屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第八部『聖者の陰を知る者は』

三章-7

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   7

 翌日の早朝。
 昨日は夕方からベッドで寝ていたので、今日はやけに早く起きてしまった。久しぶりの独り寝ということもあり、睡眠不足感はまったくない。
 普段から早起きをしている紀伊に顔や手の容態を診て貰い、とりあえず顔のリネンは取ることができた。だけど、指はもう少しかかるようで、また瑠胡の《スキル》に頼ったほうがよい――ということだった。
 まだ夜明け前ということもあって、瑠胡はまだ眠っていた。無理に起こすこともないので、俺は治療を後回しにして、神殿の外に出た。
 ひんやりとした空気が全身を包むと、ブルッと身体が震えた。だけど、身体が感じる寒さに比例して、頭の芯がシンと静かになっていく。
 なにせ昨日の拷問を思い出すたびに、身体が震える。あの肉体は苦痛や痛み、頭や記憶が恐怖と絶望感を覚えている証拠だ。
 深呼吸を繰り返していると、少しずつ心が落ちついていった。

 ――まいったな。

 正直、ユピエルや修道騎士に会うと、恐怖心が蘇りそうだ。
 仕事の内容が内容だけに、会わないわけにもいかないし……なんとか平常心を保てるまで、心の回復もしないとな。
 こういうとき、普通なら剣の素振りでもして、気を紛らわせたりするんだが……まだ右手の人差し指が痛むため、それもできない。
 どうしたものかと思っていたら、蹄の音が聞こえてきた。
 誰か来るのかと待っていると、暗がりに大きな赤毛の馬が見えてきた。ジココエルと、松明を掲げた彼の飼い主――いや、友人であるレティシアだ。
 俺の姿を認めると、レティシアは意外そうな顔をした。


「ランド、早いな。それに、もう立っていいのか?」


「なんとかね。それより、どうしたんだ、こんな早くに」


「巡回だ。なにせ、魔物に盗賊と、物騒なことが多いからな」


 レティシアは騎乗で、鷹揚に肩を竦めた。
 そして持っていた松明を俺に向けると、目を丸くした。


「顔の怪我は、ほぼ治っているじゃないか。凄いものだな」


「……そうなんだけど、な」


 俺が曖昧に返すと、レティシアは怪訝そうな顔をした。


「どうした? いつになく歯切れが悪いぞ」


「いや……昨晩、冗談で『あれだけ顔をボコボコに殴られたなら、前よりは美形になってそうですよね』って言ったら、瑠胡とセラに怒られてさ」


「……馬鹿か、おまえは。そんな笑えない冗談なんか聞いたら、怒るのは当然だろう」


 ド正論を言い放ちながら、レティシアは心底呆れた顔をした。溜息を吐きながらジココエルから下馬をすると、俺の前で両腰に拳を添えた。


「セラや瑠胡姫には、謝ったのか?」


「もちろん」


「なら、いいがな。それより――」


 レティシアが喋っている途中で、微かに金属の軋む音が聞こえてきた。
 周囲を見回すと神殿のドアの前で、微かに砂が舞っているのが見えた。しかしたら、風でドアが軋んだのかもしれない。
 ドアから姿勢を戻すと、俺はレティシアに謝った。


「悪い……で、それよりなんだって?」


「ああ。誰か、こっちに来るようだ」


「え?」


 レティシアの視線を追って振り返れば、背後にある村の方角に、こっちに近づいてきているランプの灯りが見えた。
 わざわざランプを持ってくていることから、少なくとも刺客の類いではなさそうだ。そのままランプの持ち主が来るのを待っていると、大柄な人影が見えてきた。
 数マーロン(一マーロンは約一メートル二五センチ)手前まで来たとき、その人影がウトーだと視認できた。


「なんと――これは予想外だ。意外と早起きなのだな、ランド殿は」


「いや……寝過ぎで、早く起きただけ」


 修道騎士であるウトーに対して、どんな態度で接すればいいか、俺は迷っていた。
 純然たる被害者である俺が敬語というのは、なんとなく癪だ。だからといって、命の恩人でもあるウトーに、乱暴な言葉遣いをするのも気が引ける。
 迷った挙げ句、俺は普段通りの喋り方に徹することにした。


「そういうウトーさんは、なんでここまで?」


「あ、いや……その。見回りを、な」


「見回り? 魔物とか盗賊への対処のため……とか?」


「いや、そういうわけではないのだが……」


 語尾を濁したウトーは、視線を彷徨わせた。
 俺とレティシアが揃って怪訝な顔をすると、ウトーは唸り声をあげながら眉を寄せた。


「いや、なんだ。これは……その、教会の恥部であるからな。なるべくなら口外はしたくない。ただ、わかってほしい。わたしは怪文書の差出人もそうだが、おまえたちも教会の不当な仕打ちから護るつもりだ」


「その気持ちは嬉しいけど……逆に、なんか引っかかるな」


「すまん。そっちに迷惑をかけぬようにするから、追求はしないでくれ」


 冗談を言っている様子でもないし、なにより有効的に接してくれている相手だ。強きな態度で、今の関係を壊したくない。


「わかった。なにかわからないけど、そっちは頼みました。念のために聞いておくけど、ウトーさんが俺たちを護るっていうのは、法王の指示なんですか?」


「いや。法王猊下からは、なんの指示もない。あくまで、わたし個人の判断だ」


 ウトーは裏表のない、真剣な表情をしていた。こうしてみると修道士でもあるのだから、元々から礼節を重んじる性格なのかもしれない。
 ちょっと外の空気を吸おうとしただけなのに、予想以上に話込んでしまった。
 いい加減、身体も冷えてきたので、俺は神殿の中に戻ることにした。ドアを閉めたとき、篝火の近くに小柄な影が佇んでいることに気付いた。

 ――誰だ?

 俺が足を止めると、その人影は少し早足に近寄って来た。どこか見覚えのある動きに、目を細めたとき、相手から話しかけてきた。


「お兄ちゃんって、意外と早起きなんだね」


 普段の平服姿のジョシアが、少し呆れた顔を見せた。
 まだ日の出前だから、驚かれても仕方ない。だけど、それはジョシアだって同じだ。


「ジョシアだって早いじゃないか。なにかあったのか?」


「えっと……うん。ちょっとね。人前だと、ちょっと恥ずかしいから」


 ジョシアは少し視線を逸らしてから、小さな革袋を俺に差し出した。


「これを渡したくて。村で働かせて貰って、稼いだんだよ」


「稼いだって……なんでまた、そんなことを?」


 あまりにも予想外な贈り物に戸惑っていると、ジョシアは少し恥ずかしそうな顔をした。


「ほら数日、仕事ができなかったときがあったじゃない? 困ってるかなって思ったから、お兄ちゃんのために頑張ったの」


「ジョシア……」


 笑顔で「はい、これ。受け取って?」と言うジョシアに、俺は手を差し出さないまま、革袋と彼女の顔を交互に見た。


「その気持ちは、嬉しいよ。だけど、一つだけ聞いてもいいか?」


「うん。別にいいよ」


 笑顔を崩さないジョシアに対し、俺は僅かに左足を後ろに退いた。


「おまえは、誰だ?」


 俺の短い問いに、ジョシア……の姿をした誰の顔から、笑みが消えた。


「な、なにを言ってるの? あたし、ジョシアだ――」


「やめとけよ。もう偽物だってバレてるんだ。それ以上は、滑稽なだけだぞ」


 俺に言葉を遮られた彼女の顔から、表情が消えた。


「……どうして、そう思った?」


「そんなこと、教えるわけねぇだろ」


 理由としては、至極簡単だ。
 瑠胡やセラにならともかく、ジョシアが俺に直接「お兄ちゃんのために」なんて言うわけがない。
 所作や言葉遣い、声なども本物に似せていたけど、この価値観だけは真似できなかったようだ。

 ……ちょっと悲しい現実ではあるけどな。

 俺が構えを取ると、偽物は革袋を投げてきた。それを避けた俺に向かって、偽物は隠し持っていた短剣の切っ先を右下へ向ける構えをしながら、間合いを詰めてきた。
 ぬめり気のある刀身は、何かを塗られているようだ。
 革袋がカチンという、なにか尖ったものが床に当たる音を立てるのを聞きながら、俺は短剣を躱し続けた。
 俺は今、無手だ。
 刀身が濡れているということは、なにかが塗られている可能性が高い。そしてそれは、こうした暗殺においては、毒以外に考えられなかった。

 ――くそっ!

 俺は大きく後ろの壁際まで跳ぶと、相手の動きを注視しながら機会を待った。
 ジョシアの偽物は俺へと迫りながら、短剣の切っ先を右下へと向けた。


「――この、野郎!」


 俺は〈筋力強化〉と同時に、左右の指すべてから〈遠当て〉を放った。
 一〇発にも及ぶ魔力の衝撃波のうち、少なくとも八発は、偽物の身体に命中した。だが、いくら〈筋力増強〉で威力を増したとは言え、指からの一撃だ。
 たとえ全弾命中していたとしても、昏倒させるだけの威力はない。その証拠に、偽物も身体を屈ませてはいたが、まだ動きは止めていなかった。


「くそ!」


 偽物の手から、砂のようなものがばらまかれた。
 迫り来る大量の砂に対し、俺は無意識に左手で顔を庇ってしまった。視界を埋め尽くす砂の向こう側から、小柄な影が迫ってくるのが見えた。

 ――神糸っ!

 斜めに振り下ろされた短剣に対し、俺は右腕で庇った。
 前腕の鈍い痛みに顔を顰めると、偽物は俺の前から数歩退いた。


「待て、この――」


 俺の制止を無視して、偽物は素早い動きでドアから出て行った。


「ランド様!」


「ランド!」


 騒ぎを聞きつけてか、紀伊を先頭に瑠胡とセラが階段から降りてきた。
 右腕を押さえている俺を見て、瑠胡とセラは慌てて駆け寄ってきてくれた。ふと見れば、紀伊が落ちている革袋に手を伸ばそうとしていた。
 俺は慌てて、大声を張り上げた。


「それに触れるなっ!!」


「え?」


 いきなりのことで、紀伊だけでなく瑠胡やセラも驚いた顔をしていた。
 俺は紀伊に、革袋から離れるよう手を振った。


「それには多分、毒針かなにかが仕込んであると思うんです。なんで、俺の部屋から籠手を持って来て下さい。それで、中を確かめますから」


「は、はい」


 紀伊は珍しく狼狽えた顔を見せつつも、俺の言葉に従った。
 とりあえず、あとは紀伊を待って革袋を処理すればいいか――そう考えていた俺は、瑠胡とセラに身体を揺さぶられた。


「毒っていいましたが、まさか斬られたとかありませんか!?」


「ランド――急いで、わたくしの血を飲んで下さい」


 俺は袖から血が滲んでいないことを確かめつつ、二人に状況を説明した。
 きっと、ウトーが言っていた教会の恥というのはヤツのことだ。暗殺などの裏の仕事をする者を使っているというのは、確かに教会の恥なんだろう……けど。

 こういうことは、ちゃんと教えておいてくれよ!  冗談じゃねーぞ、まったく。

 俺は心の中でウトーへの文句を垂れ続けながら、なかなか引かない腕の痛みに顔を顰めていた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆかた です。

ジョシアの暴言の数々が、ここで引きなりました(笑 
今までで、唯一のファインプレーといえなくもない……かもです。

もしかしたら、中の人の気のせいかもしれませんが。

教会の暗部といえるキャラも行動を起こしたところで、次回から四章に入ります。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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