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第八部『聖者の陰を知る者は』
幕間
しおりを挟む幕間 ~ 貴き血筋
インムナーマ王国の首都である、王都タイミョン。
その南西側にある片隅に、修道院があった。王都の中心部にある堅牢な造りの大聖堂とは異なり、石灰岩と材木で造られていた。
二階建てで、屋根裏部屋にも窓がある。暖炉の煙突は一つだけで、玄関と台所に通じるドアだけが、出入り口となっていた。
民家の立ち並ぶ区画、さほど裕福ではない層の多い区画であるから、建物の外見もそれなりに薄汚れている。
とある春先の早朝、通りから目立たない勝手口から、一人の女性が出てきた。茶色をした薄手の外套は清潔だが使い込まれて、至る所が擦り切れている。
目立たないよう目深にフードを被っており、両手に背負い袋を抱えていた。外套で隠しているのだろうが、身を包む修道服はそこそこ目立ってしまう。
勝手口から三歩離れたところで、女性は真後ろへと振り返った。
それから少し遅れて、見送りのために一五人の修道女が表に出てきた。その中で五〇代――、一番年上の修道院長が、女性の前へと進み出た。
痩せてはいるが温和そうな顔つきの修道院長は、悪くなった視力を補うように、目を凝らしながら女性に話しかけた。
「……本当に、出て行ってしまうのですか?」
「……はい、修道院長様。わたくしがここに居ては、修道院に迷惑をかけてしまいます」
「迷惑だなんて、思うわけがありません。あなたはこれまでにしてきた、教会と修道院への奉仕は、すばらしいものでした」
修道院長の言葉に、女性は目を閉じながら頭を下げた。
「ありがとうございます。ですが、わたくしは誓いを破った身。修道院にいる資格は……もうありません」
女性は目に涙を浮かべた顔を上げると、修道院長、そして共に修道院で暮らしてきた修道女たちを見回した。
「どうか……あの子のことをお願いします。わたしが愛してしまった彼は、きっと貴き立場になられる御方。その血を受け継ぐ子ですから……皆様と同じく、素晴らしい修道女になることを願っています」
「あんな人が、貴きだなんて――っ!」
「……おやめなさい」
「ですが、修道院長様。あの人は、一切の責任を負わないまま、逃げ出したのに! どうして彼女だけ――」
「いいから、おやめなさい」
まだ若い修道女を窘めてから、目に涙を浮かべた修道院長は、女性の両腕に手を添えた。
「……いつでも戻って来ていいのよ? ここは貴女の家でもあり、わたくしたちは家族なのですから」
「修道院長……ありがとうございます。ですが、わたくしの決意は、かわりません。王都から遠く離れた地で、静かに暮らしていこうと考えています。皆様の御多幸と、健康を祈っております」
涙ぐんだ顔を見られないよう、見送っている修道女たちに最敬礼をすると、女性は静かな足取りで修道院を去って行った。
あとに残った修道女たちは、去って行く女性の後ろ姿に後ろ髪を引かれるように、緩慢な動きで修道院へと入っていく。
我慢していたのか数人の修道女から、すすり泣きが聞こえていた。彼女たちを中年の修道女に任せて、修道院長は二階へと上がった。
かなり使い込まれた、囲いのある乳児用のベッドに近づくと、うっすらと黒髪を生やしている赤子を抱き上げた。
「あなたのお母様は、旅立ってしまったわ。でもきっと運命が、あなたたちを引き合わせてくれるわ。だから、どうか悲しまないで」
修道院長は慈しむように語りかけたが、その意味も理解できない赤子は、ただ「あぅあぅ」と、意味の無い発声を繰り返すだけだった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
修道院……今回、修道院長なんて出てきましたが。
キリスト教においては12,3人以上のシスターが在籍する修道院は、修道院長がいるっぽいです。それ以下なら、修道院長はいないってことですね。
ただ修道院というのは、西洋において隠語にもなってるんですよね。
原因は、清貧ってことでしょうか(想像ですが
シスターになるためには、清貧・貞潔・服従の誓願が必要なんですが……。
もちろん、男性も誓願はするんですが、それは清貧・貞潔・従順らしいです。シスターの服従っていうのが、地位の低さを表してる気がします……というのは、今は別の話として、やはり清貧というのが問題のようで。
食べるのにも困っていた修道院もあったらしく……文字通り、自分たちを売ったり……なこともあったようですね。先述の隠語も、そこから来ているとか。
一応、本作の世界では、隠語な展開はないって設定にしています。誓約も男性と同じです。
それにしても神の名の元に平等を謳っておいて、公然と差別をするっていうのは、どうかとって思っちゃいますね。
やはり人類の宗教より、ハスター様のほうが(以下略
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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