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第八部『聖者の陰を知る者は』
三章-4
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教会への道を、セラと瑠胡、それに紀伊は急いでいた。
下駄である瑠胡とセラはもちろん、草履の紀伊も雪の上では、走るどころか歩くだけでも困難だ。
それでも、三人はできるだけ急いでいた。
「思わず飛び出してしもうたが……御主を信じて良いのだろうな?」
「恐らくは、間違いがないだろう。法王猊下は朝食後、仲間の一人を連れて教会へ行ったからな。この村で住人たちに知られないよう、なにかをするなら教会しかない」
瑠胡たちを先導するウトーは、振り返らないまま瑠胡の問いに答えた。
「方法はわからぬが、ランドを昏倒させて連れ去った可能性が高い。その目的は――」
「……怪文書の罪を着せる、ですか」
セラの固い声に、ウトーは躊躇いがちに頷いた。
「だろうな。これ以上の……話をする余裕はない。急ぐぞ」
進みを早めたウトーに、瑠胡たちは遅れ気味になっていた。
瑠胡とセラは、ドラゴンの翼で飛んで行きたい欲求に駆られていた。しかし、教会関係者にドラゴンの翼を見られることを躊躇っていた。
瑠胡や紀伊はともかく、セラが首筋の鱗からドラゴンの翼を出しては、人外であることが露見してしまう。
焦りと葛藤で、瑠胡やセラの表情に苦悶の色が浮かんでいた。
教会の近くまで来たとき、ユーキとリリンを連れたレティシアが横道から出てきた。ジココエルに騎乗したレティシアは、瑠胡たちに気付いて手綱を引いた。
「瑠胡姫にセラ! 目的は同じだなっ!?」
「レティシア……ランドのことであれば、その通りです」
セラの返答に頷くと、レティシアは同じく軍馬に騎乗したユーキとリリンを連れ、教会へと先行した。
ウトーと共に教会の大扉の前に到着したとき、レティシアたちは修道騎士らと押し問答を繰り広げていた。
「中に入れろ! ここにランドが連れ込まれたのは、わかっている」
「ランドなど知らん。それとは関係無く、今は誰だろうと、入れるわけにはいかん」
修道騎士の返答に、レティシアやリリンの顔は怒りの形相で睨んでいた。修道騎士たちも、似たような表情をしている。
ただ一人、ユーキだけが双方の剣幕に、オロオロとしていた。
下駄の音が聞こえたのか、レティシアとリリンがほぼ同時に振り返った。
「瑠胡姫――」
「状況は、今の様子から見当がついておる。だが、これは御主も想定内のことであろう? あとは妾らで、ランドを見つれば良い」
「……最終手段とは思っておりましたが。致し方ありません」
「ふむ。最終などと、出し惜しむ余裕はなかろう」
そう告げた直後、瑠胡の表情が強ばった。
紀伊も少しばかり表情を険しくしたが、セラは殺気立っている瑠胡の顔を目で追った。
「瑠胡姫様? なにかありましたか?」
「……悲鳴が、聞こえた」
瑠胡の問いにセラは耳を澄ましたが、そのような声は聞こえなかった。それはレティシアやリリンらも同じようで、セラへと首を傾げてみせた。
瑠胡は修道騎士たちから離れながら、絞り出すように、彼らへと言い放った。
「御主らは、ランドのことを知らぬと申したな。もし教会内にランドがおったのなら、その責を問う……覚悟しておれ。レティシア、参るぞ」
「……承知しました。リリン、ユーキ、わたしと来い」
レティシアがユーキの腕を引っ張りながら、瑠胡たちと礼拝堂の大扉から離れた。
そんな彼女たちを横目に、ウトーは仲間である二人の修道騎士の前へと進み出た。
「……わたしも、中には入れぬか」
「法王猊下の命だ。誰も、中に入れることはできん」
「……そうか。わかった」
それ以上の会話は無駄だと察して、瑠胡たちのあとを追うように立ち去ろうとするウトーに、痩身の修道騎士が声をかけた。
「我々は、教会の人間だ。法王猊下の命に、従うのが筋ではないのか?」
「それでも納得のできぬことは確かめ、誤りであるなら、お止めするのも我らの役目だ」
瑠胡たちのあとを追ったウトーが追いついたのは、教会の右側面の壁のあたりだ。
瑠胡はウトーを振り返ると、無表情に問いかけた。
「……御主、ランドが捕まっていそうな場所の見当はつくか?」
「恐らくは、地下室だと……そこなら、どんな痕が残っても信者の目には付かぬだろう」
「……地下室、か。それがある場所を、妾らに教えよ」
ウトーは目を閉じながら教会の裏手側へ、大股で五歩だけ歩いた。
「この下あたりだ」
「わかった……ユーキ」
レティシアの考えを先読みした瑠胡が、ユーキに場所の指示を出した。
ユーキはレティシアが無言で頷くのを待って、〈地盤沈下〉を使った。半径が約五マーロン(約六メートル二五センチ)、深さ三マーロン(約三メートル七五センチ)状に地面が窪むと、教会の地下部分の石壁が露わになった。
石壁を破壊しようと竜語魔術を唱えようとした瑠胡を、ウトーが制した。
「……わたしがやろう」
ウトーは意識を集中させると、〈発破の視線〉を使った。
*
……なにがどうなったのか、まったく理解できなかった。
気がついたときには十字に組まれた丸太に、手足を縛られた状態で拘束されていた。頭の中はガンガンとした痛みを訴え、何かの糸が切れたように、全身の力が入らない。
三本の蝋燭が灯された燭台だけで照らされた、窓がまったく無い部屋の中だった。
俺の前には、中肉中背の修道騎士と、椅子に座ったユピエルがいた。
「さあ、答えろ。あの怪文書は、貴様の仕業だな」
これで、何度目の質問だろうか。怪文書なんか、身に覚えがない。セラとユピエルの関係を知ったのは、怪文書のあとだしな。
だから俺の返答も、毎回同じだ。
「……違う。まったく、身に覚えがない――」
最後の一文字を言おうとした直前、修道騎士は手にした木の棒で俺の顔面を殴りつけた。
この棒は、どこかで拾ってきたものらしい。木の皮はそのままだし、どこかで削ったのか、全体的にささくれ立っていた。
そのせいか一発殴られるたびに、皮だけでなく肉も削がれていく。血飛沫が床に落ちる音が、意識が朦朧としている俺の耳にも入ってきた。
「くそ……」
俺は微かに残った意識を手繰り寄せ、〈筋力増強〉を使おうとした。全身に熱のような感覚が満ちて、力が溢れていくのが感じられた。
しかし――その直後に、俺の口にジョッキが押しつけられ、熱さのある液体が流し込まれた。
薄まってはいるが、エール酒のようだった。
酔いが全身に回ると、〈筋力増強〉の効果が消えていく。これで三度目だが、酒を入れられる度に、意識は残るものの、《スキル》が使えなくなってしまう。
そのせいで、拘束から逃れることすらできない。
下に向けられた視界には、左右の頬や額から滴り落ちる血が見えた。
荒い呼吸をしながら顔を上げた俺に、ユピエルは無表情な目を向けた。
「強情なのは、感心しませんね。素直に罪を認める、贖罪をするのです。そうすれば、アムラダ様も其方の魂を許されることでしょう」
ユピエルの言い分は、きっとこうだ。
真実かどうかは関係無く、俺にすべての罪を被せたい。だから言うことを聞いて、さっさと認めてしまえ――と。
それを理解した途端、俺はまともに付き合うのが阿呆らしくなった。
「……冗談じゃない。やってもないことを認めろとか……俺を……嘘吐きにするんじゃねぇよ」
啖呵を切ったつもりはないが、ユピエルと修道騎士には、反抗的に見えたのだろう。
修道騎士に小さく手を挙げてから、ユピエルは俺を見た。
「己の罪を認められぬ者に、死後に魂の安息はありません。耐えようのない苦痛が、永遠に続くことになるのですよ。それを終わらせられるのは、今しかありません。さあ、罪を認めなさい」
「何度も、言わせるんじゃねえよ。こんな拷問に屈して嘘吐きになったんじゃ……瑠胡やセラに……愛想を尽かされちまう」
俺の返答を聞いて、ユピエルは顔を顰めながら立ち上がった。
「口を……口を慎みなさい。おまえのような者が、セラに相応しいとは思えません。身の程をわきまえなさい」
ユピエルが手を挙げると、修道騎士が俺の右手に近寄った。
また殴る気か――と思った瞬間、右の人差し指に激痛が走った。
「わぎゃああああああっ!!」
なにか割れた音に混じって、固い物が折れるか、砕けた音が聞こえて来た。俺の視界からは見えないが、感触からして……爪と一緒に、人差し指を砕かれたようだ。
そんな推測を証明するかのように、俺から離れた修道騎士の手には、大きな金切りバサミが握られていた。
刃先の先端から血が滴り落ちていることから、これが凶器なんだろう。
「さあ……もう一度、あなたに問いましょう。あの怪文書を作ったのは、あなたで間違いないですね。それを認めますか?」
「……何度言われても……はぁ……はぁ……嘘吐きには、ならねぇ」
顔を上げた俺が睨めつけると、ユピエルは僅かに怯んだようだ。
修道騎士の後ろまで退いてから、震えの残った声で告げた。
「まだ、反抗……するのですか。ならば、仕方がありません。その心を折ってから、罪を問いただすこととしましょう。手始めに……彼の左目を抉りなさい。目の前で己の目玉を潰せば、少しは素直になるでしょう」
「畏まりました」
修道騎士の顔に、凄惨で――楽しげな表情が浮かんだ。
叫んだところで無駄だとは思ったが、俺は「やめろっ!」と、擦れた声を挙げた。しかし予想通り、こんな声だけじゃ修道騎士が止まるはずもない。
修道騎士の手が俺の髪を掴み、強引に顔を上げさせた。
――その直後、左手にある壁が吹き飛んだ。
石壁の破片が、室内に飛び散った。
「法王猊下!」
修道騎士は即座に、ユピエルを庇った。
爆発の衝撃が収まると、部屋の中を砂塵が舞った。砂塵が晴れる前から、いくつかの足音が聞こえて来た。
まず飛び込んできたのは、巨躯だった。赤毛の馬――ジココエルが室内に飛び込んできたことに、ユピエルと修道騎士は混乱した様子だ。
そのあとに続いたのは、瑠胡とセラ、そしてレティシアだった。
「ランド――ランドッ!?」
部屋に入ってきた瑠胡は、俺の姿を見て顔を引きつらせながら駆け寄ってきた。
あとに続いたセラも、慌てたように駆け寄ってきた。
「……なんてことを。ランドッ!」
「ランド、返事をして下さい。ランドっ!」
「ランド……」
「き、きこえて、ます瑠胡。セラ……も」
俺が返事をすると、二人はホッとした顔をしたが……瑠胡は怒りの形相でユピエルたちを振り返った。
「御主……ら。ここまで、やるか。ランドを殺すつもりであった――な」
セラと紀伊によって拘束が解かれる中、瑠胡はユピエルに近寄っていった。そこから放たれる殺気に、紀伊やジココエルがいつになく緊張した目を向けていた。
「この仕打ち……貴様らの命を以て償ってもらおう」
「させるか!」
修道騎士が腰の短剣を抜くが、構えるよりも早く、瑠胡の首筋から伸びたドラゴンの前足が、その手を強く弾いた。
その一撃で、修道騎士の右腕が、歪に曲がった。血こそ出ていないようだが、骨が折れたのかもしれない。
俺の腕の拘束を解いたセラも、腰の細剣に手をかけている。俺を想うが故の怒りだと理解はしている。だけど――。
――このままだと、拙い。
紀伊の「無理に動いてはいけません」という声が聞こえたが、従えるような状況じゃない。
拘束が外れた俺は、ふらつく脚を急がせながら、背後から瑠胡を抱きしめた。
「駄目だ……瑠胡。殺したら……」
「な、なにを言っているのですか! ここまでされて、許せというのですか!?」
「許す……必要なない、ですが。殺したら……何かが変わってしまう」
瑠胡を抱きしめながら、右手でセラの左肩に手を添えた俺は、静かに首を振った。
「俺が好きな、瑠胡とセラのままでいて、下さい……お願いします」
俺の訴えに、瑠胡とセラは怒りを抑えきれないまま、しかしユピエルたちから顔を背けた。
「御主らのしたこと……永遠に許すつもりはない。ランドに感謝するのだな」
「わたしも……今回のことは、流石に許せません」
セラはユピエルを睨みながら、押し殺した声で告げた。
「あなたの隠し子として、感謝をしつつ、幾つもの約束を護りながら生きて参りましたが……今日限り、親子の縁を切ります」
「待て、セラ……つ! そんな話を、ここで――いや、落ちつきなさい」
「これが、落ちついていられるものですかっ!!」
部屋中に響くセラの怒声に、説得を続けようとしたユピエルが固まった。
この場にいた、ウトーと法王を護っていた修道騎士は、セラの告白に驚愕したように二人を見ていた。
「怪文書と言っていますが結局は、あなたが都合の悪いことを隠したいだけだ。そんな理由で、わたしの愛する人を奪わないで下さい」
室内に沈黙が降りる中、レティシアはユーキやリリンとともに、ユピエルと修道騎士を取り囲んだ。
「今回の件、流石に見過ごせません。あなたがたの身柄は、騎士団にて軟禁の上、監視をさせて頂きます。言い分があれば、後ほど伺います」
ユピエルはもう、反論する気力すらなかったようだ。
逃げようにも、廊下への扉はジココエルが塞いでいるし、レティシアたちは穴の空いた壁側に位置している。
瑠胡やセラ、紀伊の手を借りて地下室から出る俺が振り返ると、ユピエルは悲しげな目をセラへと注いでいた。隠し子だろうと、娘としてセラを愛していたのだろう。しかし、流石にこの状況で、同情をする気にはなれない。
俺はユピエルから目を逸らすと、瑠胡たちと神殿へと戻ることにした。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
え……とですね。またもや文字数が多い!
というのも今さらですが、今回の話をタイプしている最中に思ったことは……。
「男同士の拷問シーンに、需要はあるのか?」
ってことなんですが。いや、そういう問題かと思われる人もいるでしょうが、やはり女性が男性を責めるほう(以下、色々考えた挙げ句に省略
今回は魔女裁判に関する資料を、かなり参考にしてますが……あっちのほうが外道ですね。
子どもを使えとか、暴力フルバースト推奨とか。
それに比べれば、本文中の描写なんか可愛いものです、イヤマジで。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。でも、こういう趣味だけは、マジでやめて下さいね。
次回も宜しくお願いします!
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第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
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