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第八部『聖者の陰を知る者は』
三章-1
しおりを挟む三章 代案と、その犠牲
1
俺がリリンに連れてこられたのは、教会の裏にある倉庫だった。
倉庫は元々、教会で使っていたものだ。今では倉庫に収納する物も減り、冬に使う薪くらいしか入っていない。
俺が倉庫の中に入ると、そこにはすでに、瑠胡とレティシア、それにアインがいた。
瑠胡やレティシアはわかるが、なんでアインまで……と思っていたら、アインが鷹揚に肩を竦めた。
「俺は、念のため……だそうだ。いざというとき、戦力は多いほうがいいだろ?」
「……確かにな。そんときは、頼むよ」
「おう。友情価格で引き受けてさるさ」
「おい。けちくせーよ」
俺が突っ込みを入れると、アインはニカッとした笑みを浮かべた。ここで馬鹿笑いをしないのは、流石は元歴戦の傭兵といったところだ。
そんな冗談のやり取りをしてると、瑠胡が俺の腕に手を回してきた。
「ランド? こんなところで、談笑をしている暇はありませんよ」
「そうだな。法王様がセラに、なにをするのやら……だ」
レティシアが瑠胡に同調した。
俺は教会を振り返ってから、倉庫から動こうとしない皆を見回した。
「それなら、教会に入らなくていいのか? 会話を聞くにしても、ここじゃあ無理だしさ」
「それなら、心配しなくとも大丈夫。セラさんには、わたしの使い魔を渡してあります。会話の内容は、わたしが口頭でお伝えしますから」
リリンはそう言うと、杖の上端を額に押しつけた。これから、使い魔と精神を繋げるようだ。
俺たちが見守る中、リリンが静かに口を開いた。
*
教会に連れてこられたセラは、礼拝堂でユピエルと二人っきりになった。
一番前の長椅子の列まで歩いてきたユピエルは、黙って付いて来ているセラを振り返った。
「あの文章は、おまえの仕業ではなかろうな」
静かだが、怒りを押し殺した声だった。
セラは袖の中で拳を握り閉めながら、やや顔を伏せた。扉は閉じられ、日が陰ったのかステンドガラスから差し込む光は、ほとんどない。
あまり燭台も灯されていないため、俯くと表情が見えにくくなる。
ユピエルに見られないよう唇を噛んでから、セラは感情を押し殺した声で答えた。
「……わたしではありません」
「しかし、子のことを知るのは限られておるだろう。セラに――ハイント領の領主、それに《白翼騎士団》の――」
「レティシアも違うでしょう。あの怪文書を見た彼女は、わたしの仕業か確認をしてきましたから」
「なら――誰だというのだ?」
「それは、わかりかねます」
セラが素っ気なく答えると、ユピエルは唸るような声をあげながら、長椅子の背もたれを指先で叩き始めた。
それが苛々としているユピエルの癖であることを、セラは思い出した。それが悪評に対することなのか、それとも犯人に対するものか、セラには判断できなかった。
しばらく無言だったユピエルは、重い溜息を吐いた。
「セラ……おまえが、神殿の者たちに教えたのではないだろうな? わたしとおまえが、血の繋がりのある実の親子だと……そうでなければ、この状況にはなり得ない」
「あなたが、養父である……とまでは話をしました。ですが誓って、血縁の話はしておりません」
「なら……誰だというのだ、あの怪文書を書いた犯人は?」
質問が、最初に戻っていた。
セラは溜息を押し殺しながら、「先ほども答えましたが、わかりません。どうしても知りたいのであれば、探し出すしかないでしょう」
「探し出す? まさか、修道騎士を使って犯人を捜し出せと……そう言うのか」
「そうです。《白翼騎士団》の者たち……そして、もうご存知でしょう。ランドはまだ、手伝い屋を営んでいます。声をかければ、助けになるでしょう」
セラの勧めに、ユピエルは息を呑んだ。
信じられないものを見るような目をセラに向け、長椅子の背もたれを拳で叩いた。
「わたしに、異教徒へ協力を求めよと……そんな屈辱を、わたしに味わえと申すのか、実の娘が!?」
「その通りです。ですが、そんなに屈辱に思われることでしょうか? 今の状況を打破するために、借りられる手を使うだけではありませんか」
「黙れ! あの者は、異教徒なのだぞ。法王自ら、異教徒に助けを請うなど、あってはならんのだ。どうやら、おまえはここでの生活で、良くない考えに染まってしまったようだ。やはり王都に連れ帰り、アムラダ様の信徒として、一から教育をし直さねばならん」
ユピエルがセラの左腕を掴もうと手を伸ばした――そのとき、礼拝堂の壇上側から、数人の足音が響いてきた。
「法王、やめろっ!!」
俺の怒鳴り声が礼拝堂に響くと、セラとユピエルが同時に振り返った。
驚愕と怖れが複雑に入り交じった表情のユピエルから離れ、セラが俺たちの元へと駆け寄ってきた。
「ランド、瑠胡姫様……来て下さって、ありがとうございます」
「もちろんです。あなたはもう、わたくしたちの家族ですもの」
「……その通りですよ、セラ」
俺はセラの手を取ると、ユピエルを振り返った。
ユピエルは先ほどと同じ場所で、俺たちの姿を憎々しげに睨んでいた。
「おまえたちは――っ! い、一体いつから!?」
「教会に入ったのは、つい先ほどのことです、法王。ですが二人の会話は、最初から聞いておりました」
レティシアの返答に、ユピエルの表情が引きつった。
「最初から……馬鹿な、どうやって」
「それは、わたしが」
リリンが小さく杖を振ると、セラの左袖から、一羽の文鳥が飛び出してきた。灰色の羽を持つ文鳥は、リリンの杖の上に止まると、スッと消えてしまった。
その光景に目を見開いたユピエルに、リリンは一礼をした。
「失礼ながら使い魔を介して、会話の内容を皆さんにお伝えしました」
「なん――だと?」
ユピエルは血の気の引いた顔で蹌踉けはしたものの、すぐに姿勢を正すと、セラへと皺の多い指先を向けた。
「セラ! おまえは父である、この……わたしを裏切るというのか! 育てた恩も忘れ、異教徒に組みするというのか、セラ!! そのような色欲にまみれた男が、信仰よりも大事なのか、セラよ!」
「裏切りなど……考えてはおりません。母のことを知らぬとはいえ、修道院で育てて頂いた……その恩は、忘れておりません。使い魔は元々、わたしの身を護るために、リリンに頼んだものです。先ほどの話の展開は、法王猊下が自らなされたもの。わたしが、そう導いたわけではありません」
「それに年齢的なことを考えたら、隠し子――セラは教会に入ってから産んだ……か、産ませたんじゃないですか? 俺のことを色欲とか、言える立場じゃないでしょう?」
「黙れ!」
ユピエルの怒声が、礼拝堂に響き渡った。その声を聞きつけたのか、二人の修道騎士が扉を開けて中に入ってきた。
修道騎士たちは俺たちの姿を見て警戒を露わにするが、ユピエルは片手を挙げて修道騎士たちを制した。
「あ……慌てずとも、大丈夫です。おまえたちは、外で警備をしていなさい」
「ですが……」
「……構いません。こちらは、大丈夫ですから」
修道騎士たちは反論こそしなかったが、ユピエルと俺たちを気にして、なかなか立ち去れずにいた。
俺は助け船を出す――つもりはないが、法王と修道騎士との会話に、割って入った。
「出来るだけ内密に、怪文書を出した犯人を捜して欲しい――と、そんなことを頼まれていただけだ」
「な――」
修道騎士の視線を受けたユピエルは、俺を一瞥した。
俺になにかを言いかけたが、すぐに口を閉ざしてしまった。そして修道騎士らを振り返ると、かなりぎこちなく頷いた。
「……そうなのです。今は、あの怪文書を出した犯人を探すのが先決。抵抗がないわけではありませんが、やむを得ません」
このユピエルの言葉で、修道騎士たちは納得したようだ。
「なにかありましたら、お呼び下さい」
そうユピエルに言い残してから、修道騎士は礼拝堂から出て行った。
扉が閉じる音が礼拝堂に響き渡ってから、数秒の間を空けて、ユピエルは俺を睨めつけてきた。
「……どういう、つもりなのですか?」
「あのまま修道騎士がここに居たら、話が拗れるだけだと思ったまでですよ。法王様だって、隠し子の件を身内にも広めたくないでしょう。ただまあ、ああ言った手前、犯人捜しには手を貸しましょう。もちろん商売として……と、なりますけどね」
俺が鷹揚に肩を竦めると、ユピエルは不快そうな顔をした。
「いいでしょう。あなたの案を、受け入れましょう」
これで言質はとったわけだけど。
直感というか、ユピエルの顔を見ていると、まだまだ関係改善とは言い難い。俺は教会を出るべく、瑠胡たちと裏口へと歩き出した。
ふと振り返ると、憎悪に満ちたユピエルの視線が、目に飛び込んできた。
……まだ一波乱くらいはありそうかな。
俺は憂鬱な気分に浸りながら、心の中で溜息を吐いた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
隠し子の正体まで判明しました、という回です。あとは協力して事件解決に――という雰囲気ではありませんが。
何気に、使い魔が召喚タイプ……描写として消したのは、初めてかもですね。この世界にける使い魔は、こんな感じです。召還魔術の一種なんで……と、前にも書きましたね。
前にどこかで現実世界の中世において、浮気をしまくったあとに悟りを開いて教会に入って、司祭になった人がいる――と書いた記憶がありますが。
ユピエルの場合は、教会に入ってからの隠し子になります。エロ爺ですね。いや、爺という年でもなかったか……恐らく三〇代くらいですね。
ばれたらOUTなヤツ。そりゃ……こんなん知られたら、睨まれますわ。睨まれるだけで済むかって話ですが。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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