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第八部『聖者の陰を知る者は』
エピローグ
しおりを挟むエピローグ
ユピエルたちがジョシアを連れて王都へと帰還して行ったのは、ヘラの一件が終わった次の日だった。
ヘラは予定通り、ジョシアさんやドミニクさんの住む集落へと向かった。
それから十日後。
メイオール村では俺への仕事の依頼も戻り、久しぶりに平穏な日々を送っていたわけなんだけど……少々問題も残っていた。
〝病原扱いは、未だに納得できん〟
ジココエルは毎日のように神殿にやってきては、愚痴を言っていく。怪文書の差し代人を突き止める為とはいえ、病原菌扱いされたことには不満を感じているようだ。
朝も早くから愚痴を言い来るジココエルの相手は、もちろん俺だ。
一階の玄関口で、俺はジココエルの愚痴を聞いていた。
「レティシアも謝ったんだろ? そろそろ許してやれよ」
〝前もって謝罪と説明はあったが、あんな妙ちくりんな病を宿すとは、聞いておらぬ〟
「……ああ、あれか」
村人への説明時にレティシアが示した嘘の症例は、即興とはいえ、あまりにも酷い内容だった。ジココエルが怒るのも、理解は出来る。
今日は、どうやって宥めよう――そんなことを考えていると、ドアがノックされた。
「誰だ――どなたですか?」
「騎士団のフレッドです……」
俺がドア向こうの訪問者に声をかけると、《白翼騎士団》に所属する従者のフレッドの声が返ってきた。
俺はジココエルに黙っているよう告げてから、ドアを開けた。金髪碧眼のフレッドは神殿に入ってくると、暗い顔で俺を見上げた。
「ランドさん……知ってたら教えて下さい。最近になって村の人たちが、俺に対して距離を取っているようなんです。どうしてか、わかりませんか?」
「ええっと……」
俺は正直、返答に困っていた。あの村人への説明について、フレッドは説明を受けていないようだ。
レティシア……おま、人の心とかないんか。
こればかりは、俺の口からは答えられない。あんな珍妙なネタにされたなんて、どうして言うことができるんだ?
大体、あの作戦はリリンとレティシアが中心となって考えたものだ。俺は村人たちを騙すような気がして、乗り気じゃなかったから、立案には参加してない。
「……それは、レティシアに聞いてくれ」
フレッドから視線を逸らしながら、俺はそう答えるのが精々だった。
*
その日の昼過ぎ。
食事を食べ終えたばかりの俺と瑠胡、そしてセラの元に、紀伊がやってきた。
「……セラ様。お客様がお見えです」
「わたしにですか?」
「はい。ファラと名乗る女性ですが、お心当たりはありますでしょうか?」
紀伊が告げた名に、俺たちはハッと顔を見合わせた。ファラさんはこの前、セラの母親であると打ち明けたばかりだ。
セラは少し緊張した面持ちで、背筋を伸ばした。
「すぐ行きます」
セラが小走りに廊下に出てから、俺と瑠胡もゆっくりと部屋を出た。
セラの母親なら俺の義母になるわけだし、そうなると瑠胡にとっても義理の親に近い存在になる。
挨拶くらいは、しておきたかった。
俺と瑠胡が一階に降りると、玄関のすぐ内側にはファラさん以外にもヘラと、修道騎士のウトーが居た。
三人は俺たちに気付くと、それぞれに違う顔を見せた。
俺は先ずファラさんに挨拶をしたあと、ウトーに話しかけた。
「なんでウトーがここにいるんだ?」
「……このご婦人の警護だ。わたしが居れば、教会も下手に手出しは出せぬだろう」
「別に、要らないって言ってるんだけどねぇ」
ファラさんは嘆息しながら、両手を腰に当てた。口では文句を言っているが、その表情は柔らかい。
俺とウトーは視線だけを合わせると、ほぼ同時に苦笑した。
普通なら、ユピエルに対する恨みや怒りから、教会関係者には冷たい対応をしてもおかしくない。この程度で済んでいるのは、元修道女であるファラさんだからだろう。
基本的には、優しい女性だと思う。
俺はまだ苦笑を顔に残したまま、ファラさんに問いかけた。
「それでファラさん。今日は村の仕事ですか? それともセラに会いに?」
「両方とも違うよ。なんでも、あたしに王都からの使いが来るらしくてね。メイオール村で面会をすることになってるんだ。まだ来てないみたいだったから、時間までセラと話がしたくてね」
「王都からの使いですか……まさか、教会とか?」
「さあ、ね」
「だから、わたしの護衛が必要なのだ」
表情を引き締めたウトーは、俺へと目を向けた。
「できれば、立ち会いを願いたい。手伝い屋だったか……その賃金は支払おう」
「わたしからも頼む。おまえも来てくれたら、心強い」
ヘラからも頼まれ、俺は瑠胡やセラと目配せをした。
「いや。セラの母なら、俺たちにとっても親族みたいなものだからさ。警戒も兼ねて立ち合うくらいするさ」
「左様。妾も行かせて貰おう」
セラはもちろん、ファラさんに付き添うつもりでいたらしい。俺と瑠胡の返答を受けて、ウトーの口元に笑みが浮かんだ。
「それは有り難い。そろそろ時間になるかもしれん。村へ行くとしよう」
「ああ、その前にさ。ランド、ちょっといいかい?」
ファラさんは俺を見てから、神殿の石壁に軽く触れた。
「ちょっとさ、神殿の中とか埃っぽくないかい? 掃除とか、ちゃんとしてる?」
「えっと……すいません」
俺は素直に謝りながら、心の中では違うことを考えていた。
ファラさんは俺にとって義母――そう思っていたけど、少し違うようだ。
どっちかっていうと、姑ってやつだこれ。
「娘が住む場所なんだから、ちゃんとしてよ?」
と言われて、俺は「はい」と答えるしかできなかった。
肩身の狭さを覚えつつ、俺は皆と一緒にメイオール村の広場へと出向いた。そこでは久しぶりに訪れた隊商が、残り少なくなってきた冬を越すための食材などを、細々とだが売り始めていた。
これも冬も終わりが見え、春が近づいて来たという証でもある。
俺たちが広場に近寄ると、黒い修道服を着た女性が駆け寄って来た。青い目に痩せてはいるが、快活そうな顔立ちの中年女性は、大きく手を広げた。
「ああ、セラ!」
「え――まさか、シスター・マギー?」
ファラさんよりも若干年下らしい中年の修道女が、セラに抱き付いた。ひとしきり再開の喜びを表したあと、シスター・マギーはファラさんの手を取った。
「お久しぶりです、ファラ」
「マギー……どうして貴女が?」
ファラさんに問われ、シスター・マギーは微笑みながら答えた。
「なにかあったときに、貴女とセラ、それにヘラ……だったかしら。三人の手助けができるようにって、修道女の派遣が決まったの。それで次の修道院長って立場をほっぽり出して、こっちに来ちゃった」
「来ちゃったって……王都の修道院は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。掻い摘まんで話すけど、法王の悪事というか、過去の出来事が色々と明るみになったのよ。あたしは昔から、ユピエル法王のこと嫌いだったしね。正直に言って、ざまあみろって感じ。
ああ、それでね。ユピエル法王が溜め込んだ私財が、修道院とか地方の教会に配分されることになったの。お陰で修道女や養っている孤児たちに、少しは良い物を食べさせることができるわ」
シスター・マギーは俺や瑠胡へと目を向けると、小さく手を振りながら微笑んだ。
「あなたがたが、セラの家族ね。話は色々と伺っているわ。困ったことがあったら、遠慮無く頼って頂戴ね」
そう言いながら近寄ってきたシスター・マギーは、俺の真ん前で立ち止まった。
「ランド……でいいのかしら。セラのこと、頼むわね。ああ見えて、か弱いところも多いから」
「はい。承知してます」
「それと、セラのことを泣かせたら、タダじゃおかないから。王都修道院に所属する全員で、仕返しに来ますから……そのつもりで」
「……はい。承知しました」
これって、カチコミって言わないか?
表情を引きつらせた俺の返答を聞いて、シスター・マギーはニコニコと微笑みながら離れていった。
なんか、今日一日でもの凄く……肩身が狭くなった気がする。セラに対しては瑠胡に負けないくらい、俺なりに最大限の誠意と愛情を以て、接してると思うんだけどなぁ……。
なんとなく空を見上げると、ウトーが俺の肩に手を置いた。それはそれで、やるせない気分が増してしまう。
俺は重い溜息を吐きながら、なんとなくトホホな気分になっていた。
……どーして、こうなったんだろうなぁ。
こればかりは、《異能》を使っても解決しそうにない。
真冬に比べれば暖かくなってきたはずなのに、心の中では真冬のような木枯らしが吹き荒れている。
……春、遠いなぁ。
完
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
第八部も、エピローグまで漕ぎ着けることができました。これも読んで頂いている皆様のおかげ……本当にありがとうございます。
八部では、教会について色々と書きましたが……別に、キリスト教が嫌いとか憎いとかありません。
一神教の宗教がちょっと……ってだけです。
歴史的にみて、一神教の教義的に選民思考が強いという印象でして。「この素晴らしい神を信仰している俺たちは偉い。ほかの神を崇めている奴らは、不幸で下等な民族だ」と、見下している感じですね。。
すべてのk教がそうではないにしろ、他の神々を悪魔と蔑視してましたしね。
この排他的な価値観はI教でも同じで、神社やお寺を破壊してる人もいるわけです。
これが価値観の根底にありますので、欧米で盛んなポリコレなんかも、似たような感じになってますね。
「多様性を尊重していこうと決めたので、俺たちで多様性のルールを決めた。だから、それ以外の表現は認めない――」
という感じだと思います。
ぶっちゃけやってることは、排他的結束、全体主義な言論統制である気がしてます。これをひと言で表すなら、ファシズムだと思うんですけどね。。
と、最近の流れに対する不満も書いてみたり。そんなわけで、一神教はちょっと……って感じです。
ただし現在のk教は、1960年くらいに他の宗教も容認する宣言を出しています。とはいえ、それまでの歴史では、無茶苦茶やっていたわけですが。
多神教のすべてが素晴らしいとも言いませんけど。
なお、以上は個人の感想であり、効果や副作用には個人差がありま(以下略
ちなみに「カチコミ」云々という表現はですね。
修道院の修道って、極道に似てるよね字面的な意味でってネタです。神道とか書道なんかも似てますよね。字面だけなら。
ということで、深い意味はないですので、御了承下さいませ。
次回の第九部ですが、ちょっとお時間を頂きます。題材は決まっているのですが、話には出来ていない状況です。プロット作成中ですので、しばしお待ち下さいませ。
早ければ来週末までには……なんとかプロローグを(自分を追い込むスタイル
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
第九部も是非に宜しくお願いいたします!
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