屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第八部『聖者の陰を知る者は』

二章-5

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   5

 魔物の襲撃から、開けて一夜。
 雪の積もったメイオール村では、最低限の見張りを除いて、夜通し行われていた見回りを終えていた。
 ランドや瑠胡、セラも神殿に戻り、レティシアたち《白翼騎士団》もキャットを除いて駐屯地へと戻っていた。雪が積もっているせいか、朝日が昇る頃になっても、村人たちが動き出す様子はなかった。
 まだ薄暗いメイオール村で、大きな影が徘徊していた。
 人目を忍ぶように、通りや民家の多い場所を避けている。しかし、その身体の大きさでは、遠目からでも目立ってしまう。
 その〝影〟の口から漏れた憂鬱さが、白い溜息となって顔の周囲を、数秒だけ白く染めた。


(――まったく。野ネズミ一匹、見当たらん。これでは、徒労ではないか)


 その影――ジココエルは早朝の狩り――もとい、秘密の散歩をしていた。厩舎を抜け出すなど、眷属神であるジココエルにとっては造作もない。
 散歩ではあるが、その主な目的は、飼い葉だけでは癒えぬ食欲を満たすためだ。眷属神となったとはいえ、肉体がある以上は食わねばならない。
 馬の身体に変化しているとはいえ、本能が欲するのは肉だ。こればかりは、眷属神とはいえ、抗えるものではない。
 得物となる野ネズミなどが捕まらないと悟ったジココエルは、素直に困っていた。


(ううむ……どうしたものか)


 迷いに迷った挙げ句、ジココエルは首をランドたちのいる神殿へと向けた。


(レティシアには、なるべく避けるようにと言われているが……やむを得まい)


 神殿にいるランドや瑠胡から、肉をゴチになろう――という腹づもりだった。レティシアが、ランドたちを頼らないのは貸し借りの問題ではなく、単に『みっともない』からだ。
 頻繁に食事をたかり・・・に行くというのは、世間の体裁的にもよろしくない――のだが、ジココエルにとって人間社会の構図というのは、まだ理解の範疇から外れたところにあった。
 神殿に向けて歩き出したとき、ジココエルは民家の物陰で、何者かがしゃがみ込んでいるのを見た。
 マントとフードで全身を包んでいるから、風貌どころか男女の区別もつかない。このような姿をした人物――ジココエルはメイオール村に来た当初に、レティシアから聞いたことを思いだしていた。


(なるほど。これが盗賊という輩か)


 勝手に納得をしたジココエルは、四本の脚に意識を集中させた。元々ワイアームであったが、眷属神となった今では、ペークヨーという元眷属神のように、ある程度は翼が無くても浮くことができる。
 音を立てぬようにマントの影に近寄ると、嘶きの代わりに、怒鳴り声をあげた。


〝くせ者め! そこで、なにをしている!!〟


「ひ――え? あ、馬!?」


 マント姿の人物は、中肉中背だが逞しい男だった。顔こそ見えないが、あまり若くはなさそうだ。
 振り向きざまに胴体の前に出た男の右手に、ジココエルは噛みついた。といっても、手加減はしている。その気になれば、手首ごと噛み砕き、むしり取るのも造作ないが、そこまでやってしまうと、今度はレティシアが黙ってはいないからだ。
 ジココエルが口を離すと、男は右手を押さえながら逃げ出した。


「――痛っ! くそっ!!」


 男が走り去っていくのを、ジココエルはただ見送った。


(うむ。きっと、これは良いことだったのだろう)


 自己完結的な満足感を得ながら、ジココエルは再び神殿へと向かい始めた。
 まだ日は完全に昇っていないが、鼻で扉をノックすると、すぐに返事が返ってきた。


「はいはい! 今、開けますね」


 快活な声には聞き覚えがなかったが、元より神殿で暮らす全員を知っているわけではない。
 ジココエルが一歩だけ離れて待つと、扉が開かれた。


「どなたですか――って、馬? 他には……誰もいない……え?」


 状況が飲み込めず、戸惑うジョシアを押しのけるように、ジココエルは扉を潜った。
 後ずさりをするジョシアに、ジココエルはいつものように告げた。


〝ランドか、瑠胡姫に用がある。会うことはできないだろうか〟


「馬が――馬が喋った!?」


 ジョシアは表情を引きつらせながら、腰に下げていた、護身用の短剣を抜いた。
 短剣が武具であることは理解していたが、ランドたちの神殿ということもあり、ジココエルは完全に油断をしていた。


(なにをしているのだ、この娘は――?)


 成り行きを見守っているジココエルへ、ジョシアは短剣で斬りかかった。


「この――化け物!」


〝な――っ!?〟


 刃が届く寸前のところで横に飛び退いたジココエルに、ジョシアは決意に満ちた顔を向けた。


「瑠胡姫様とお兄ちゃんは、あたしが護るんだから!!」


〝待て――瑠胡姫やランドに危害を加えるつもりはない!〟


「嘘だっ! 化け物の言うことなんか、信じないんだから!!」


 無茶苦茶に短剣を振り回すジョシアから、ジココエルは神殿内を逃げ回るしかできなかった。
 やがて騒ぎを聞きつけた紀伊やランドたちが駆けつけ、ジョシアを取り押さえた。



「御主……もう少し、冷静になれぬのか?」


「瑠胡姫様……すいません」


 今回の騒ぎは流石に見過ごせないのか、瑠胡の表情は厳しい。それは同じ眷属神を攻撃されたというよりは、もっと根深い怒りを感じる。
 そんな二人を見ている俺は、紀伊とセラから治療を受けていた。ジョシアを取り押さえるときに、ちょっと右腕を斬られてしまったんだ。
 薬草を使った止血をしてもらいながら、俺はジコエエルと話をしていた。


「……すまなかったな。怪我は?」


〝大丈夫だが……御主の妹は、かなり過激な性格をしている〟


「否定はしないけどな。でも、今日はなんの用で来たんだ?」


〝……すまぬが、肉を食わせて欲しい。盗賊というのか、怪しい者を追い払っただけで、得物となるネズミなどは見つからなかった〟


「盗賊……を追い払ったのか? それは、ありがとう。冬は、盗賊や山賊なんかも増えるからな。こっちも気をつけないと。ええっと……紀伊。彼の食事を頼めます?」


「……畏まりました。とはいえ時期が時期ですので、さほどお分けできませんが」


〝構わぬ。飢えが満たされれば良い〟


 ジコエエルの訴えに、紀伊は「少々お待ち下さい」と御辞儀をして、二階へと戻っていった。
 そこへ、瑠胡の叱責を受けたジョシアが近づいて来た。


「えっと……ジココエル、さん? レティシア団長さんの馬なんですってね。えっと、元々はワイアーム? なんですってね。昨晩の襲撃も参加されたんですか?」


〝いや……昨晩は、出ておらぬ。ランドが活躍したそうではないか。妹としては、誇らしいのではないか?〟


「いえ、全然。兄は、戦いくらいしか、村の役に立ちませんから。こんなときくらい、大いに働いて貰わなきゃ」


 いつもながら、ジョシアから俺に対する評価が辛辣過ぎる。
 ジココエルに、なんとも言えぬ目を向けられた俺は、トホホな顔で溜息を吐くしかできなかった。
 神殿の扉がノックされたのは、そんなときだ。
 ジココエルを探しにレティシアが来たのか――と思ったが、セラが開けた扉から姿を見せたのは、薬師のドミニクさんだった。


「こんな朝早くから、なにが御用でしょうか?」


「村長やユピエル法王猊下から、見回りをした村人たちが怪我をしてないか、見て廻ってくれと言われてね。野犬に腕を噛まれた人もいたことだしな。ランドはどうだい?」


 セラに答えながら、ドミニクさんは厚手のマントに両手を入れたまま、神殿に入ってきた。眠そうにしながらも笑みを浮かべていたが、軽く周囲を見回した途端、ジコエエルを見て一歩だけ後ずさりをした。


「な、なんで馬が?」


 まあ、これは当然の反応かもしれない。まさか神殿の中に赤毛の馬がいるとは、普通なら思わないだろう。
 俺は苦笑しながら、ドミニクさんを手招きした。


「この馬は……気にしないで下さい。それより、俺なら大丈夫ですよ」


「……と言っているが、その右腕はどうした?」


 近寄ってきたドミニクさんは、マントから左手だけを出して、俺の右腕を診てくれた。


「止血は、しているか。なにか、薬を煎じておこうか?」


「それは、好意だけ受け取ろう。ランドの傷は妾が癒やす故、御主は気にせずともよい」


 扇子で口元を隠した瑠胡が、この申し出を断った。
 予想外の展開だったのか、ドミニクさんは戸惑いの表情を浮かべた。


「いやしかし……化膿するかもしれんからなぁ。薬だけでも飲んだほうがいい」


「必要ない。ランドの傷は、妾が癒やす故、御主は気にせずともよい」


「いや、しかし……」


「御主は気にせずともよい」


 一向に引き下がる気配の無い瑠胡に、ドミニクさんが折れた。
 少し肩を落としながら「それじゃあ、お大事に……な」と言い残して去ってくドミニクさんに、俺は申し訳ない気持ちになっていた。

 このあと俺は、当然のように瑠胡の治療を受けた。
 その詳細は、あえて省かせてもらおう。

   *

 空がうっすらと白くなってきたころ、ランドや瑠胡の神殿に近づく者がいた。黒い修道服をそのままに、修道騎士の一人が脚を止めて神殿の上方を見上げた。
 窓があるのは村に面した場所の二階、三階部分だけで、あとは石壁に覆われている。修道騎士は意識を集中させながら、神殿の背後へと廻った。
 こちら側の壁には窓や開口部はないが、三角屋根――瓦葺きの屋根だ――の周囲はベランダのようになっているように見えた。
 修道騎士は手袋を外すと、素手となった両手で外壁に触れた。その姿勢のまま両手に意識を集中させた修道騎士は、右手を手の平一つ分だけ上方へと滑らせた。それから交互に左右の手を上方に滑らせていくと、先ほどの姿勢のまま、修道騎士の身体が石壁を登り始めた。
 素手である必要はあるが、彼の《スキル》である〈登攀の手〉は、やや鋭角に傾いた壁も登ることができる。
 欠点は、それほど早く登れないことと、登攀以外の行動ができないことだろう。
 数分をかけて神殿の外壁を登った主導騎士の手が、石壁の縁に触れた。


(ここまで来れば――)


 潜入は成功したも同然――口元に笑みを浮かべた修道騎士が、石壁の上端へ右手を置いた。その直後、近くから甲高い声が聞こえてきた。


「やや。くせ者っ!!」


 その声がした直後、修道騎士の右手に痛撃な打撃が与えられた。
 どうやら従者らしい男――瑠胡に仕えるワイバーンの従者だ――の持つ、十手じゅってと呼ばれる金属の棒に殴打されたのだ。
 その激痛で、修道騎士の右手が石壁から離れた。


「あ」


 と声を出すよりも早く、残った左手だけで身体を支えながら、修道騎士は壁面を滑り落ちていく。
 左手で速度を殺していたお陰で、致命傷は免れた。それでも身体にかかる衝撃のすべてを殺すことはできず、修道騎士は右足首を捻挫してしまった。
 脚を庇いながら神殿から離れる修道騎士を、二人の従者が上から眺めていた。


「ランド様が仰っていた通り、冬になると賊が増えるようだな」


「ふむ、そのようで。前もって話があって良かった。姫のつがい殿は流石、人の世に詳しいな」


 小袖を着た細目の従者たちは、互いに頷き合うと見張りを再開した。

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本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!

わたなべ ゆたか です。

ジココエル、再登場の回です。食事に苦労しているのは、前の回にも書きましたが、すべてクロースが原因だったりします。草食動物に肉は駄目――という価値観なので、仕方ないですね。

ただ現代では馬の骨を強くするために、飼い葉に煮干しなどを混ぜることもあるそうです。まあ、草食動物が昆虫を食べたりするって事実は、ちょっと前にネットのニュースなんかでも出てましたし。今となっては、珍しくはないんでしょうね。

少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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