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第八部『聖者の陰を知る者は』
四章-7
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夜半にパラパラと降った雪は、明け方には止んだ。
うっすらと雪が積もった中、《白翼騎士団》の駐屯地では騎士たちが動き始めていた。しかし、それは訓練や村の見回りのためではない。
リリンとレティシアが指示をする中、騎士たちはバタバタと馬具や装備の点検をしている。
村の見回りをするユーキとエリザベートを残し、レティシアたちは日が昇るころに村の広場へと向かった。
朝の鐘がなると、村人たちが広場に集まってきた。昨日のうちに、騎士団からの通達があることは周知させていたから、村人たちの全員が集まっている。
愛馬――ジココエルだ――を連れて広場へと到着したばかりのレティシアに、村長のデモスが近寄った。
「レティシア様。仰せの通り、村人たちを集めました」
「ご苦労。さて……」
周囲を見回したレティシアは、眉を顰めた。
「ランドや瑠胡姫たちがいないようだが」
「え、あの……法王様が、彼らとは距離を置くようにと、仰られておりましたので」
バツが悪そうに口籠もったデモスに、レティシアは「ああ」と応じながら視線を逸らした。
「そんな話もあったな。だが、彼らにも関わることだ。呼んで来て欲しいが……ああ、いや、いい」
広場の端に、ランドと瑠胡、それにセラの姿を見つけたレティシアは、ジココエルの手綱を引きながら、石版を重ねた壇上に上がった。
「ハイント領、領主に仕える《白翼騎士団》のレティシア・ハイントである――と、まあ自己紹介をせずとも、もう充分にご存知だろう」
レティシアは村人たちを見回しながら、ジココエルの頭を撫でた。
「これは、わたしの愛馬である。ジャガルート国のとある豪族から、授かった軍馬だ。他国で飼育されていた軍馬であるためか、最近になって一つの問題が見つかった。それは――ある種の疫病だ」
レティシアの発言に、村人たちがざわめいた。片手を肩の高さまで挙げて話し声を鎮めてから、懐から小瓶を取り出した。
「そんなに心配しなくてもいい。こうして身体に触れたり、近くに寄った程度で感染する類いの疫病ではない。ただ噛みつかれたり、体液が口に入ったりすると、ほぼ確実に感染する。潜伏期間は、およそ一ヶ月ほど」
疫病について説明するレティシアを、村人たちは固唾を飲みつつ見守っていた。
そんな村人たちに、レティシアは小瓶を小さく振ってみせた。
「昨晩のことだが、我が騎士団に仕える従者のフレッドが、この病を発症した。急な発熱のあと錯乱状態になり、全裸になったあとで『オッピロゲーノチンチコチーン』などと叫びながら、踊り始める始末だった」
これで村人たちは、再びどよめきだした。
疫病への怖れより、レティシアが告げた症例の衝撃によるものだ。つまり『病とはいえ、こんな恥ずかしい真似をしたくないなー』というのが、村人たちの表情に表れていた。
自分の発言の効果を確かめるように村人たちを見回したレティシアは、振っていた小瓶を前方へと突き出した。
「これは、その疫病の特効薬である。ジャガルートの豪族から譲り受けていたものだが、フレッドもこれを飲んで、今は落ち着きを取り戻している。ここまでの説明を理解して貰った上で、話の本題に入りたい」
レティシアは小瓶を懐に入れると、再び村人たちに話しかけた。
「どうやら最近になって、我が愛馬が誰かを噛んだ形跡がある。世話をしていたときに気付いたのだが、下あごに血痕のような汚れがあったのだ。そこで、諸君らに確認をしたい。この軍馬に噛まれた者は、是非名乗り出て欲しい」
シンと広場が鎮まり返る中、一人の男が小さく手を挙げた。
その大柄な男――薬師のドミニクは、不安そうな顔で口を開いた。
「騎士団長様……実は数日前の朝に散歩をしていたら、その馬に噛まれまして……」
「そうか。なら、このあと騎士団の駐屯地へと来て欲しい。薬を投与しよう」
レティシアはドミニクに告げると、視線を村人たちに戻した。
「騎士団からの用件は、以上である。このまま解散して構わない。わたしも、これで失礼する」
壇上から降りたレティシアは、ジココエルの手綱を引きながら、広場をあとにした。
キャットはクロースと無言で頷くと、ドミニクを手招きした。
「ドミニク……さん、でしたね。投薬はできるだけ早いほうがいいと聞いていますから。今から駐屯地へいらして下さい」
「あ……わかりました。今から参ります」
ドミニクがキャットやクロースについて行くと、その後ろから弟子であるファラが師匠のあとを追い始めた。
レティシアと前を歩いていたリリンが、ふらっと離れた。
そのままランドたちのところへ駆け寄ると、瑠胡やセラを含めた三人を駐屯地へと連れて行く。
レティシアやキャットたちに遅れて、リリンに連れられたランドたちは《白翼騎士団》の駐屯地へと入っていった。
リリンに連れられた俺は、瑠胡やセラと騎士団の駐屯地へと入った。食堂へと入ったとき、椅子を倒すような音が響き渡った。
乱闘にでもなったか――と思った俺は、リリンを追い越して食堂に入った。
「……拷問や乱暴なことをするつもりは、ありません。落ちついて下さい」
倒れた椅子の側で身構えているドミニクさんとファラさんを、レティシアとキャット、それにクロースの三人が取り囲んでいた。
食堂に入った俺は状況を把握しようと、近くにいた従者の一人に問いかけた。
「……状況は?」
「レティシア様が怪文書を見せながら、差し出し人はドミニクさんか――と、質問をしたばかりです」
「そっか。ありがとさん」
俺が五人の元へと近づくと、ドミニクさんが振り向いた。
「ランド――これは」
「ええっと……これは、俺から説明するよりも、そっちのレティシアに聞いた方が」
ああ、くそ。ちょっと胃が痛い。なんでドミニクさんが手を挙げたんだろう。
俺とドミニクさんが振り向くと、レティシアは溜息を吐いた。
「簡単に説明をすれば、あの馬が噛んだ者は、どこかの家の前で不審なことをしていたと……そんな話があったのです。最初は盗人でも噛んだと思っていたのですが、日時を照らし合わせると、怪文書を配った者である可能性が高い――という、推測に至ったのです」
丁寧な口調ではあったが、レティシアの声には独特の迫力があった。半端な度胸しか持ち合わせてない者では、嘘を吐くことすら躊躇われるほどだ。
無言でいるドミニクさんに、レティシアは手にした羊皮紙の切れ端を見せつつ問いかけた。
「これを村の家々に配ったのは、あなたで間違いがありませんか?」
「……配ったのは師匠ですが、差し出し人は違います。それを書いたのは、あたしですから」
答えたのは、ファラさんだった。
狼狽えるドミニクさんに小さく手を振ったファラさんは、レティシアの前へと出た。
「ですから裁くのはどうか、あたし一人だけでお願いします」
「……待って下さい。我々は裁くために、怪文書の差し出し人を探したわけではありません。まずは……そうですね。これの内容は、真実で間違いありませんか?」
「それを答えるのは、法王猊下の前にしたいのですが。よろしいでしょうか?」
「それは……」
流石のレティシアも返答に困ったようだ。
俺たちがこうして差し出し人を駐屯地へ招き入れるような手段を講じたのは、ユピエルたちに知られないようにするためだ。
教会の関係者に差し出し人の正体を知られれば、また拷問などをする可能性は、否定できない。
しかし、そんな俺たちの心配を余所に、ファラさんは意見を曲げなかった。
「あたしの身を按じているのでしたら、ご心配なく。法王猊下が、あたしに拷問などはしないでしょうから」
この自身は、どこから出てくるのか。俺たちは仕方なく、ユピエルたちを軟禁した修練場へと向うことにした。
修練場に到着したユピエルは、ドミニクさんとファラさんを見て、一瞬だが怪訝な顔をした。
「あなたがたは……薬師の。体調の不良は訴えておりませんが、なにか御用ですか?」
修道騎士の一人の問いかけに、ファラさんは小さく溜息を吐いた。
「少し老けましたから、すぐには思い出せないですか? ユピエル法王猊下。あんなに、愛し合ったというのに」
ファラさんの激白に、この場にいた全員が驚きの声を詰まらせた。
ユピエルでさえ眼を大きく見広げながら、しばらくは大口をあけたまま無言だったくらいだ。
やがて、ユピエルは小さく首を振りながら、震える声を発した。
「まさか……ファラ?」
「ええ。お久しぶりです、法王猊下。失礼ながら、わたくしが怪文書と称された手紙を書いた理由……ここでお話します、レティシア団長」
ファラさんがどう告げた直後、ユピエルがふらつく足取りで彼女に近寄った。
「ファラ……おまえが、あの文章を? なぜ、そんなことを――」
「それは、あなたが娘の嫁ぎ先に、迷惑ばかりかけていたからです。御自分の過去の行いを思い出せば、少しは控えると思ったのです。それなのに……ランドを拷問するなど、昔のあなたでは、考えられませんでした」
ファラさんの返答に、ユピエルは必死な表情で反論をした。
「しかし異教徒に嫁ぐなど、教会としては容認できないだろう? わたしはあくまでも教会、そして教義のために……」
「なにが教義のためですか。修道士の身分で、修道女だったわたくしを抱いたのは、あなたでしょう。セラが産まれたあとでさ、わたくしを教会内の政敵に抱かせて、それを告発して出世をしたのは誰ですか」
「そ、それは……彼らよりも、わたしのほうが教会の、アムラダ様の教えを広められると思ったからで……」
「娘の夫を無実の罪で拷問することが、アムラダ様の教えだと――そう仰るのですか?」
ファラさんの問いに、ユピエルは言葉を詰まらせた。
この問いに対し、誤魔化しで答えられるはずはない。なにせ、アムラダ様が直々に、ユピエルの行いを否定したのだ。
がっくりと項垂れるユピエルから背を向け、ファラさんはレティシアに一礼した。
「怪文書に関する、わたくしの動機は以上となります。教会の恥部など、知らぬ方が良かったのかもしれませんが、こうして証人は多い方がいいと思いましたので」
「……な、なるほど」
流石のレティシアも、ファラさんの度胸と言動に怯みっぱなしだ。
ここまで盛大に告発してしまっては、ファラさん一人を捕らえたところで、秘匿は難しい。それどころか、ファラさんになにかあれば、すぐにユピエルの仕業であるとバレてしまうだろう。
そして、こうなってしまっては処罰するのも躊躇われる。ファラさん自身も、教会――ユピエルの被害者であるからだ。
レティシアは静かに深呼吸をしたあと、ユピエルへと首を向けた。
「今回の件、彼女たちへの処罰はしない方向で考えますが……よろしいですね?」
「あ――それは……いや、わかりました。処罰などはせずとも構いません」
ガックリと項垂れたユピエルをあとに、俺たちは修練場を出た。
しばらくは無言だったセラが、ファラさんに話しかけた。
「あの、ファラさん。先ほどの話が真実であれば、あなたが、わたしの……母だと」
「そういうことになるね」
ファラさんはセラに近寄ると、そっと抱きしめた。
「セラのことは……旧友からの手紙で知っていた。この村に来るとは、思っていなかったけれど」
「なら、なぜ――」
「名乗り出なかったのかって? あたしには、その資格がないと思っていたから。こんな汚れた身体で……あなたの母と名乗り出ることなんか、出来やしなかった」
「そんなこと……ありません。そんなこと、思うはずがないでしょう」
母娘としての対面を果たし、二人の目には涙が浮かんでいた。
俺は瑠胡と並びながら、その光景を見守ってた。そのとき、血相を変えたエリザベートが駆け寄って来るのが見えた。
「レティシア――団長、大変よ!」
「どうした、エリザベート。まずは報告を」
「ヘラが……書き置きを残して消えたの!」
「なんだと? 書き置きには、なんとあった?」
レティシアの問いに、エリザベートは息をも絶え絶えに答えた。
「ランド・コールに果たし合いを申し込む。ランドが勝てば、素直に審問には答えよう――ですって」
エリザベートの返答に、レティシアは苛立ったように溜息をついた。
「まったく、次から次へと……」
そんなぼやきを聞きながら、セラは母親から離れた。
「母……上。わたしはこれから、妹の不始末に片を付けてきます。最悪な結果にはならぬよう努力しますが……絶対とは言えません。覚悟だけはして下さい。ランド」
「わかってます。エリザベート、場所の指定はあったか?」
「村の西にある森の中よ。燃えた木のあたり――とか」
ゴブリンと戦った、あの場所か。俺はエリザベートに礼を言うと、瑠胡やセラとともにその場所へと急いだ。
レティシアもヘラを捕獲するために、騎士団を召集し始めていた。
そんな俺たちの背後で、ファラさんは怪訝な顔をしていた。
「……妹?」
その呟きは俺たちの耳に届くことなく、喧噪の中に消えていった。
-----------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
というわけで、続きます。長くなりましたので、分割となりました。おっかしーなーと、中の人も思っているわけですが。プロットでは、果たし合いも含めて五行しかなかったのに。
なんで、怪文書の下りだけで五千文字を越えているんでしょう?
決して、最初の「オッピロゲーノチンチコチーン」で遊んでいたのが理由ではない……と思います。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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・ホトラン最高2位
・ファンタジー24h最高2位
・ファンタジー週間最高5位
(2020/1/6時点)
評価頂けると、とても励みになります!m(_ _)m
皆様のお陰で、第13回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます。
※ 2020/9/6〜 小説家になろう様にもコッソリ投稿開始しました。
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