屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第八部『聖者の陰を知る者は』

三章-6

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   6

 ウトーたちが去ったあと、入れ替わりにジョシアが帰ってきた。
 紀伊たちから話を聞いたらしく、ノックも無しに、慌ただしく部屋に入ってきたジョシアが、ベッドに寝ている俺へと駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん……こんな怪我をして、なにがあったの!?」


「ジョシア、実はのう……」


 俺が喋りにくいから、瑠胡とセラが説明をしてくれた。
 二人からの説明を聞いたジョシアは、ハッとした顔をした。それを教会に拷問されたという驚きと理解したのか、セラは気遣うように妹と目線を合わせた。


「我らから教会に喧嘩を売ったとか、そういう理由ではないから、安心して欲しい」


「いかにも。しかし……腑に落ちないことが一つ」


 瑠胡は俺の手を握りながら、セラやジョシアを振り返った。


「なぜ修道騎士やユピエルが、ランドがお酒に弱いことを知っていたのでしょう?」


「そういえば……村で、ランドのことを聞いて回っていたのでしょうか?」


 俺が酒に弱いことなんて、村では有名だからな……ちょっと話を聞けば、すぐに出てきそうだけど。
 ドラゴンの身体に虫が巣くう――獅子身中の虫と同意――ってことには、ならないだろう。
 そう思っていたら、ジョシアが小さく手を挙げた。


「あの……酒場にいたときに、修道士さんからその……お兄ちゃんの話が出て。その流れで、お酒に弱いことを話しちゃったんですけど……」


 なるほど。身体の虫の正体は、ジョシアだったってわけだ。
 俺の妹の不始末ということもあって、これには瑠胡とセラも複雑な表情をするよりほかはない。
 悪気どころか、世間話程度の感覚でしかなかったんだろう。警戒心なんか、皆無だっただろうから、口も軽くなっていたはずだ。
 数秒ほど経ってから、瑠胡は溜息を吐いた。


「ジョシアや……世間に向けて、身内の弱点を軽々しく話すでない」


「あの、その……すいません」


 瑠胡に窘められたジョシアは、珍しく俺の前でしょんぼりと小さくなった。
 これでジョシアも、ちょっとは大人しくなってくれると良いんだけど……流石に、そこまでは無理か。
 なんとなく、『トホホ』な気分に浸っていると、セラが怪訝そうにジョシアに問い掛けていた。


「しかし、酒場に行っていたのはなぜです。食事なら、ここでも食べていたはずですが」


「あ、あの……怪文書の犯人捜し……をしようと思って。法王様と同行したから、少しでも恩返し……って思ったんだけど。あとは、友だちに会ったりとか」


 あ、そっちか。
 
 てっきり俺の手伝いかと思ったんだけど、その期待は脆くも崩れ去ってしまった。再び『トホホ』な気分になりながら、ジョシアの話の中で、ある部分が気になった。


「王都の友人、か? それとも村の人で……友だちになった人が、いるのか?」


「あ、ええっと……ね。村の人では、ないっぽいの。なんでも一人旅をしている途中なんだけど、この村に法王様が滞在していると聞いて、一度でいいからお目にかかりたいんですって」


「へえ……」


 この冬期に旅人なんて、珍しい。
 冬期になると、旅人はめっきりと減る。このメイオール村においても、冬期に旅人なんか、隊商くらいしか来ない。それもせいぜい、月に一度くらいだ。
 こんな時期に旅、しかも一人旅をするなんて、物騒過ぎる。飢えた狼や熊、魔物だけじゃなく、山賊の類いも獲物を仕留めようと、躍起になっている。
 だから旅をする者は、極端に少ない。そんな一人旅をしているなんて、どんなヤツなんだ――少し興味が沸いた俺は、痛みのない左手で、ジョシアに手招きをした。


「その友だちって、どんなヤツなんだ?」


「可愛い感じの女の子だよ。あたしより、ちょっと年上かな? 黒髪の綺麗な子」


 黒髪と聞いて、俺の目が無意識にセラを見た。
 インムナーマ王国に限らず、この周辺の国々では黒髪は珍しい。まったく見ないわけではないが、少し大きな街に二、三人いるかどうか……というところだろう。
 ジョシアよりは年上なんだろうけど、容姿の説明からすると、まだ少女らしい。なにか特殊な《スキル》でも使えるのか、それとも腕利きの傭兵なんだろうか。
 それを口にしたら、「普通の女の子だよ!」と、怒られてしまった。


「まったく……お兄ちゃんの考え方は、いつでも単純で野蛮なんだから」


 ……我が妹は、怪我人に対しても容赦が無い。

 ジョシアが客室に戻ったあと、瑠胡は意を決したように口を開いた。


「ランド……今回の依頼を受けたというのは、理解しました。その依頼が終わったら……で、構いませんから。どこか、人里から離れた場所へ移住しませんか」


 人の世と隔絶する――そう告げながら、瑠胡は俺の頭を撫でていた。
 その意図を掴みかけた俺は、瑠胡へと左手を伸ばした。瑠胡が俺の左手を両手で包み込むのを見ながら、俺は大きく息を吐いた。


「竜神・安仁羅様から、信仰を得よと言われてますけど、それはどうするんです?」


「そんなの……どうだっていいんです。ランド……あなたと、平穏に暮らしていけるなら……一族から絶縁されたとしても後悔はありません」


「瑠胡。どうして、そう――」


 ――思ったんだ? と、俺は最後まで言えなかった。
 顔を寄せてきた瑠胡の瞳から、大粒の涙が零れ始めたからだ。


「人の世に混じって暮らしていたら、またランドが傷付いてしまう……また、このような目に遭うのではと思ったら……人の世から離れようという気にもなります」


 そうか――俺のため、なんだ。

 だけど同時に、人間への絶望感も同居しているように思えた。
 神の信徒を名乗りながら、平然と他者を拷問する姿を垣間見れば、眷属神という神の一柱でも、そう考えてしまうのか。
 俺は左手で瑠胡の頭を撫でながら、微かに首を――首を動かすと痛むからだ――横に振った。


「だからこそ、瑠胡はここで暮らしたほうがいい。人間は、すべてが〝ああ〟じゃない」


 ユピエルたちのことを濁した俺の発言に、瑠胡は幼子がイヤイヤとするように、首を左右に振った。


「どうして……また、こんなことが起きるかもしれないのに。わたしは、あなたに辛い目に遭って欲しくないんです」


「それは、わかっていますよ。だけど俺は瑠胡に、人間という種を嫌いになって欲しくないんです。俺だって、人間だったんですから。それにウトーやゼンみたいに、俺を助けてくれた人もいます。絶望するには、まだ早いですよ」


「ランド……」


「俺は、人間である俺に好意を持ってくれた瑠胡が、一番好きです。だから――」


 俺は黒髪を撫でていた左手で、瑠胡の頭を引き寄せた。そのまま唇を重ねてから、言葉の続きを口にした。


「俺の我が儘を聞いてくれるなら、このままここで、平温に暮らせるよう努力していきましょう。その中で、竜神・安仁羅様との約束も果たしていけると思いますから」


「……狡いですよ、ランド」


 少し拗ねたような顔をしながら、瑠胡は俺の胸に頬を乗せた。
 俺は瑠胡へ苦笑しながら、左手でセラを手招きした。


「セラも、これでいいかな?」


「わたしは……文句はありません。ランドや瑠胡姫様が、それでいいのなら」


 招かれるままに俺に近寄ってきたセラと、俺は唇を重ねた。この行為に、他意はない。こういうのは、平等にしておく主義ってだけだ。
 ただ、これで瑠胡の不安が拭えたわけじゃない。
 俺は無理矢理、上半身を起こした。怪我が癒えるまで、大人しくしている場合じゃあない。
 さっさとこの件を解決して、瑠胡やセラを安心させたい。
 そんな決意を胸にベッドから立ち上がろうとした俺だったが、瑠胡とセラに無理矢理、ベッドに引き戻されてしまった。


「少なくとも今日は、絶対安静ですから」


 動けるのは、明日からか。
 今日のところは、大人しく寝ているしかない……もどかしい気持ちを抱えながら、俺はベッドの中で溜息を吐いた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

ちょっと展開的に、イチャイチャが足りない……というわけで、補完の回でございます。ただ、ちょっと引きも入れてますけれど。

ジョシアは立派なトリックスターとなってますね、今回。

そろそろ終盤……引きを回収していきます。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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