屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第八部『聖者の陰を知る者は』

三章-5

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   5

 ユピエルと三名の修道騎士、そして従属している数名の修道士は、《白翼騎士団》の駐屯地にて軟禁されていた。
 軟禁とはいえ、用足し以外の外出は禁止されている。駐屯地内にある屋内の修練場を隔離場所として、ユーキやクロースたち騎士団員だけでなく、アインやブービィも警備として駆り出されている。
 その二人にキャットを加えた三人を引き連れたレティシアが、ユピエルの元を訪れたのは、夕方近くになってからだった。
 おきまり通りに、レティシアはランドへの拷問と誘拐の動機を問いただした。


「拷問などしておりません」


 この第一声に、レティシアは怒鳴り声をあげそうになった。怒鳴るのを堪えた理由は相手が法王であることと、部下の目があるからだ。
 怒りを堪えながら、臓腑から搾り出すような声で、レティシアは訊き返した。


「それでは、あれは……なんだったというのです」


「あれは、教会が行う査問の一つです。聖なる儀式で護られた場所で、罪人の罪を問いただし、清めた魂をアムラダ様の元へ送るためのものです」


「その言い方では、例えランドが罪を認めたとしても、殺そうとしたとか聞こえません」


「あの怪文書で、どれだけの教会の権威が落ちたと思っているのですか。教会の権威を護ることは、そのままアムラダ様の権威を護ること。これは世界にとって不変の真理、つまりは正義なのです」


 静かに、そして当たり前のように告げるユピエルに、さしものレティシアも我慢の限界が訪れようとしていた。


「あれが……聖なる儀式で、清められた場所であるはずが、ないでしょう。あなたがたがしていたのは、罪なき者に罪を被せるための拷問だ! そのような真似は少なくとも、わたしの護るこの村――いや、領地内で、やらせるわけには参りません」


「レティシア……あなたまで、アムラダ様の教義に逆らうのですか? アムラダ様の信者である以上、この正義を疑ってはいけません。我々教会は、正義を履行する立場なのですから」


「あんな……あれほどおぞましい正義が、この世にあってたまるか!!」


 レティシアの怒声に、ユピエルはあからさまに怯んだ。
 怒りに突き動かされるように一歩前へと踏み出した途端、三名の修道騎士が一斉に動いた。


「法王猊下!」


「動くなっ!!」


 レティシアの怒声が室内に響き渡ると、修道騎士のうち二人の動きが止まった。中肉中背の――ランドを拷問した男だ――修道騎士だけは、身体の自由が残っている。
 しかし、ユーキとキャットの二人に長剣の切っ先で牽制され、ユピエルとレティシアのどちらにも近寄れなくなった。
 修道騎士の二人を抑えているブービィを一瞥してから、レティシアは修道騎士らに告げた。


「安心せよ。ユピエル法王に危害を加えるつもりはない。ユピエル法王――あなたは、無実の民を誘拐、拷問し、罪を被せようとした。それは、許されるべきことではありません。よって教会の総本山へ、訴えを出させていただきます」


「わたくしはあくまで、教会の権威を護るため、虚偽が書かれた怪文書を書いた犯人を捕らえようとしただけです」


「虚偽……あくまでも、そう言い張るのですか。それなら、セラが親子の縁を切ると言ったことは、さぞや都合が良かったのでしょう」


「それ――と、このこととは、話が別でしょう」


 首を振るユピエルに、修道騎士たちが一斉に息を呑んだ。はっきりと口にしたわけではないが、言外にセラが隠し子だと認めたようなものだ。
 レティシアは冷たい目で、ユピエルを見下ろした。


「セラのことも……貴族と婚姻させて、教会の――いえ、あなたの権力を盤石にするための道具として考えていたのでしょう。彼女の友人として、あなたの考えには反吐しかでません」


「そんなことは――っ! そんなつもりは、ありません。あくまでも、セラの幸せを考えてのこと」


「なら今の生活を邪魔しないことです、ユピエル法王。村に広まった羊皮紙も怪文書ではなく、あなたの汚点を広めたものだと、わたしは認識しております。その差出人は不明ですが、あなたに恨みを持つ誰か――という可能性もあるでしょう」


 ユピエルは顔を伏せたまま、レティシアの言葉を黙って聞いていた。修道騎士たちが見守る中、レティシアは背を向けた。


「ウトーになにをやらせるのかは知りませんが、ランドたちを巻き込むのは止めた方がいいでしょう。次は、うちの団員たちも容赦はしないと思われます」


 アインが警戒する中、レティシアたちは修練場から出て行った。

   *

 俺が次に目を覚ましたのは、自室のベッドの上だった。
 傍らには瑠胡とセラがいて、揃って心配そうな顔をしていた。セラに至っては、目が少し赤い。
 教会から助けられて、どれだけの時間が経ったんだろう? 俺は神殿に運ばれるなり気を失ったから、そのあたりはまったく把握できていない。
 服は着ているようだが、顔と右手には布――リネンかなにかが巻かれているような感触がある。
 俺が目を開けると、瑠胡とセラがハッとした表情を見せた。


「ランド」


「……ランド」


 二人に頷いてから、俺はフウッと息を吐いた。


「……助けてくれて、ありがとう……ござい、ます」


「そんなこと――当然ではありませんか」


 瞳からポロポロと涙を流す瑠胡は、俺の頬に手を添えた。


「傷は、痛みますか?」


「……少し」


「血は少し飲ませましたが、まだ完治はしていませんから。あと……指は傷が癒えても、痕が残るかもしれません。あまりにも……傷が深すぎて」


「ああ……」


 あの鋏で爪ごと指をやられた傷か。普通だったら、指を切断することになっていただろうから、傷跡くらいは安いものだ。
 俺は無事な左手で瑠胡の涙を拭うと、セラへと目を向けた。
 どこか辛そうな顔をするセラが俯くと、瑠胡が振り返った。


「セラ……あなたが気に病む必要はないのですよ」


「ですが……瑠胡姫様」


 セラは意を決したように、俺の横で跪いた。


「ランド……申し訳ありません」


「なん、で?」


「ユピエル法王げ……いえ。法王は、わたしをランドから引き離し、王都の貴族の元へ嫁がせたかったのでしょう。それに、わたしの秘密を知ったランドを、亡き者にする口実で……あんなことを」


 ああ、そのために怪文書を利用したってことか。
 それだけセラに執着していたってことは、それなりに娘として大事にしていた……のかもしれないけど。
 あそこまでの拷問をやるっていうのは、甚だ常軌を逸している……だろう。
 俺はセラに手を伸ばそうとしたけど、肩や頭は手が届かない。仕方なく、俺はベッドに添えられた手に、手を重ねた。


「セラが気にすることじゃ、ありませんよ。セラはセラ。ユピエル法王は、法王ですから……セラが謝らないで下さい」


「でも……わたしのせいで、ランドが酷い目にあってしまうなんて。わたしは……ここにいないほうがいいのかもしれません」


「それ……そんなことありませんよ。考え、過ぎです」


「そうです。あなたは、なにも悪いことをしていませんもの」


 俺と瑠胡が慰めたが、セラの表情は晴れなかった。俺がセラの手を軽く掴み、瑠胡が肩を抱きしめて、初めて泣き笑いのような表情を見せた。
 なんとなく場が和んだか……というとき、部屋の外から紀伊の声がした。


「瑠胡姫様、セラ様。お客様がいらしておりますが……如何いたしましょうか」


「客とな……誰が参った?」


 瑠胡が返事をすると、紀伊は少し言葉を詰まらせた。


「《白翼騎士団》のリリン殿、そして村人の方――」


「ふむ。それなら、通してよいぞ」


 瑠胡が促すと、少しの間が空いてから、ドアが開いた。
 最初に入って来たのは、リリンだ。次に狩人のゼン。そして――最後に修道服を着た大男が入って来た。
 その途端、瑠胡とセラが立ち上がって身構えた。


「おっと――争いに来たわけじゃない。落ちついてくれ――いや、落ちついて頂きたい」


 大男――ウトーは両手を少し挙げながら、瑠胡とセラを制した。
 瑠胡は少しだけ緊張を解くと、冷ややかな目をウトーに向けた。


「御主か……借りがあるとはいえ、教会の者に気安く来て欲しくはない」


「そう言わないで頂きたい。大事な用件があるのだ。それに、わたしの用件は、そっちの二人が終わってからにさせて頂く」


 ウトーに促され、俺の姿に心配そうな顔をしていたリリンが、ゼンを横目に見ながら口を開いた。


「ゼンさんが、ランドさんに謝りたいそうですので、お連れしました」


 ゼンさんが……謝罪? なにがあったっけ――と思っていると、目に涙を貯めたゼンが俺のすぐ横へと近づいて来た。


「ご、ごめんよ……ランドさん。俺が、なにも確かめずに飯を食べさせちまったから……あの鍋からは、エールっぽい酒が入ってたみたいなんだ。きっと、あの修道士が入れたんだと思う……ごめんよ。こんなことになっちまって」


「気にするな……よ。次の仕事のときに、旨い飯を食わせてくれたら……それでいいさ」


「ランドさん……うん。頑張って料理するから、また仕事を手伝ってよ」


 言いながら、ゼンはボロボロと泣き始めた。
 会話が終わると、リリンが俺に近寄ってきた。俺の身を案じているのは、その表情からわかる。
 なにかを喋ろうとしたところで、ウトーが口を開いた。


「では、わたしの話を聞いて欲しい。法王猊下の過去について……村に広めた人物の操作だが、継続できないだろうか?」


「御主は――この状況で、よくもそのようなことが言えたものよ。ランドを殺そうとした一派の者が――恥を知れっ!」


 瑠胡は声を震わせながら怒鳴りつけたが、ウトーは反論しなかった。俺を真っ直ぐに見てから、深々とした最敬礼をしただけだ。
 瑠胡やセラ、それにリリンすらも、険悪な視線を送っていた。
 俺は瑠胡たちの反応を思い出しながら、ゆっくりとウトーへ問いかけた。


「もしかして、俺のことを瑠胡たちに伝えたのは、ウトーか?」


「……ああ。そこの少年から、おまえが仲間に連れて行かれたと聞いたからな。もしや――と思い、そこのお嬢さんたちへと危機を伝えた」


「そうか……お陰で、助かりました。ゼンも……俺の命の恩人じゃないか」


 ゼンが大きく首を振る。
 俺はウトーへと首を向け直すと、僅かに顔を上げたウトーの視線を真っ向から受けた。


「依頼を受けたわけだから……仕事は続けます。その代わり、怪我が治ってからになるけど」


「ランド、そんな仕事なんか、しなくても――」


「瑠胡……引き受けた以上は、差別はしないですよ。ああ、でも一つだけ聞きたいんですけどね。あの羊皮紙をばらまいた人物を見つけて、どうするつもりなんだ?」


 俺の問いに、ウトーは真剣な眼差しを向けてきた。


「……なんの意図ががあったのかを聞き、これこれ以上の拡散を止めるよう頼むだけだ」


「なら、仕事を継続する条件を追加させてくれ。目的の人物を見つけても誘拐、監禁、拷問や暴行などをしない、させないこと。これが守れないなら、仕事は無しだ」


「――無論。命を賭ける所存だ」


「それじゃあ、安すぎる。守れなかったら自害とか、そんなん求めてない。絶対に守って、そして教会の暴力を止めてくれ。あんたの死なんか、こっちは望んでない」


 俺の要求に、ウトーは目を瞬いた。
 数秒ほど、呆気にとられた顔で俺を見ていたが、やがて口元に笑みが浮かんだ。


「心得た。必ずや、成し遂げよう」

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

念のための追記ですが、ランドは瑠胡の血による治療を受けてますが、急激な回復をしないため、リネンを包帯代わりにして巻いている状況です。

これでちょい回り道をしましたが、怪文書案件へ……という展開に入れます。まだ厄介ごとも残ってますけどね。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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