屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
上 下
236 / 276
第八部『聖者の陰を知る者は』

三章-2

しおりを挟む

   2

 ランドたちが去ったあと、ユピエルは教会の地下室に籠もっていた。一辺が五マーロン(約六メートル二五センチほどの部屋にある調度類は、椅子と机しか無い。机の上に置かれた燭台だけが、机の周囲だけを照らしている。
 椅子に座ったユピエルが虚空を睨むように考え事をしていると、部屋のドアがノックされた。


「……入りなさい」


「失礼致します」


 部屋に入ってきたのは、修道騎士の一人だ。右手に包帯を巻いているのは、神殿への侵入に失敗したときの傷だ。
 修道騎士はユピエルから二歩ほど離れた場所で立ち止まると、静かに片膝をついた。


「法王猊下、お呼びでしょうか」


「……あなたに、頼みたいことがあります」


「はっ――なんなりと、お申しつけ下さいませ」


 深々と頭を垂れる修道騎士に、ユピエルは固い表情を崩さない。数秒の沈黙を経て、顔を上げるべきか悩み始めた修道騎士の耳に、普段よりも低いユピエルの声が届いた。


「怪文書を広めた犯人として、ランド・コールを捕らえなさい」


「――」


 顔を上げた修道騎士は、燭台の灯りに照らされたユピエルを見た。燭台が斜め後方にあるため、その顔の大半は影となり、はっきりと表情が見えない。
 アムラダを崇拝する教会一派の法王が、するような命ではない。『犯人を探し出せ』や『犯人かどうか調べろ』ではなく、まだ嫌疑すらかかっていない相手を、犯人として捉えろと言ったのだ。
 これほどまでに怨嗟を孕んだ命令など、法王がするべきものではない。
 しかし、この修道騎士は胸中に湧き上がった歓喜を押し殺しながら、「畏まりました」と返した。


「ランド・コールが犯人だと、そう判断なされた法王猊下の御意志、必ずや果たして見せましょう」


「彼が犯人かどうか、それは問題ではありません。ですが、このままでは教会の威厳が損なわれます。そのための尊い犠牲として、ランド以上の存在はおりません」


 ユピエルの口調が暗さを増したが、それに気付かぬ修道騎士の口元に笑みが浮かんだ。


「なるほど! しかし、それでしたら捕らえるよりも暗殺のほうが良いのではありませんか?」


「それはいけません。形だけでも尋問だけはしませんと。この部屋で審問をすれば、それほど時間もかからずに、己の罪を白状することでしょう」


「おお、そうですな。村人たちへの配慮を忘れておりました」


「ランドを捕らえるのは、村人たちには内密にして下さい」


「はっ――心得ております。機会を伺うため、数日ほどかかると予想されますが」


「仕方ありません。わたくしは、先に王都へ戻ることにしましょう」


 そう言って立ち上がるユピエルに、修道騎士は少し慌てて頭を下げた。


「法王猊下、お待ち下さい。今の状況で法王猊下が王都に戻られますと、心ない村人から逃げたと思われるやもしれませぬ。恐らく、ランドもそれが狙いなのでしょう」


 二人のあいだでは、すでにランドが犯人という体裁での会話になっていた。
 修道騎士の忠告に、ユピエルは再び椅子に腰を降ろした。


「この件が解決するまで、王都には戻らぬほうが賢明だと……確かに、そうかもしれません。犯人としての処罰を終えるまで、村に滞在することにしましょう」


「……御理解頂き、わたくしは最上級の至福を感じております」


 法王に微笑みながら、修道騎士は部屋の中を見回した。
 普段は荷物置き場として使っている、教会の地下室だ。ここなら、それだけ大きな声が挙がろうとも、外に漏れることはない。
 尋問・・をするための道具は持ち運んでいないが、縄とナイフ、それに松明があれば事足りる。


「法王猊下、わたくしはこれにて。村でランドについて探って参ります」


「吉報を待っていますよ」


「御意」


 ユピエルに一礼をした修道騎士は、教会を出て村の通りへの道へと出た。
 表向きは、怪文書の犯人捜しをしていると見せかけている。しかしその実、会話の流れを微妙に変えて、ランドについての内容を聞きだしている。


(村での評判は……総合的に判断すれば、良好のようだ。手伝い屋も、信頼されている――か。犯人とするためには、それを覆す証言が必要か)


 晴れ間の無い村の通りを歩いていた修道騎士は、旅籠屋の前で立ち止まった。
 この宿で働く者からも、ランドのことを聞くつもりだった。旅籠屋の中に入ると、酒場兼食堂で二人の女性が話をしている最中だった。


「この筆跡、見覚えありませんか?」


「そうねぇ。文字は、どれも一緒に見えるから。よくわからないね」


 羊皮紙を手にしたジョシアは、宿の奥方からの返答に溜息を吐いた。
 酒場を横切る修道騎士に気付いたのか、奥方は立ち上がって、満面の笑みを浮かべた。


「まあ、法王様のお付きの方ではありませんか。なにか飲んでいかれますか?」


「いえ、結構です。ここへは、怪文書を出した犯人を捜索する一環として参りました」


 修道騎士が一礼をすると、奥方は「あら!」と大袈裟な声をあげた。


「そこのジョシアちゃんも、そうなんですよ。なんでも王都の図書館でお勤めで、文字の書き方っていうんですか? そこから犯人を捜そうとしてるんですって!」


「……ほお?」


 筆跡という着眼点の無かった修道騎士は、ジョシアのやっていることに興味が沸いた。
 ジョシアが手にしている羊皮紙は、怪文書が書かれた一枚のようだ。奥方の注意が逸れた隙に、奥方が書いていたらしい帳簿と、筆跡を照らし合わせているあたり、なかなかに度胸のある娘だと、修道騎士はジョシアに興味を抱いた。


「君は……この一緒に村へと来たお嬢さんだね。犯人捜しをしてくれているのかな?」


「えっと、そうです」


 ジョシアの返答を聞いて、修道騎士は鷹揚に頷いた。


(皆が、この娘と同じくらい教会に従順であればよいのに)


 感慨深げに明後日のほうを見上げた修道騎士へ、ジョシアが話しかけた。


「修道士様も、大変ですね。犯人捜しまでされているなんて」


「いや……教会と法王猊下のためとあれば、この程度など苦労に入らぬよ。それに犯人捜しは、神殿の者たちにも協力してくれるらしい」


 そんなことを言いながら、修道騎士は心の中で(一刻も早く、ランドという宿敵を捕らえねばならんのだがな)と付け足した。
 ジョシアはジョシアで、「そうなんですか? 法王様の人徳があればこそですね」などと、呑気に言葉を返している。


 ――あっはっは。


 互いに笑顔になっているという、端から見ればのどかな光景ではあるが、片や宿敵と銘打った者の妹、片や兄を狙う者である。
 互いに互いのことを知らぬとはいえ、少しでも状況が違えば、瞬時に修羅場へと突入しかねない状況である。
 修道騎士は何気ない素振りで、奥方へと話しかけた。


「そういえば、神殿の者……たとえば、ランド殿はよく食事をしに来たりするのですかな?」


「そうねぇ……ちょっと前までは、たまに来てくれたんですけどね。あの瑠胡って姫様と暮らすようになってからは、来なくなっちゃいましたねぇ。まあ、食費とかの兼ね合いもあったんでしょうけど」


「それはそれは。折角のお客が減ってしまって、大変でしょう」


「それは、まあ。ああ、だけどランドさんは、酒類を頼まないですからね。売り上げ的には、ささやかなものですねぇ」


「ほお? それは珍しいですな。こういう店に来たなら、酒くらい飲むものでしょうに」


「それがねぇ。どうやらお酒が苦手みたいで。一杯飲んだだけで寝ちゃうって、そんな話なんですよ」


 そう言って笑う奥方の話に、修道騎士の目に光が宿った。


「ほお……それは、本当に珍しい」


「なんか、すごく弱いみたいですよ。一杯どころか、一口で寝ちゃうんですって」


 前に、瑠胡から聞いたことを、ジョシアは得意げに話した。
 修道騎士は愛想の良い笑みを浮かべて笑いながら、(これは使えるかもしれぬな)と、静かな興奮が全身に満ちていくのを感じていた。

--------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

大賞に投票して頂いた方々、ありがとうございました。ただ、感謝の念の一杯でございます。

本編、特に後半は「知らないって、幸せですねぇ」……な展開になっております。いやあ、平和っていいですね(棒

実際、宗教関係者がこんなこと考えないでしょ……と、思っている方々もいらっしゃることと存じますが。魔女狩りだの、奴隷の輸出をしたり、東南アジアなどの国々を植民地化するための工作活動まで手を染めてきた某宗教ですからね。
このくらい、まだ可愛いものなんだろうなーと、勝手に思ってます。

いや、せめて本編は平和が続くといいなぁ……と思ってます(棒

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

次回も宜しくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか
ファンタジー
高校一年の音無厚使は、夏休みに叔父の手伝いでキッチンカーのバイトをしていた。バイトで隠岐へと渡る途中、同級生の板林精香と出会う。隠岐まで同じ船に乗り合わせた二人だったが、突然に船が沈没し、暗い海の底へと沈んでしまう。 一七年後。異世界への転生を果たした厚使は、クラネス・カーターという名の青年として生きていた。《音声使い》の《力》を得ていたが、危険な仕事から遠ざかるように、ラオンという国で隊商を率いていた。自身も厨房馬車(キッチンカー)で屋台染みた商売をしていたが、とある村でアリオナという少女と出会う。クラネスは家族から蔑まれていたアリオナが、妙に気になってしまい――。異世界転生チート物、ボーイミーツガール風味でお届けします。よろしくお願い致します! 大賞が終わるまでは、後書きなしでアップします。

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

レジェンドテイマー ~異世界に召喚されて勇者じゃないから棄てられたけど、絶対に元の世界に帰ると誓う男の物語~

裏影P
ファンタジー
【2022/9/1 一章二章大幅改稿しました。三章作成中です】 宝くじで一等十億円に当選した運河京太郎は、突然異世界に召喚されてしまう。 異世界に召喚された京太郎だったが、京太郎は既に百人以上召喚されているテイマーというクラスだったため、不要と判断されてかえされることになる。 元の世界に帰してくれると思っていた京太郎だったが、その先は死の危険が蔓延る異世界の森だった。 そこで出会った瀕死の蜘蛛の魔物と遭遇し、運よくテイムすることに成功する。 大精霊のウンディーネなど、個性溢れすぎる尖った魔物たちをテイムしていく京太郎だが、自分が元の世界に帰るときにテイムした魔物たちのことや、突然降って湧いた様な強大な力や、伝説級のスキルの存在に葛藤していく。 持っている力に振り回されぬよう、京太郎自身も力に負けない精神力を鍛えようと決意していき、絶対に元の世界に帰ることを胸に、テイマーとして異世界を生き延びていく。 ※カクヨム・小説家になろうにて同時掲載中です。

処理中です...