屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第九部『天涯地角なれど、緊密なる心』

二章-2

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   2

 夜になり、俺は一先ず宿に戻った。
 正確には部屋を借り直しているのだが、同じ宿を使い続けているから、店主ももう一部屋を俺用に取ってくれている……らしい。
 俺は部屋のベッドに腰掛けながら、これからのことを考えていた。
 宝石店を襲った強盗を捕まえたが、奴らは奪った宝石類を売りさばいたあとだった。しかも売った金を一晩で使い切っていた。
 指輪を探し出す宛てはなく、資金の回収すら不可能となると、流石に諦めたほうが賢明かもしれない。
 気分転換に部屋の雨戸を開けた俺は、夜空を見上げた。
 満天の星空に月明かり――とはいかず、曇り空だからか空は真っ暗だ。だけど、俺が雨戸を開けたのは、星を見るためじゃない。
 夕方に俺の元へ舞い降りた、瑠胡の鱗による便り。そこから二度のやり取りで、待ち合わせ場所を、この場所に決めたんだ。
 こんな夜に雨戸を開ける宿の客なんか、そうそう居るもんじゃない。かなりいい目印になるはずだ。
 雨戸を開けたまま、俺は待つことにした。
 しばらくすると、闇夜の中から羽ばたく音が聞こえてきた。鳩やカラスなどよりも静かな音が、俺の頭上から降ってきた。
 視線を僅かに上げると、灰色の体毛を持つフクロウが窓枠へと舞い降りた。


「……リリンか?」


〝はい。ランドさん、早速ですが詳しい状況を教えて下さい〟


 フクロウ――いや、使い魔を介したリリンの声に、今日の顛末を話した。
 俺が話を終えてからしばらくしてから、再び使い魔がリリンの声で喋り始めた。


〝盗品については、やはりダッダリーア・ファミリーが裏で取り仕切っているようです。となると、簡単に取り戻せないかもしれません〟


「やっぱり、そうだよな……」


〝ところで、その捕まえた強盗たちはもう衛兵に引き渡したんですか?〟


「いや。両手と両脚を縛ったまま、隣の部屋で拘束してある。まだ情報とか引き出せるかもしれないしな」


 答えながら、俺はその可能性は低いと思っていた。あの二人は、どうみてもただの盗賊に過ぎない。町の裏社会にコネはあるかもしれないが、盗品の行方やダッダリーアとかいう集団について、詳しいとは考えられなかった。
 衛兵などに引き渡していないのは、前述の理由もあるが、なによりもムンムさんの助言だった。


「衛兵に渡してしまったら、すべての手掛かりを失う可能性もあります」


 なにがどう手掛かりになるのか、俺には理解できないが……それでも強盗の見張りまで買って出てくれたムンムさんの意見を尊重した――という状況だ。
 腕や足を拘束した上に、指は開かないように縛ってある。そこまでやってもなお、逃げられる可能性があるとムンムさんは言ってきた。
 盗賊稼業の者を、甘く見てはいけません――という正論まで言われてしまうと、俺には反論する材料がなにもない。
 ……と、そんなことを思い出していたのには理由がある。リリンの使い魔が、なにも喋らなくなったからだ。
 鱗の便りでは詳しいことまでは報されていなかったが、どうやらリリンは一人ではないらしい。恐らくは瑠胡やセラが一緒に、あれやこれやと考えてくれているんだろう。
 時間にして二、三分経ってから、使い魔が再び喋り始めた。


〝お待たせしてしまって、すいません。ヘラさんが言うには、盗品を探すなら及第点の対応ってことらしいです〟


「ちょっと待った。そこに、ヘラがいるのか?」


〝はい。瑠胡姫様やセラさん、それに沙羅さんも御一緒です〟


 瑠胡やセラはわかるが、沙羅まで?
 メイオール村で、なにが起きてるのか――ちょっと不安になってきた。


「もしかしたら、急いで帰ったほうがいい状況なのか?」


〝……ああ。いえ、メイオール村は至って平穏です。沙羅さんやヘラさんは偶然、それぞれ別の用事で来られただけです〟


「そ、そっか。ならいいけど」


〝それで……話を戻しますね。盗品を探すなら、町長に接触してもいい……と。強盗を町長に引き渡し? ええっと、少し待って下さい〟


 そう断ってから、俺は数十秒ほど待つこととなった。
 どうやら裏で、ヘラからの話を纏めたらしい。リリンはまるでメモを見るような口調で、再び話し始めた。


〝盗品の売買に関してですが、ダッダリーアが取り仕切っているのは間違いがないんですが……裏で、町長と繋がっている可能性があるらしいです。盗品の売買での利益の一部が、町長に流れているという噂があるようです〟


「え? それって――町長も共謀してるってことじゃないか」


〝あくまでも、噂らしいです。ですが、町長の元へ強盗を連れて行くことで、盗品の売買について手掛かりが得られるかもしれないらしいです。ただ、それなりの危険も伴うことなので、慎重さが必要になるでしょう〟


「そっか……財宝を手に入れるためにドラゴンのいる洞穴に入るようなもの――「虎穴に入らずんば虎子を得ず」と同意――ってことか」


 俺の例えが的を射た表現かはわからないが、リリンは〝そうですね〟と短く肯定した。


〝一番いいのは、盗みや強盗などをしていれば、ダッダリーア・ファミリーから接触してくるということですが……〟


「いや、それは勘弁してくれ」


〝もちろんです。ですので、捕らえた強盗の存在が大きくなるんです。彼らを町長に会わせたことで、ダッダリーア・ファミリーが動く可能性があるみたいです〟


 リリンの発言に、少し迷いが見られた。
 ヘラの言ったことを、掻い摘まんでいるんだろうが、その内容をあまり吟味しないまま喋っていたのかもしれない。リリンにしては珍しく、自分の発言した内容への理解が、話す速度に追いついていなかった。
 要するに、だ。
 町長に強盗を捕まえたことを見せつけたあと、口封じのためにダッダリーア・ファミリーが襲ってくる可能性がある――ってことらしい。
 真正面から襲って来るならともかく、暗殺などの手口を使われるのは厄介だ。


「そのあたりのことは、理解したよ。精々、暗殺なんかには気をつけるさ。今日はありがとうな、リリン」


 どちらにせよ、町長に遭いに行くのは明日だ。
 俺はリリンの使い魔に別れを告げると、雨戸を閉めた。明日の相談をしようと部屋を出たとき、そのムンムさんの居る部屋から、なにかを突き破るような音が響いてきた。
 そしてムンムさんの短い悲鳴と、どかどかという物音が聞こえてくると、俺は大慌てでムンムさんの部屋に飛び込んだ。


「大丈夫ですか!?」


 俺が部屋に飛び込んだとき、ムンムさんは覆面に黒装束の男と刃を交えていた。
 黒装束の短剣と、ムンムさんの短刀が幾度となくかち合い、火花を散らしていた。その
横で、強盗たちは身体を拘束されたまま、床に転がっていた。
 棚に置かれた燭台の灯りが無ければ、黒装束の姿は闇に溶け込み、部屋にいた三人は瞬く間に殺されていたかもしれない。
 黒装束は俺を見て形勢不利と察したようで、腰からもう一振りの短剣を引き抜いた。一気にムンムさんを片付ける算段のようだが、その前に俺は〈遠当て〉を放っていた。


「ぐ――」


 右肩に〈遠当て〉を受け、黒装束はくぐもった声をあげた。
 ムンムさんに加勢をしようと駆けだした俺を見て、黒装束は打ち破った雨戸から逃げていった。少しの遅滞も見せない、見事なまでの逃げっぷりだ。
 しかし、それだけに相手の技量の高さが窺えた。


「大丈夫ですか?」


「はい。ありがとうございます。いきなり雨戸が砕けたと思ったら、あの人が襲いかかって来たんです。あれは一体、どこのどなたなんでしょう?」


「実は……」


 俺はリリンから伝えられた情報を、ムンムさんに話した。
 町長とダッダリーア・ファミリーの繋がりに関する噂、そして危険性――ムンムさんは俺の話を聞いて、打ち破られた雨戸を振り返った。


「では、さっきの御方は、その暗殺者かも……ということですか?」


「可能性としては。その強盗たちを殺して、口封じをしようとしたのかも……断定するには、判断材料が足りませんけど」


 強盗たちを見れば、見るからに怯えきっていた。俺のムンムさんの会話を聞いて、自分たちの置かれた立場と状況を理解したようだ。
 しかし想定していたより、相手の動きが速い。強盗たちを町長に会わせる前に、襲撃されるなんて、思ってもみなかった。
 俺とムンムさんは交代で見張りをしながら、一夜を過ごすことにした。

   *

 サンクマナの《一番通り》に、高い塀に囲まれた豪邸がある。
 出入り口は、金属の門がただ一つのみ。門の前には人相の悪い門番が立っており、夜だというのに道行く人々や馬車へ、睨みを利かせている。
 邸宅は石造りの三階建て、窓は高価な硝子を使ったものが多いが、そのすべては鉄格子で護られていた。
 その一室――豪奢な家財で囲まれた主の部屋に、二人の男が居た。一人は主であるミロス・ダッダリーア。もう一人は、その配下の者だ。


「頭目――襲撃は失敗したとの報告がありました」


「失敗……か」


 抑揚のないミロスの声に、配下の青年は全身から冷や汗が吹き出した。たった、ひと言――ミロスが発する言葉一つで、命運が決まると言って良い。
 生唾を飲み込んだ青年が恐る恐る顔を上げたとき、ミロスはうっすらと笑みを浮かべていた。


「そうか。失敗か」


「……はい」


「奴らは、我々の喉元まで来ると思うかね?」


「それは……普通であれば、無理でしょう」


「……そうだな。普通であれば、無理かもしれぬ」


 ミロスは目録に目を落とすと、その中から《ヘッシュの宝石店》を襲った強盗が売った品を指でなぞった。
 羽ペンで先ほどの品目に印を付けていくと、畏まった青年へと目録を差し出した。


「印を付けた品は、ここへ運んでおけ」


「……はい」


 疑問はあったが、それを口にするほど青年は愚かではなかった。
 配下の青年が退室して独りとなったミロスは、口元に楽しげな笑みを浮かべた。


「さて――若造が、どこまでやるやら」


 ミロスの独り言は石壁に囲まれた室内で、跳ねるように反響した。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

新年、あけましておめでとうございます!
本年も宜しくお願い申し上げます。

新年早々に、不穏気味な展開ではありますが。それはそれ、これはこれということで、何卒宜しくお願いします。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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