屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
243 / 276
第八部『聖者の陰を知る者は』

四章-2

しおりを挟む

   2

 メイオール村の人々が、それぞれの仕事や家事をし始めたころ。ランドたちが住居としている竜神・安仁羅を奉る神殿のドアを、ウトーが激しく叩いた。


「突然の訪問ですまぬが、家人に会わせてくれ!」


 必死の形相で、ウトーはドアを叩き続けた。十数度目の呼びかけを終えたあと、中から鍵と閂が開けられる音が聞こえた。
 ウトーが一歩だけ退いて待っていると、ドアが薄く開かれた。黒髪に白装束に緋袴姿の少女――紀伊が、僅かに顔を覗かせた。
 どことなく可憐さの残る顔立ちに、ウトーは戸惑いを覚えた。


「朝から、すまない」


「……どなたでしょうか?」


「修道騎士のウトーと申す。ランドが襲われたと聞いた。ヤツ――いや、彼の様子を確かめたいので、会わせて欲しいのだが」


「ランド様は刺客に襲われた傷が元で、未だ伏せっておられます。ウトー様のお気持ちは嬉しいのですが、そのような状態ですので、どうかお引き取り下さいませ」


「ま、まて……待ってくれ。刺客に襲われたというなら、毒の影響があるかもしれん。少なくとも三時間が経過する前に、血を絞り出さねば――」


「襲われてから、もう四時間ほど経過しております」


 紀伊の返答を聞いて、ウトーの顔が真っ青になった。毒蛇の種類にもよるが、毒は三時間ほど局部付近に出来た腫れに留まる。そのあいだに毒の混じった血を絞り出す――というのが、基本的な応急処置の初手となる。
 四時間も経過していたら、もう毒は心臓に達している可能性が高い。そうなれば、この世界の医学では助かる見込みは皆無だ。
 しかし――紀伊は顔色一つ変えずに、淡々と言葉を続けた。


「ご心配は無用です。それほど重篤な症状はありませんので」


「そ――それは、処置を終えているということ……なのだろうか?」


「そう思って頂いて構いません」


「それなら、会うことはできないか?」


 ウトーからの再度請われたが、紀伊は僅かに眉を顰めながら、静かに首を振った。


「あなたのお気持ちは、理解出来ます。瑠胡姫様の我がま――いえ、御指示がなければ会うこともできましょうが……残念ながら、その願いにはお応えできません」


「そんな指示を出すとは――御主たちは、なにを考えているのだ?」


 紀伊の言動になにかを感じたウトーが、怪訝な顔で問い掛けた。
 その内容については口止めされていないのだろう、紀伊は僅かに目を細めながらウトーを見上げた。


「我々の考えは、とても単純です。ランド様への襲撃は、我らへの侮辱そのもの。刺客に対しては、全力で報復を行う所存――これは、瑠胡姫様の御意志でもあります」


 可憐な顔立ちから放たれた強烈な殺気に、ウトーは無意識に気圧された。
 それでは――と告げてから、紀伊はドアを閉じた。背中に汗をかいたウトーはしばらく立ち尽くしたあと、村に戻っていった。

   *

 俺がベッドの上で上半身だけを起こしていると、瑠胡が覆い被さるように抱き付いてきた。俺が腕力だけで抱きとめると、なにも言わずに唇を重ねてきた。
 そのまま瑠胡の行為を受け入れていると、微かに血の味が口の中に広がった。瑠胡の血は、そのまま回復の《スキル》だ。
 唇が離れてから、俺は瑠胡の髪を撫でた。


「あの……瑠胡。もう今朝から六回目ですよ? さすがに、もう毒の影響はないと思いますけど」


「なにを言っているんです。こんな機会――ではなく、毒が身体に入ったかもしれませんから。念には念を入れませんと」


 なんか今、ちょっと煩悩が垣間見えた気がするけど……気にするのは、止めたほうがいいんだろうか。
 しかも神糸の服を着ていたお陰で、短剣の一撃を受けた腕には、切り傷はない。打撲傷による内出血はあるが、皮膚はむけたりしていない。
 神糸の生地のおかげで、短剣の毒は染みこんでない。
 あと、革袋も持ってないから、毒心配はないと言って良い。
 あの革袋には、八方向に突き出た針が仕込んであった。数十枚の銅貨が重し代わりに使われていて、袋の下を持てば針が刺さるし、上部を持っても上方に突き出た針が刺さる。
 毒殺用の罠としては単純だが、それだけに効果も高い。
 俺はもう薄くなった右腕の打撲傷を見てから、溜息をついた。


「でも……瑠胡。俺が寝込んでるって嘘を広めなくても、いい気がするんですけど」


「あら。あれは嘘ではありません。戦術や計略というものです」


「戦術や計略?」


「はい。ランドが生きていると広まれば、またあの刺客はここにやって来るはず。そこを返り討ち――と、いう計略なんですよ」


 ニコニコとした顔で、なかなかに物騒なことを瑠胡は口にした。
 今回の件――特に俺への拷問と刺客の襲撃に関して、瑠胡は静かな怒りを抱き続けている。アムラダ神への配慮からか、ユピエルや修道騎士たちへ危害は加えていない。
 割り切ってはいるみたいだけど、精神的な過負荷ストレスになっている。それだけに刺客への反撃は、瑠胡が怒りをぶつけることのできる、数少ない存在だ。
 鬱憤を晴らす、という感じではなさそう……と思いたいけが、瑠胡だけでなく紀伊や天竜に仕えるワイバーンたちも、どことなく、やる気に満ちている気がする。
 それに加えて瑠胡は、前に比べて神殿から出る頻度が減っている気がする。
 人間自体を嫌わないで欲しいんだけど……こればかりは感情的なものだから、ゆっくりと宥めていくしかない。
 髪を梳くように頭を撫でながら、もう一度だけ口づけをすると、俺は辺ベッドから起きあがった。


「ランド、起きては……」


「いえ、なんていうか、寝てばかりいたら身体が鈍っちゃいますよ」


 俺が苦笑すると、ドアが静かにノックされた。


「入っても大丈夫ですよ」


「……ランド」


 開かれたドアから、沈んだ顔のセラが入って来た。
 俺が起きていることに少し驚きながら、セラは俺と瑠胡の元へと歩いて来た。


「ランド、それに瑠胡姫様……ご相談が」


「どうしたんですか?」


 俺が話を促すと、セラは少し辛そうな顔をした。


「ユピエル……法王から訊いてきたのですが、刺客は確かに教会の関係者のようです」


「ああ、やっぱり。どんなヤツなんです?」


 対策を講じるためにも聞いておこう――ってだけだったが、セラは躊躇う素振りを見せた。


「それが……わたしの妹、ということです」


「……妹? セラに妹がいたんですか?」


 俺の問い掛けに、セラは小さく頷いた。


「わたしも今まで、知りませんでした。ですが、ユピエル……法王が妹を殺すなと言ったのです。あの表情……嘘を言っているようには思えませんでした」


 瑠胡は俺と顔を向き合わせてから、小さく息を吐いた。


「それは意外でした……そうなると、流石に酷すぎることはできませんね。少し、計画を修正いたしませんと」


「その計画についても、少し……レティシアたちが、協力をしたいと言っているのです。どうしましょうか」


「あら」


 瑠胡は、少し目線を上に向けた。
 なにかを考えていたようだが、結論はでなかったようだ。視線を戻すと、形の良い顎に白い指先を添えた。


「紀伊とも相談しませんと、結論が出せませんね。紀伊も今回の件については、かなり真剣になってますから。良い案も出るかもしれません」


「ああ、そういえば……紀伊も瑠胡の案に積極的ですよね」


「あら、あたりまえじゃありませんか」


 瑠胡はクスッとした笑みを見せたが、その目には鋭い光を宿らせていた。


「天竜族である、わたくしのつがいを拷問し、刺客に襲わせたんですよ? しかも神殿内で襲われたとなれば、ドラゴン族としての誇りを傷つけられたも同然。となれば、その報復は死を以て償わせるのが普通ですから」


 穏やかだが静かな炎を秘めた声に、俺は無意識に息を呑んだ。
 二人で暮らし始めてきて、瑠胡が人の生活に合わせていたこともあって、瑠胡がドラゴン族としての価値観を持っていることを忘れかけていた。
 こうしたときに垣間見る瑠胡の言動は、たしかにドラゴン族のそれなんだろう。生物の中でも最強の種であるドラゴン族特有の自尊心が、こうした価値観を生み出している――と思う。
 静かに吸い込んだ息を吐いてから、俺は瑠胡の肩を抱いた。


「そうなんですね。でも今回は、殺すまではやめましょうか」


「そうですね。ですが、それなりのことはさせて頂きます。今回のこと、心の底から後悔して頂かないと」


 意味ありげな笑みを浮かべる瑠胡に、セラは不安げな顔をした。


「瑠胡姫様……どうか、お手柔らかにお願いします」


「もちろん? ああ、そうだ。セラ、村の酒場や旅籠屋を廻って、蒸留水やお酒を注文してきて下さい」


 瑠胡からの依頼に、セラは目を瞬かせた。
 最初に決めた計画には、なかったものだ。俺とセラは怪訝な顔で、瑠胡を見た。ジョシアの姿になっていたことを踏まえると、恐らく彼女の《スキル》は、他者に成り済ますことができる類いのものだろう。
 出入りする人が多くなれば、その誰かに化ける可能性が高くなる。


「瑠胡……姫様? それでは、刺客が侵入し易くなると思いますが……」


「ええ。招き入れるんです。紀伊とも相談しなければいけませんが、これが一番、手っ取り早いと思います」


 意味ありげな笑みを浮かべる瑠胡は、俺たちを手招きして、考えた作戦を語り始めた。

------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

ランドの傷に対するネタばらしですが、前回の戦いのとき「神糸!」って叫んでいまして。そのときに、服が硬質化してる――という状況だったりします。
神糸についても第一章で、破れないとか説明をしてますので……そんな理由で、ランドは無事でしたということです。

ドラゴン族の価値観――まあ、プライドの高い種ですので、やられたらやり返すというのが基本です。まるでヤ○ザかアーカ○財団かって感じですが、そういう思考ということで。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...