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第八部『聖者の陰を知る者は』
二章-7
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ランドが神殿を出たのと同時刻、ユピエルと修道騎士たちは、村長であるデモスを連れて、《白翼騎士団》の駐屯地を訪れた。
突然の訪問に、訓練中だった騎士団員やセラは、戸惑いと驚きの中で出迎えた。
レティシアはユピエルの前に進み出ると、型通りの敬礼を送った。
「ユピエル法王猊下……今日は、どのような御用でしょうか?」
「わたくしたちに従わず、彼はランド・コールへ仕事の依頼をしたのです。村の防衛とはいえ……金銭を支払ってしましました。この罪深きものに、懲罰を与える必要があるのです。そこで、あなたたち騎士団の手によって、罰を与えて頂きたい」
レティシアを初めとする騎士団の面々……そしてセラは、ユピエルが告げた内容が、理解できなかった。
誰からも声を発しない中で、最初に我に返ったレティシアが、大きく息を吐いた。
「ユピエル法王猊下。申し訳ありませんが、村長に懲罰を与える理由が、わかりかねます」
「あなたまで反抗的な態度をとるなど……異教徒に金銭を与えていては、増長を招くだけではありませんか」
嘆息混じりのユピエルに、レティシアは感情を必死で抑えながら、片手を挙げた。これが法王でなければ、怒鳴っているところだ。
「法王猊下……ランドは、このメイオール村において、最大の戦力でしょう。残念ながら、我々よりも――こと戦いにおいては、ランドのほうが上なのです。村の安全を考えれば、ランドを使わない手はないでしょう」
「しかし……」
「それに命懸けで村を護った者に対し、無報酬で構わないと――アムラダ様が、そのような無慈悲な教えを説いているなど、聞いたことがございません。それに元々、異教徒への差別など、教義には存在しないと記憶しております。違いますか?」
レティシアの反論に、ユピエルは眉を顰めながら押し黙った。
その様子をハラハラと見守っているのは、デモス村長だけである。騎士団の面々は心の中で団長であるレティシアを応援し、修道騎士の半数はレティシアを睨み付けていた。
そしてウトーを初めとした残りの半数は、ユピエルが反論しないことに安堵していた。
ユピエルはやや上方にあるレティシアの顔へ、睨め上げるような視線を向けた。
「どうして貴女は、ここまで反抗的になってしまったのでしょう。騎士団を結成する前の貴女であれば、わたしにアムラダ様の教えを説くなど、しなかったはず」
「わたくしも、それなりに苦労をしてきたのです、法王猊下。価値観の異なる者たちと関わり、理解をしてきました。お互いの価値観を尊重し、我々の土地では我々の法に従ってくれる相手ならば、差別や処罰は必要ない――それが、わたしがこの地で暮らし、学んできたことのすべてです。納得は、なされないかもしれませんが」
真正直に考えを伝えたレティシアだったが、彼女の予想通り、ユピエルは残念そうに首を左右に振った。
「そこで終わってしまっては……無意味な成長だと評価せざるを得ません。なぜ、アムラダ様の教えを説き、改宗させなかったのですか。騎士、そして信徒として、あまりにも不十分ですよ、レティシア。だから――」
言葉を切ったユピエルは、少し離れた場所で佇んでいるセラへと目を向けた。
「ランド・コールとかいう異教徒に、セラを嫁がせることになるのです。教会に育てられた彼女が教徒の妻など……これほどの汚点を、アムラダ様を信仰する者たちへ、どう説明すればよいのか。異教徒の法や教えのために、不幸になる可能性を危惧するべきだったのです。今後、セラの身になにかあれば……貴女にも責任があると思いなさい、レティシア」
「あな――っ!」
レティシアは怒鳴りかけたものの、ギリギリのところで踏みとどまった。
ユピエルの発言は、セラの身を案じているようにも聞こえる。しかし、その裏には教会としての誇りを傷つけられた怒りと、責任転換がある。
セラとは少し距離があるから、今の発言を聞かれなければいいがと、レティシアは不安に駆られた。
そんな胸中を悟られぬよう、レティシアは固い声で告げた。
「ランドは……セラが惚れ、選んだ相手です。彼女が幸せになろうとしていたときに、横から口出しなどできません」
「し――」
「それに、あの瑠胡姫様にしても、法王様が危惧されるような御方ではありません。話をしてみれば、すぐにわかりますが……優雅で、一途。寛大で、慈愛に満ちた……そして、お茶目なところもあるのです」
「お茶目……」
「ええ。これは長く付き合っていれば、イヤでも目に付きます」
酔った勢いで、宴会芸に〈竜化〉を披露するくらいには。
怪訝な顔をしているユピエルには、説明をしたところで理解できるまい――そんな考えが浮かんでしまい、レティシアは忍び笑いを漏らした。
今になって当時の記憶を思い返したレティシアは、あの〝芸〟を切っ掛けに瑠胡への警戒心が薄れたことに気付いた。
それからセラとリリンを使いにやり、瑠胡から村に来た目的を聞いたりもした。
「法王様が危惧なされているような、セラを不幸にするような教義や法など、彼らにありはしません」
レティシアの言葉を、黙って聞いていたユピエルは、一人佇んでいるセラへと目を向けた。異国の衣服――振り袖――に身を包んだセラは、騎士になった当初と比べても大人びて見える。
ユピエルがセラから目を離し、小さく息を吐いた。
その表情には、先ほどまでの意固地さが抜け、神の信徒らしい穏やかさが戻っているようだ。
(まったく……ランド、今回の件は、貸しにしておくぞ?)
そんな自らの想いに苦笑したレティシアが、肩から力を抜いたとき、駐屯地に村人の一人がやってきた。
従者の一人であるフレッドが、村人に駆け寄った。それから何かを受け取ると、かなり迷いながら羊皮紙らしい紙片を受け取った。
「――法王様に、ですか」
聞こえて来た微かな声に、レティシアは焦りながらフレッドを呼ぼうとした。しかし一手遅く、修道騎士の一人がフレッドから羊皮紙を受け取ってしまった。
羊皮紙を見た修道騎士は、すぐに慌てた様子でユピエルへと駆け寄った。
「ほ、法王猊下……こちらを」
修道騎士から羊皮紙を受け取ったユピエルは、表情を引きつらせた。
その様子に、レティシアが(最悪だ――)と思った直後、ユピエルはキツイ声音でセラを呼びつけた。
「……法王猊下、なにが御用でしょうか?」
「これは――おまえの仕業か!?」
レティシアとセラが覗き込んだ羊皮紙には、早朝に村人が持って来たものと、同じ文面が書かれていた。
セラはレティシアを一瞬だけ目配せをしてから、ユピエルへと答えた。
「いいえ、違います。神に誓って――わたしではありません」
「……しかし、他に――いや、この件については、あとで話をしたい。すまないが、教会まで来て欲しい」
「……畏まりました」
やや顔が青くなったユピエルに従い、セラは修道騎士らと教会へと歩き始めた。
駐屯地から出る直前に振り返ると、リリンと目があった。ユピエルや修道騎士たちは、小さく頷き合う彼女たちには気付かないまま、村へと続く下り坂を進んでいた。
*
俺が村で御用聞きをしていると、農家のジョンさんが駆け寄ってきた。
「ランド、ちょっと待ってくれ!」
「ジョンさん、どうしたんですか? 手伝い屋への仕事依頼なら、大歓迎ですよ」
「あ、いや、すまねえ。そっちじゃねぇんだ」
あっさりと否定され、俺はがっくりと肩を落とした。
まあ時期的に、農家の人たちからの仕事はないからなぁ……そこまでの期待はしていないけど。
俺は顔を上げると、ジョンさんが近くまで来るのを待った。
「で、どうしたんです?」
「これを……っと、ここじゃなんだ。ちょいと、俺の家まで来てくれ」
俺は誘われるまま、ジョンさんの家を訪れた。
玄関からすぐにある台所兼居間にあるテーブルの丸椅子に、俺は腰を降ろした。
「それで、どうしたんですか?」
「これを見てくれ……こんな手紙が、他の家にも来たらしい」
羊皮紙の切れ端……だろうか。手の平に収まるくらいの紙片には、こう書かれていた。
〝ユピエル法王には、血の繋がった隠し子がいる〟
文字の筆跡には、見覚えが無い。この村の住人によるものか、それとも王都の隠謀絡みか……ただでさえ厄介な状況が、さらにややこしくなりそうだ。
俺が紙片――怪文書を見ていると、ジョンさんの家のドアが、なにやら固い物でノックされた。
ジョンさんの奥さんがドアを開けると、「あらあら」と少し驚いた声を出した。
「ランドさん……お客様」
「え、俺に……ですか?」
神殿にならともかく、なぜジョンさんの家にいる俺を訪ねる人がいるんだ?
そんな思いが、警戒心を呼び起こしたが……それは杞憂に終わった。
「ランドさん」
そう俺の名を呼んだのは、リリンだ。
「リリン……なんで、俺がここにいるってわかったんだ?」
「わたしはランドさんのいるところは、常時把握していますから」
リリンは自信満々に言ったけど……それって、ちょっと怖いんだけど。どうやって把握しているのか、非常に気になるが、それは後回しだ。
「それで、どうしたんだ?」
「ランドさん……一緒に来て下さい。今、エリザベートさんたちにも手を借りて、瑠胡姫様もお呼びしています」
「瑠胡も? しかし今は……なんか怪文書のほうも気になってて」
「ご存知でしたか。なら、なおのこと一緒に来て下さい。あの怪文書に関係があることかもしれませんので」
「なんだって?」
そう言われたら、断れない。
俺はジョンさん一家に断りを入れると、リリンの案内で村の教会へと向かった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
続きはCMのあとで――ということで、CMのあとの回でございます。
この回で、本文のみで6万文字超えです。余談ですが、まだ八章の半分……以下だったり(滝汗
ちなみに、本文中に出てきた瑠胡の宴会芸は、第一章での出来事ですね。当時と比べ、今の瑠胡は落ち着きが出てきていま……すよね? そういう風に書いているので、出ているはずなんですが。
ランドへの想いを遂げたことも理由の一つですが、最大の理由としては「紀伊の目が怖い」かもしれません……?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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