になってるな……って思っただけですけどね。この剪定は、爺さんが?」


「おうよ。綺麗に整ってるだろう? 見た目もそうだが、ちゃんと剪定をすれば長く育ってくれる」


 ニヤッとした笑みを浮かべる老人は、腰袋に突っ込んでいた剪定用のハサミを抜いた。
 この人、金持ち相手の庭師なんだろうか。その割には、着ている服は小綺麗だけど……そのあたりは、金持ち相手の身だしなみってことなんだろうか。
 この老人から植物の育て方についての話を聞いていたとき、屋敷から初老の男がやってきた。
 年の割に、背筋はピンと伸びている。貴族と見間違えるような上質な衣服を身につけ、口髭も整っている。
 こいつが頭目かと警戒していると、男は老人を見て眉を顰めた。
 やや伏せ目がちとなった老人は、麦わら帽子のツバで顔がよく見えなくなっていた。男は老人に近寄ると、舌打ちをした。


「庭師……なんか来ていたか。邪魔だ、どけ」


 男が小さく手を振って、老人の頭を叩こうとした。
 俺はその寸前、振られた男の手を拳で受け止めた。打擲の音が響く中、男の睨めるような目が俺へと向けられた。
 その視線を真っ向から受け止めながら、俺は静かに告げた。


「退いて欲しいなら、口で言うだけでいいでしょう」


 罵声が飛んでくるかと思ったが、男は舌打ちをしただけで、すぐに手を引っ込めた。我ながら大胆なことをしたと思ったけど、あれを放っておくなんて、できる筈もない。
 険悪な沈黙が流れたあと、男は見下すような目を向けてきた。


「それで? おまえが、ランドとかいう小僧は。なんでも、我がダッダリーア・ファミリーについて嗅ぎ廻っているらしいが……本当か?」


「少し違います。俺が探していたのは、盗品を売りさばく取引所です。盗まれた指輪を取り戻したいですから」


「ほお……盗品の取引所ねぇ」


 男は俺の返答を聞いて、鼻で笑った。


「指輪を盗まれたと言ったが、そんなに大事な品かね?」


「そうです。婚礼の式で使う指輪ですから」


「ああ、なるほどぉ! そりゃあ、大変だ。なけなしの金を貯めて買った品だろうから当然、取り戻したいのだろう」


 男は同情するようなことを言ってから、大袈裟に首を振った。その素振りや声からは、同情というより小馬鹿にした感が伝わってきた。
 男は両手を小さく上に挙げると、歯を剥き出した笑みを浮かべた。


「しかし残念だがサンクマナに、そんな取引所は存在しない。君の境遇には同情もするが、我々では協力できそうにないな」


 俺は、二人組の強盗を一瞥した。
 二人とも、男の言葉を聞いて顔を引きつらせている。この二人は、その取引所で盗品を売りさばいたと言っていた。
 男の言葉は強盗たちにとってある意味、自分たちを切り捨てたものなんだろう。
 だが、そんな証言の食い違いは想定済みだ。裏社会を束ねる組織が、俺みたいな町の部外者に盗品の売買に関することを教えるはずがない。
 だからといってダッダリーアの中枢まで来た、この機会を逃す手はない。対応を大きく間違えれば、血みどろの展開になるかもしれないが――やるしかない。
 俺は大きく息を吸うと、周囲の気配を探りながら、目の前の男へと目を戻した。


「……わかりました。それでは、俺たちが盗品を売買している取引所を潰しても、問題はないわけですね」


「なにを言っている? さっき言ったことを理解しているのかね。この町に、そういった取引所はない」


「ええ。それは理解しました。だからもし、そういった取引所があったとしたら、それはダッダリーア・ファミリーとは無関係ってことですからね。そちらにとって、なんら問題はないでしょう?」


 俺の発言は、受け取りかた次第では挑発に思えるものだ。
 男が先ほど言ったことは、実のところ俺に「忖度しろ」という無言の圧力だ。取引所なんてものは存在しないものとして、さっさと帰れ――そう言いたいのだ。
 それを俺は真っ向から拒否、しかも皮肉を込めた返答をしたわけだ。
 男の顔は見る間に真っ赤になり、俺を睨み付けた。


「……何度も同じことを言わせるな。余計なことをせず、盗まれた品は諦めるんだな」


「余計? ダッダリーア・ファミリーが関与してない盗品の取り引きなんて、潰したほうが利があるでしょう。俺たちは絶対に、取引所の場所を掴んでみせます。取引所を潰したら、教えて差し上げますよ」


 脅しに屈しない俺に、男の顔が憎悪に歪み始めた。
 後ろにいる二人組の強盗は、完全に怯えきっている。ダッダリーア・ファミリーに逆らった者がどうなるか、熟知している顔だ。
 ただ一人、ムンムさんだけは普段通り、おっとりとした顔をしている。
 俺が少々強気なのは、理由がある。俺はダッダリーア・ファミリーの手下に招かれて、ここに来た。
 彼はダッダリーアの頭目が、俺たちを呼んでいると言っていた。刺客から俺たちを助けたのが善意ってわけじゃないなら、屋敷に呼んだ意味がなにかあるはずだ。
 だけど、今はそんな推測にすべてを委ねるわけにはいかない。
 俺はムンムさにゃ老人を庇うような位置に移動しながら、周囲を警戒した。男の表情から、これから起きることが容易に予想できたからだ。
 男は俺を睨みながら、指笛を吹いた。


「野郎ども、そいつを殺せっ!!」


 男の声に呼応するように、六人の男たちが現れた。そこそこ上質な衣服を来た六人は皆、抜き身の短剣や長剣で武装していた。
 体格は六人とも、俺より一回り以上も大きい。端から見れば、俺の劣勢は疑いようがないだろう。
 だが、物腰や得物の構え方――すべてが訓練兵並み程度だ。正直、老人と二人組の強盗を護りながらでも、負ける気はしない。
 最初に動いたのは、短剣を手にした二人の男だ。ほぼ同時に突進してきた男たちは、左右から斬りかかろうとしてくる二人に、俺は〈遠当て〉を放った。
 その一撃を受けて動きが止まったところで、俺は〈断裁の風〉を六人の男たちへと放った。もちろん、致命傷は避けている。
 男たちは、太股や二の腕から血を流しながら地に伏した。その光景に驚く初老の男を、俺は初めて睨めつけた。


「これ以上やる気なら、俺も本気を出すぞ。砕かれたくなきゃ、大人しく盗品を取引している場所へ案内しろ」


「なんだと、貴様……我々を舐めるなよ。貴様な――」


 言葉の途中で、男は怯んだ。整った髭が、俺の〈断裁の風〉に削ぎ落とされたからだ。
 俺は頬を押さえる初老の男へ、静かに告げた。


「まだやるか?」


「くそ……だが、後悔するのは貴様だ。後ろを見てみろ。みん――」


 俺の背後へと目を向けた初老の男は、またもや驚愕の顔で言葉を途切れさせた。
 俺の背後では、合計で五本の矢を手にしたムンムさんが、にっこりと微笑んでいる。物陰から放たれた矢を、すべて素手で掴んでいた。
 俺の心を折るための策か、単なる仕返しか――どちらにせよ、その策は灰燼に帰したわけだ。
 俺が一歩だけ前に出ると、初老の男は及び腰で周囲を見回した。


「全員でかかれ! 皆殺しにしろ!」


「そこまでだっ!!」


 初老の男の叫び声に被さって、別の声が響き渡った。
 声がした背後を振り返ると、あの老人が俺のほうへと歩いてくるところだった。俺を通り過ぎて、初老の男へと近づいていった。
 俯き加減の姿勢のまま立ち止まった老人に、初老の男は狼狽えながらも歯を剥いた。


「な、なんだ貴様!」


「貴様ではないだろう。馬鹿が」


 老人が麦わら帽子を脱帽すると、初老の男の顔に怯えが浮かんだ。


「ま、まさ――頭目? どうして……いえ、なぜ、そのような姿で」


「おまえさんにランドの対応を任せたあと、着替えたのでな。まったく、顔は見せないようにしていたが、声や体格でわかるようなものだが」


 呆れたように言ってから振り返った老人に、俺は警戒を露わにしながら告げた。


「あん……あなたが、ダッダリーア・ファミリーの頭目?」


「そうとも。俺がミロス・ダッダリーアだ。ランドにムンム……そっちの二人も、屋敷に入るといい。立ったまま長話なんか、することはない。もっとも、話だけで済むかは――おまえたち次第だがな。おい、客人を広間へ案内しろ」


「……はい」


 後ろ手に手を組みながら、老人――ミロスが歩き始めると、先ほどまでの態度を改めた初老の老人が、俺たちを屋敷へと促した。
 あの老人がダッダリーアの頭目だったことは、素直に驚いた。しかし、まったく知らない顔ではないが、俺を招待した理由がわからない以上、油断はできない。
 俺はムンムさんや強盗たちを伴って、ダッダリーア・ファミリーの屋敷へと入っていった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

引きを回収しつつ、ダッダリーアの屋敷に入りました。対人戦において、〈断裁の風〉を使って動きを封じるのが定番になってますが……これはあれです。

いや多数を相手にする場合、ああいう技を持ってて使わない手はないなと。
行数の節約に丁度良いですね(メタ発言

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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