239 / 276
第八部『聖者の陰を知る者は』
三章-5
しおりを挟む5
ユピエルと三名の修道騎士、そして従属している数名の修道士は、《白翼騎士団》の駐屯地にて軟禁されていた。
軟禁とはいえ、用足し以外の外出は禁止されている。駐屯地内にある屋内の修練場を隔離場所として、ユーキやクロースたち騎士団員だけでなく、アインやブービィも警備として駆り出されている。
その二人にキャットを加えた三人を引き連れたレティシアが、ユピエルの元を訪れたのは、夕方近くになってからだった。
おきまり通りに、レティシアはランドへの拷問と誘拐の動機を問いただした。
「拷問などしておりません」
この第一声に、レティシアは怒鳴り声をあげそうになった。怒鳴るのを堪えた理由は相手が法王であることと、部下の目があるからだ。
怒りを堪えながら、臓腑から搾り出すような声で、レティシアは訊き返した。
「それでは、あれは……なんだったというのです」
「あれは、教会が行う査問の一つです。聖なる儀式で護られた場所で、罪人の罪を問いただし、清めた魂をアムラダ様の元へ送るためのものです」
「その言い方では、例えランドが罪を認めたとしても、殺そうとしたとか聞こえません」
「あの怪文書で、どれだけの教会の権威が落ちたと思っているのですか。教会の権威を護ることは、そのままアムラダ様の権威を護ること。これは世界にとって不変の真理、つまりは正義なのです」
静かに、そして当たり前のように告げるユピエルに、さしものレティシアも我慢の限界が訪れようとしていた。
「あれが……聖なる儀式で、清められた場所であるはずが、ないでしょう。あなたがたがしていたのは、罪なき者に罪を被せるための拷問だ! そのような真似は少なくとも、わたしの護るこの村――いや、領地内で、やらせるわけには参りません」
「レティシア……あなたまで、アムラダ様の教義に逆らうのですか? アムラダ様の信者である以上、この正義を疑ってはいけません。我々教会は、正義を履行する立場なのですから」
「あんな……あれほどおぞましい正義が、この世にあってたまるか!!」
レティシアの怒声に、ユピエルはあからさまに怯んだ。
怒りに突き動かされるように一歩前へと踏み出した途端、三名の修道騎士が一斉に動いた。
「法王猊下!」
「動くなっ!!」
レティシアの怒声が室内に響き渡ると、修道騎士のうち二人の動きが止まった。中肉中背の――ランドを拷問した男だ――修道騎士だけは、身体の自由が残っている。
しかし、ユーキとキャットの二人に長剣の切っ先で牽制され、ユピエルとレティシアのどちらにも近寄れなくなった。
修道騎士の二人を抑えているブービィを一瞥してから、レティシアは修道騎士らに告げた。
「安心せよ。ユピエル法王に危害を加えるつもりはない。ユピエル法王――あなたは、無実の民を誘拐、拷問し、罪を被せようとした。それは、許されるべきことではありません。よって教会の総本山へ、訴えを出させていただきます」
「わたくしはあくまで、教会の権威を護るため、虚偽が書かれた怪文書を書いた犯人を捕らえようとしただけです」
「虚偽……あくまでも、そう言い張るのですか。それなら、セラが親子の縁を切ると言ったことは、さぞや都合が良かったのでしょう」
「それ――と、このこととは、話が別でしょう」
首を振るユピエルに、修道騎士たちが一斉に息を呑んだ。はっきりと口にしたわけではないが、言外にセラが隠し子だと認めたようなものだ。
レティシアは冷たい目で、ユピエルを見下ろした。
「セラのことも……貴族と婚姻させて、教会の――いえ、あなたの権力を盤石にするための道具として考えていたのでしょう。彼女の友人として、あなたの考えには反吐しかでません」
「そんなことは――っ! そんなつもりは、ありません。あくまでも、セラの幸せを考えてのこと」
「なら今の生活を邪魔しないことです、ユピエル法王。村に広まった羊皮紙も怪文書ではなく、あなたの汚点を広めたものだと、わたしは認識しております。その差出人は不明ですが、あなたに恨みを持つ誰か――という可能性もあるでしょう」
ユピエルは顔を伏せたまま、レティシアの言葉を黙って聞いていた。修道騎士たちが見守る中、レティシアは背を向けた。
「ウトーになにをやらせるのかは知りませんが、ランドたちを巻き込むのは止めた方がいいでしょう。次は、うちの団員たちも容赦はしないと思われます」
アインが警戒する中、レティシアたちは修練場から出て行った。
*
俺が次に目を覚ましたのは、自室のベッドの上だった。
傍らには瑠胡とセラがいて、揃って心配そうな顔をしていた。セラに至っては、目が少し赤い。
教会から助けられて、どれだけの時間が経ったんだろう? 俺は神殿に運ばれるなり気を失ったから、そのあたりはまったく把握できていない。
服は着ているようだが、顔と右手には布――リネンかなにかが巻かれているような感触がある。
俺が目を開けると、瑠胡とセラがハッとした表情を見せた。
「ランド」
「……ランド」
二人に頷いてから、俺はフウッと息を吐いた。
「……助けてくれて、ありがとう……ござい、ます」
「そんなこと――当然ではありませんか」
瞳からポロポロと涙を流す瑠胡は、俺の頬に手を添えた。
「傷は、痛みますか?」
「……少し」
「血は少し飲ませましたが、まだ完治はしていませんから。あと……指は傷が癒えても、痕が残るかもしれません。あまりにも……傷が深すぎて」
「ああ……」
あの鋏で爪ごと指をやられた傷か。普通だったら、指を切断することになっていただろうから、傷跡くらいは安いものだ。
俺は無事な左手で瑠胡の涙を拭うと、セラへと目を向けた。
どこか辛そうな顔をするセラが俯くと、瑠胡が振り返った。
「セラ……あなたが気に病む必要はないのですよ」
「ですが……瑠胡姫様」
セラは意を決したように、俺の横で跪いた。
「ランド……申し訳ありません」
「なん、で?」
「ユピエル法王げ……いえ。法王は、わたしをランドから引き離し、王都の貴族の元へ嫁がせたかったのでしょう。それに、わたしの秘密を知ったランドを、亡き者にする口実で……あんなことを」
ああ、そのために怪文書を利用したってことか。
それだけセラに執着していたってことは、それなりに娘として大事にしていた……のかもしれないけど。
あそこまでの拷問をやるっていうのは、甚だ常軌を逸している……だろう。
俺はセラに手を伸ばそうとしたけど、肩や頭は手が届かない。仕方なく、俺はベッドに添えられた手に、手を重ねた。
「セラが気にすることじゃ、ありませんよ。セラはセラ。ユピエル法王は、法王ですから……セラが謝らないで下さい」
「でも……わたしのせいで、ランドが酷い目にあってしまうなんて。わたしは……ここにいないほうがいいのかもしれません」
「それ……そんなことありませんよ。考え、過ぎです」
「そうです。あなたは、なにも悪いことをしていませんもの」
俺と瑠胡が慰めたが、セラの表情は晴れなかった。俺がセラの手を軽く掴み、瑠胡が肩を抱きしめて、初めて泣き笑いのような表情を見せた。
なんとなく場が和んだか……というとき、部屋の外から紀伊の声がした。
「瑠胡姫様、セラ様。お客様がいらしておりますが……如何いたしましょうか」
「客とな……誰が参った?」
瑠胡が返事をすると、紀伊は少し言葉を詰まらせた。
「《白翼騎士団》のリリン殿、そして村人の方――」
「ふむ。それなら、通してよいぞ」
瑠胡が促すと、少しの間が空いてから、ドアが開いた。
最初に入って来たのは、リリンだ。次に狩人のゼン。そして――最後に修道服を着た大男が入って来た。
その途端、瑠胡とセラが立ち上がって身構えた。
「おっと――争いに来たわけじゃない。落ちついてくれ――いや、落ちついて頂きたい」
大男――ウトーは両手を少し挙げながら、瑠胡とセラを制した。
瑠胡は少しだけ緊張を解くと、冷ややかな目をウトーに向けた。
「御主か……借りがあるとはいえ、教会の者に気安く来て欲しくはない」
「そう言わないで頂きたい。大事な用件があるのだ。それに、わたしの用件は、そっちの二人が終わってからにさせて頂く」
ウトーに促され、俺の姿に心配そうな顔をしていたリリンが、ゼンを横目に見ながら口を開いた。
「ゼンさんが、ランドさんに謝りたいそうですので、お連れしました」
ゼンさんが……謝罪? なにがあったっけ――と思っていると、目に涙を貯めたゼンが俺のすぐ横へと近づいて来た。
「ご、ごめんよ……ランドさん。俺が、なにも確かめずに飯を食べさせちまったから……あの鍋からは、エールっぽい酒が入ってたみたいなんだ。きっと、あの修道士が入れたんだと思う……ごめんよ。こんなことになっちまって」
「気にするな……よ。次の仕事のときに、旨い飯を食わせてくれたら……それでいいさ」
「ランドさん……うん。頑張って料理するから、また仕事を手伝ってよ」
言いながら、ゼンはボロボロと泣き始めた。
会話が終わると、リリンが俺に近寄ってきた。俺の身を案じているのは、その表情からわかる。
なにかを喋ろうとしたところで、ウトーが口を開いた。
「では、わたしの話を聞いて欲しい。法王猊下の過去について……村に広めた人物の操作だが、継続できないだろうか?」
「御主は――この状況で、よくもそのようなことが言えたものよ。ランドを殺そうとした一派の者が――恥を知れっ!」
瑠胡は声を震わせながら怒鳴りつけたが、ウトーは反論しなかった。俺を真っ直ぐに見てから、深々とした最敬礼をしただけだ。
瑠胡やセラ、それにリリンすらも、険悪な視線を送っていた。
俺は瑠胡たちの反応を思い出しながら、ゆっくりとウトーへ問いかけた。
「もしかして、俺のことを瑠胡たちに伝えたのは、ウトーか?」
「……ああ。そこの少年から、おまえが仲間に連れて行かれたと聞いたからな。もしや――と思い、そこのお嬢さんたちへと危機を伝えた」
「そうか……お陰で、助かりました。ゼンも……俺の命の恩人じゃないか」
ゼンが大きく首を振る。
俺はウトーへと首を向け直すと、僅かに顔を上げたウトーの視線を真っ向から受けた。
「依頼を受けたわけだから……仕事は続けます。その代わり、怪我が治ってからになるけど」
「ランド、そんな仕事なんか、しなくても――」
「瑠胡……引き受けた以上は、差別はしないですよ。ああ、でも一つだけ聞きたいんですけどね。あの羊皮紙をばらまいた人物を見つけて、どうするつもりなんだ?」
俺の問いに、ウトーは真剣な眼差しを向けてきた。
「……なんの意図ががあったのかを聞き、これこれ以上の拡散を止めるよう頼むだけだ」
「なら、仕事を継続する条件を追加させてくれ。目的の人物を見つけても誘拐、監禁、拷問や暴行などをしない、させないこと。これが守れないなら、仕事は無しだ」
「――無論。命を賭ける所存だ」
「それじゃあ、安すぎる。守れなかったら自害とか、そんなん求めてない。絶対に守って、そして教会の暴力を止めてくれ。あんたの死なんか、こっちは望んでない」
俺の要求に、ウトーは目を瞬いた。
数秒ほど、呆気にとられた顔で俺を見ていたが、やがて口元に笑みが浮かんだ。
「心得た。必ずや、成し遂げよう」
---------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
念のための追記ですが、ランドは瑠胡の血による治療を受けてますが、急激な回復をしないため、リネンを包帯代わりにして巻いている状況です。
これでちょい回り道をしましたが、怪文書案件へ……という展開に入れます。まだ厄介ごとも残ってますけどね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
10
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます
わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。
一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します!
大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・
今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。
その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。
皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。
刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる