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第九部『天涯地角なれど、緊密なる心』
一章-4
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ムンムさんの案内で、俺はアンクマナの《一番通り》と呼ばれる通りを歩いていた。
ここは俺が飯を食べた通りとは違い、かなり品の良さそうな店が並んでいた。道行く人たちも平民というよりは、大商人とか貴族――端くれだろうけど――の従者や使用人といった人が多そうに見える。
流石に場違いな気持ちになってきて、俺は恐る恐るムンムさんに訊いた。
「あの……ホントにこっちで良いんですか?」
「はい。貴金属のお店なんて、こういった場所にしかありませんから」
「……俺なんかが歩いてて、良いんでしょうか、これ」
「あらあら。心配なさらずとも大丈夫ですよ。ランドさんには、充分に資格がおありですから」
俺の、どこをどう見たら、そう思えるんだろう。金と権力を微塵も感じさせない、平凡な姿をしているはずなんだけど。
神糸の衣服だって、傍目には普通の服にしか見えないし、そもそも今は防寒用のマントで隠れている。
腰には長剣を下げていて、無頼者と乱闘騒ぎをしたあとだから、どことなく全身が埃っぽい。
それに、場違いと思っているのは俺自身だけじゃない。道行く人々も、俺の姿をジロジロと見ては、どことなく距離を取っていた。
本当に大丈夫なのかと不安を覚えながら、俺は通りを進んだ。
ムンムさんが勧める店は、こじんまりとした佇まいだった。白く塗られた木造の家屋は二階建てで、裏には工房らしき建物も見える。
黒塗りに赤と白の文字で《ヘッシュの宝石店》と書かれた看板が、一階にある青色のひさしの上に飾られていた。
「こちらですわぁ。ここでしたら、ランドさんも入りやすいでしょう?」
「ほかの店に比べれば、確かに入りやすいですね」
周囲にある高級店に比べれば、《ヘッシュの宝石店》は地味な部類だ。品の良い店員が出迎えそうでもないし、衛兵らしい男が護ってもいない。
「ここは、平民の方も訪れるんですって」
ムンムさんの説明に、俺は納得した。この佇まいなら、平民でも入り易いに違いない。
「さあ、入りましょう」
ムンムさんに促され、俺は店内に入った。
ガラス窓がふんだんに使われているせいか、燭台が少ないものの店内は明るかった。村の店頭のように商品は手に触れられる場所に置かれておらず、ガラスの張られた蓋のある商品棚に収められていた。
工房へと続く店の奥側を除いた、三方を商品棚に囲まれた中に、髭を整えた中年男性がいた。その男性はムンムさんに気付くと、笑顔を浮かべた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりですね」
「こんにちは。今日は、こちらの方の付き添いなんですよぉ」
男性はムンムさんから俺へと、にこやかな顔を向けた。
「おや。これは失礼を。もしかしたら、婚礼の式のための貴金属をお探しですか?」
「え? ええ、そうです。けど、なんでそれがわかったんですか?」
「平民の男性が店を訪れる理由は、そのくらいですからね。ご結婚が近いのでしょう?」
「ええ、まあ。早ければ来月あたりに」
「それはそれは。おめでとうございます」
男性は向かって右側の商品棚へと、俺を促した。
「申し遅れました。わたくしはこの宝石店の店主、ティミー・レノントと申します」
「初めまして、ランド・コールと申します……あれ?」
ティミーさんの名前に違和感を覚えた俺は、なるべく失礼にならないように気をつけながら、後ろ手に表へと指をさした。
「一つ訊いてもいいですか? 看板と名前が違うんですね」
「ああ、ヘッシュというのは――」
ティミーさんが指笛を吹くと、工房のほうから小さな生き物が駆け寄って来た。
ふさふさの毛を持つ小さな生き物を抱き上げると、ティミーさんはにっこりと微笑んだ。子犬――いや、小型犬というのだろうか? つぶらな瞳の犬が、ティミーさんの腕の中で〝キャン!〟と吼えた。
「この子がヘッシュです。この店の裏店主だと……常連の方からは言われておりまして」
「なるほど。可愛い裏店主ですね」
「ありがとうございます。ああ、これは失礼。商品のほうを見て下さい」
ティミーさんは裏から鍵を開けると、すぐ側の棚の蓋を開けた。
「このあたりは、サファイアとなっておりまして。ご婚礼の際の誓いの品には最適です」
綺麗な純白の布越しに、ティミーさんは緑色のサファイアを掴み取った。小指の先ほどの大きさのサファイアは、外光をキラキラと反射させていた。
このサファイアの緑は、ドラゴン化した瑠胡の鱗に近い色合いだ。棚の中を見れば、青色や黄色、赤色のサファイアが、値札と共に並んでいた。
ちなみにお値段は……ミィヤスから聞いていた値段より、気持ち高めだ。
青色なら、ドラゴン化したときのセラの鱗と同じ色だし……サファイアで指輪を造って貰うのが一番いいかもしれない。
俺の分は、一番安いのでいいし。
そう思って値札を見ていたら、棚の一番隅っこに、少し変わったサファイアがあることに気付いた。
大きさは一番最初に見た物と同程度だが、色合いが変わっている。大体、三:二くらいの比率で、緑と青色が混じっていた。
それに値札がないから、この二色のサファイアだけ、値段がわからない。
俺の視線に気付いたのか、ティミーさんは困ったような笑みを浮かべた。
「これが気になりますか?」
「ええ、まあ。変わった色合いですね」
「稀に出るんですよ、こういう色が。二色石と呼ばれている宝石となります」
「……なんで、値札がないんですか?」
俺の問いに、ティミーさんは小さく肩を竦めた。
「珍しい品ではあるんですが、まったく売れませんので。貴族の方々もそうですが、やはり単一色の宝石が好まれるようですね。二色石は混ざり物という評価でして……説くに婚礼の品としては、需要がないようで」
「流行のものじゃない、屑ってことですか?」
「ありていに申し上げますと、その通りです。屑ではないと思うんですけどね……」
ティミーさんの返答に、俺はその二色石への興味が強くなった。流行から外れているならきっとほかの物より安価だろう、というのも理由の一つだ。
だけど混ざり物という評価や屑というのが、どこか親近感というか、俺が持つならこれだ、と思わせた。
それに緑と青なら、二人の色と合わせられる。
「あの、この二色石と緑、青で指輪を造ってもらうなら、いくらになりますか?」
「三つも? 奥様に二つの宝石ということですか」
「いえ。それぞれの石で、指輪を一つ……です。俺の指はいいとして、残る二人分はこちらに――ええっと、右の赤い糸は緑。白い糸は青のサファイアで造って下さい」
「ええ、ええそれは構いませんが……それですと、お値段は六ファンと三四コンになりますよ」
ゼイフラム国の通貨で、ファンは金貨、コンは銀貨だ。指輪の資金としてミィヤスに両替して貰ったのは、六ファンと三三コンだから、ちょっと足が出る。
旅費を使えば、ギリギリか――と悩んでいると、ティミーさんがムンムさんと目を合わせた。
俺の背後でムンムさんが頷く気配があった。
彼女に頷き返したティミーさんは、布を越しに二色石のサファイアを掴み上げると、俺に肩を竦めて見せた。
「そうですね……これは売り物にはなりそうにありませんし、六ファンと三〇コンでどうでしょうか?」
「……そんなに値引きをして、いいんですか?」
「ええ。わたくしからの婚礼祝いも兼ねさせて下さい」
……いい人だ。
理由はともかく、ここは御厚意に甘えることにしよう。
俺は「ありがとうございます」と礼を言ってから、革袋をティミーさんに差し出した。
指輪への加工が終わるのは、今日の夜遅くになるという。それまでは、宿で一泊することになりそうだ。
手頃な宿を探して泊まることにした俺は、ムンムさんと別れると、昼飯を食った旅籠屋のある通りまで戻ることにした。
*
ランドとムンムが立ち去った《ヘッシュの宝石店》を、物陰から監視する影があった。
若い男と、ボロを纏った二人組である。若い男は異国風の衣装で身を纏っているが、この辺りの気温に対して薄着すぎるが、当人は気にしていないようだ。
二人の男たちは、この辺りで仕事をしているならず者の類いなのか、腰には使い古された短剣を下げていた。
若い男は二人組を振り返ると、《ヘッシュの宝石店》へと右手の人差し指を向けた。
「あの店を襲うんだ。他の金品はどうしようと自由だが、指輪だけは絶対に手に入れて欲しい。次は失敗しないでくれ」
「仲間の仇を討つのは、町を出てからになるのか。まあ、いいけどよ。だが、ああいった店は施錠も硬いぜ? 昼間は人目がありすぎるし、夜の侵入は難しい」
「それは任せて欲しい。鍵なら、なんとかする」
若い男の返答に、二人の男は半信半疑で頷いた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
本編に出てきた二色石というのは、現実世界ではバイカラー呼ばれております。
二色の宝石ですね。価値こそは、正直いってわかりませんが……通販のサイトでみると、サファイアは7000円台から六万円台くらいっぽいです。
色合いによっては、かなり綺麗ですね。
これはサファイアだけでなく、他の宝石類でもあるようですので、興味のあるかたは調べて見て下さいね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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