屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第九部『天涯地角なれど、緊密なる心』

一章-2

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 俺は一人、林の中を歩いていた。
 教会でのやり取りやミィヤスと会話をした翌日の昼――頃に差し掛かる頃だろう。俺がいるのは、メイオール村から徒歩で二日ばかり進んだところにある、林の中を通っている細い街道だ。
 目的地であるゼイフラム国のサンクマナという町に、向かっている最中だ。
 指輪を買いに行く話をしたら、瑠胡は俺と一緒に来たがった。



「一緒に行って一緒に選びたいのですが、それはいけませんか?」


 などと瑠胡に問われたものの、俺個人としては悪くない提案だった。
 しかし神殿の置かれている状況が、それを許さなかった。突如として現れた横槍は、緋袴姿の少女――紀伊の姿でやってきた。


「瑠胡姫様。王都よりの巡礼に来たという方々が来ております。是非に竜神様がたのお話を――ということですので、御対応をお願い申し上げます」


 この発言に、瑠胡は憮然とした顔をした。
 なんでも王都タイミョンにある大聖堂では、法王であるユピエルが『万物の神アムラダ様の導きにより、地に降り立った現人神あらひとがみと出会ったのです』などと喧伝しているらしい。
 色々とやらかした名誉挽回――という目的なんだろうが、その影響でメイオール村にある神殿への巡礼者が増えていた。
 となると、表だって話をするのは、巫女長でもある瑠胡だ。セラや紀伊はその手伝いをすることになるわけだけど、教会と違って献金を募っているわけじゃない。
 竜神・安仁羅様への信仰が集まるかと言われれば、それは微々たるものらしい。巡礼者にとっては、巡礼ついでの観光――という認識なのかもしれない。
 俺や瑠胡、セラのあいだではユピエルのことを、『近くにいたら迷惑だけど、遠く離れても面倒臭い』という認識になってしまっている。
 瑠胡やセラにとっては自分の時間が減るだけで、一銅貨の特にもならないわけだから、この評価も当然だろう。
 希望があれば紀伊の造る護符を渡しているようだが、ここ数日は「この護符……商売になりませんか」と、口走ることもあるようだ。
 ……これもまあ、紀伊が人間界に馴染んできたということ、かもしれない。というか、せめてそうであれ。
 竜神直属の巫女が人間相手に商売気を出すのは、流石にいかがなものだろう。
 少し話は逸れたが、そんな状況であるが故に、瑠胡が神殿から出るわけにはいかないのである。



 俺が今歩いている街道の近くまでは、ドラゴンの翼で飛んできた。そのまま空を飛んで目的地に行けばいいんだけど、一つ問題がある。
 通常なら、国境を越えるときに関所を通る必要がある。互いの国境警備の兵が駐屯した関所は、街道上に対面して造られている。
 そこで通行税を払い、焼き印を押された木札を受け取らないと、厄介ごとに巻き込まれた場合に、かなり面倒なことになる。
 単に指輪を買いに行くだけだから、厄介ごとなんかないだろうけど、念には念を入れておきたいってだけだ。
 前を歩く隊商の後ろを歩いていると、石造りの物見の塔が見えてきた。
 三階建て程度の高さである円筒形の物見の塔は、インムナーマ王国側のものだ。塔の下には、数人の国境警備の兵士が周囲を警戒していた。
 隊商に続いて物見の塔の側を通り過ぎるとき、俺は兵士たちに軽く会釈をした。兵士たちも小さく頷くだけで、俺たちに話しかけすらしてこなかった。
 十数マーロン(一マーロンは約一メートル二五センチ)ほど街道を進むと、今度は真四角の塔の前へと来た。
 そこではインムナーマ王国から来た隊商が、兵士たちの検問を受けていた。しばらく待っていると、隊商はまたゆっくりと進み出した。
 次は、俺の番だ。
 俺が前に進むと、二人の兵士が長槍を交差させながら立ちはだかった。


「止まれ! 荷物を改めさせてもらおう」


 俺は大人しく、背負っていた袋と腰の袋を差し出した。
 三人目の兵士が俺の荷物を改めると、少しばかり怪訝な顔をした。


「……荷物はこれだけか? 旅をするにしては、少なくないな」


「いえ、指輪を買いに行きたいだけですので……俺は国境近くの村にすんでますから、そんなに荷物はいらないと思って」


 俺は答えながら、少々焦っていた。移動はドラゴンの翼でするつもりだったから、一泊程度の予定でしかなかった。
 だから荷物も少なかったんだが……警備兵からすれば、かなり不自然だったかもしれない。
 警備兵は俺の返答に、眉を顰めた。


「指輪……おまえが?」


「ええ。婚礼の式のために……必要なんですよ」


「ほお? おまえが婚礼をするのか。まあ、目出度いことだ」


 兵士は俺に荷物を返すと、さして祝っていない顔で、俺に道の奥を顎先で示した。もう通行税を払って木札を受け取ったし、俺としてもここに用はない。


「……行って良し」


「どうも」


 俺が頭を下げて先に行こうとしたとき、先ほどの兵士が声をかけてきた。


「ここから先、インムナーマ王国の言葉が通じない村や町があるが……言葉は大丈夫か?」


「そんなに遠くに行きませんから、大丈夫ですよ。ありがとうござます」


 俺は兵士に礼を言うと、早足で街道を進んだ。
 隊商はもう、かなり先へと進んだようだ。森の中に入った俺は物見の塔が見えなくなってから、近くの岩に腰を降ろした。
 ゼイフラム国とはいえ、インムナーマ王国に近い地域なら言葉は通じるはずだ。ゼイフラムのさらに向こう隣にある国になると、もう言語は別物かもしれないが。
 しかし言葉で不自由するのも……ちょっと面倒かもしれないな。

 ちょっと街道から外れてみるか。

 言語の壁を乗り越えるため、ちょっと小細工をするつもりだった。
 俺が岩から立ち上がったとき、近くからガザガザと草が鳴る音が聞こえてきた。その音には、足音も混じっていた。


「……本当にたった一人だぜ」


「ああ。一人で旅をしてるなんて、俺たちは幸運だぜ」


 薄汚れた三人の男たちが、俺の前に現れた。
 遠くから俺を見ていたのか、三人の男たち――野盗どもは、俺の逃げ場を遮るように、取り囲んできた。


「死にたくなきゃあ、素直に金と荷物をこっちに寄越しな」


「隠してもダメだぜ? てめえが大金を持ってることは、知ってるんだからな」


 どこかから、国境警備兵との会話を聞いていたのだろうか。俺が指輪を買いに来たってことを知っているようだ。
 野盗たち脅し文句を聞きながら、俺は周囲の気配を探った。少なくとも、弓矢や吹き矢などが届く範囲に、こいつらの仲間はいなさそうだ。
 俺の予定とは違ったが、これはこれで好都合だ。余分な回り道をしなくてすむ。立ち上がりながら長剣を抜くと、口元に余裕の笑みを浮かべた。


「たった三人か。舐められたもんだな。おまえ程度で、俺に勝てるわけねぇだろ」


 想定通り、野盗たちは簡単に挑発に乗ってきた。
 さて……こいつらの《スキル》には用心が必要だが、なんとか蹴散らせるだろう。それぞれに得物らしい短剣や長剣を抜く野盗から、先ずは長剣を持ったヤツへと駆け出した。



「なんだ? また、貴様か」


 国境沿いの物見の塔に戻った俺に、先ほどの警備兵が近寄って来た。
 俺は見るも無惨にボコボコにした野盗たちを、警備兵の前に押し出した。野盗たちが着ていた衣服を縄代わりに、身体を縛っている。ただし、その一端を俺は掴んでいない。
 ここに来るまでのあいだに、逃げても無駄ってことは徹底的に教え込んである。
 露骨に怪訝な顔をした警備兵に、俺は朗らかに告げた。


「さっき、襲って来た野盗たちです。ここに引き渡してもいいですか?」


 俺の流暢なゼイフラム国の言葉――オコタ語というらしい――に、警備兵は目を丸くした。


「ああ……野盗どもは、こっちで引き取ろう。しかし、オコタ語を喋れたんだな」


「ええっと……まあ」


 どうやって答えればいいのかわからないので、仔細を伏せたまま俺は頷いた。
 野盗との戦いで勝利したあと、俺はリーダー格の男から、〈スキルドレイン〉でオコタ語を奪ったのだ。
 遠回りしようとしたのも、賊から言語を奪うのが目的だったんだけど……その前に、こいつらが来てくれて助かった。
 俺は警備兵に、後ろにある森の中を後ろ手に示した。


「森の中に入った早々に、襲われたんですよ。この辺りって、盗賊の類いが活発なんですか?」


「ああ……また最近、数が増えてきたかもな。《地獄の門》が居なくなってから、それまで怯えてた奴らが動き出したみたいだな。町でも物騒な奴らが彷徨いているって噂だ」


 また懐かしい名前が出てきたものだ。
 この辺りを荒らしていたらしい《地獄の門》という野盗の集団は、俺や瑠胡、それに《白翼騎士団》とで壊滅させたという経緯がある。
 こいつらも、奴らに怯えていた野盗の一つかもしれないな。
 警備兵に引っ張られていく野郎たちは、「話が違うだろ」とか「くそ、あの野郎」などと文句を口にしていた。
 ただ一人……長剣を持っていた野盗だけは、俺をチラ見してから、警備兵へと訴えかけようとしていた。


「あ、あの……あれ、人……人!」


「……なにを言ってるんだ? そりゃ人だろうよ」


「そうじゃない。人……人だけど、人、ほかの人!」


「……なにを言ってるんだ、貴様。ほら、さっさと歩け!」


 警備兵たちに連行されていく野盗を見送りながら、俺の中にちょっとした罪悪感が芽生えていた。

 ……ちょっと、オコタ語を奪い過ぎたか。

 まさか、日常生活に支障が出るくらい奪っていたとは、気付かなかった。ついでにインムナーマ語や剣技、窃盗などの技術は消失させたんだが……。
 ま、まあ……散々、他人の財産や命を奪ってきたんだ。今までやってきた悪行の報いとして、あれくらいはやってもいいだろう。
 野盗を引き渡した俺は、再び森へと入った。
 町で物騒な奴らが彷徨いている……か。表通りを歩いている分には、スリにさえ気をつければ大丈夫だろう。
 俺は周囲に人の気配がないことを確かめてから、首筋の鱗から出したドラゴンの翼で、空へと舞い上がった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

通行税とかは、今さらな話ですので割愛しますが、今回出てきたオコタ語……ちょっと中の人の欲求がダダ漏れですね。
最初、インムナーマの言語をフートン語にしちゃったんですが、流石に欲求がダダ漏れすぎるので、止めにしました。
エアコンを付けないと部屋が寒いです……(汗

大航海時代のポルトガル語的なイメージ……ですね。オコタ語は、イタリア語的な……感じ?

国境に近い場所同士で言葉が通じるのは、大昔の戦争の影響……あっちの国になったりこっちの国になったりした結果です。

Tips的な話はここまで……ランド、無事に買い物ができると良いですね。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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