屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか

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第八部『聖者の陰を知る者は』

二章-4

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   4

 宿は典型的な旅籠屋の造りとなっていて、一階は酒場を兼ねた食堂になっている。そこには村長が手配したのか、村の警護を買って出た者たちへの食事が用意されていた。
 といっても、食料に乏しい冬期だ。出される食事も、ニンニクで味付けをしたシチューと保存食らしい焼き菓子だけだ。シチューの具材は細かく刻んだ干し肉だけだが、冷えた身体には、かなり有り難い一品だ。
 村の宿に入ると、杖を手に集中をしているリリンがいた。
 どうやら、使い魔で周囲の警戒をしてくれているようだ。レティシアが声をかけると、リリンの目に精気が戻った。


「団長……周囲に魔物や、山賊らしい姿は見えません」


「ご苦労。警戒はエリザベートに引き継ぎ、おまえは少し休め」


「……はい」


 小さく頷くと、リリンは俺が座っているテーブルへと来た。俺の真向かいに座ると、軽い会釈をしてきた。


「ランドさん、お疲れ様でした。大活躍でしたね」


「大活躍っていうのは、大袈裟すぎないか?」


「いえ。攻撃魔術を灯りに使ったのは、流石のひと言です」


 リリンが焼き菓子を小指大の大きさに割ったとき、薬師のファラさんが俺たちのところにやってきた。
 こんなところで、どうしたんだろう――と思っていると、患者や患畜を診るときのような顔で、俺の全身を見回してきた。


「ランド、怪我はないかい? 村長から、怪我人がいれば手当をしてくれって言われててさ」


「俺は大丈夫です。レティシアやユーキに声をかけてやって下さい」


「ん。邪魔したね」


 ファラさんは小さく手を振ってから、レティシアたちのほうへ歩いて行く。
 デモス村長は金勘定には細かいし、保身的な性格ではあるんだけど。こういった気遣いをしてくれるから、村人たちから(ある程度は)慕われているんだろうな。
 俺がテーブルの上にある料理を食べ始めたとき、焼き菓子を食べていたリリンが、宿の出入り口へと顔を向けた。俺がその視線を目で追うと、デモス村長が宿に入ってきたところだった。
 吹雪いていた雪も落ちついてきたのか、デモス村長のマントには、あまり雪の残滓は残っていない。
 俺とリリンが座るテーブルに近寄ってきたデモス村長は、どこか救いを求めるような顔をしていた。


「ランド……あ、騎士団の方々におかれましては、ご苦労様でした。質素ではありますが、身体を温めるスープを御用意しましたので。どうぞ、お召し上がり下さい」


 レティシアが「かたじけない」と礼を述べると、デモス村長は俺へと顔を寄せた。


「ランド……折り入って頼みたいことがあるんだが」


「なんです、改まって」


 もしかして謝礼の減額とか、そういった話だろうか……そう身構えた俺に、デモス村長は、すがるように言った。


「ユピエル法王には一刻も早く、ご帰還して頂きたいのだ。なんとかできないか?」


「いや、なんですその無茶振り。俺でなんとかできるなら、もうやってますよ」


「そこをなんとか、頼むよ。例えば、形だけでも改宗するとか……な?」


 最後の「な?」は、『こうすれば解決だろ?』という気持ちが、言葉の端々から滲み出ていた。
 恐らくは経済的、そして物資的にも法王たちを養うことが難しくなってきたっぽい。
 その状況は察するし、デモス村長の気持ちも理解できるけど……天竜族である以上、アムラダ様の信仰への改宗は難しい。とくに瑠胡は竜神・安仁羅様の眷属神だから、たとえ形式だけの改宗とはいえ、不可能に近いだろう。
 俺が「無理無理」と言わんばかりに手を振っていたとき、レティシアが宿の出入り口を見て、僅かに眉を上げた。
 遅れて俺も振り返ると、瑠胡とセラが宿の中に入ってきたところだった。
 瑠胡は俺の顔を見ると、少し拗ねたように唇を尖らせた。


「魔物退治が終わったのでしたら、早く神殿へ戻ってきて下さいませ」


「すいません。さすがに、身体を温めたかったんですよ。それに、これから明け方まで見回りをしなくてはいけませんから」


「見回り……」


 瑠胡はやや上目遣いになりながら、俺をジッと見つめてきた。


「見回りであれば、わたくしたちも御一緒できますよね?」


「ええっと……」


 瑠胡と一緒にいられるのは、嬉しい。セラだって、そうだ。だけど、こんな寒空の下で、見回りに付き合わせるのは、流石に罪悪感を覚えてしまう。
 返答に困った俺がセラを見ると、返事の代わりに小さく頷いた。
 ここは断らないほうが懸命――なんだろうけど。セラが頷いたのは、「自分もいるから、見回り程度であれば大丈夫」というのと、「自分がいれば法王への牽制になるから、修道騎士に襲われることはない」と、二つの意味があるように思えた。
 俺は前で組まれた瑠胡の両手に、右手を添えた。


「それでは、一緒に見回りしましょうか」


「ええ、そうしましょう」


 パッと顔が明るくなった瑠胡に、俺は自然と笑みが零れた。
 そうと決まれば、すぐに動――きたかったが、宿に案内されたということは、しばらくは休憩の時間ということらしい。
 そんな推測を裏付けるように、手早く食事を終えたユーキが声をかけてきた。


「あの……見回りは三〇分ほどあとですから。もう少し、くつろいでいて下さい」


「ああ。教えてくれて、ありがとう」


「いえ……時間になったら、呼びますね」


 会釈をしたユーキがレティシアのところへ行くと、瑠胡とセラは俺と同じテーブルに腰を落ち着けた。
 瑠胡に会釈をして愛想を振りまいているリリンとは真逆で、デモス村長は気まずそうな顔をしている。
 そんなデモス村長の視線に気付いた瑠胡が、怪訝そうに問いかけた。


「村長殿。妾になにか言いたいのなら、遠慮無く述べるがよいぞ」


「い、いえ……なんでも、ありません。ありませんとも」


 愛想笑いを浮かべたデモス村長は、俺たちのテーブルから離れると、そのまま宿から出て行ってしまった。
 そんな村長の背を目で追っていたセラは、俺に訊いてきた。


「村長は、どうしたんですか?」


「ああ、実は……」


 俺はデモス村長との会話を、セラと瑠胡へと伝えた。
 反応は、概ね予想通りだった。
 瑠胡は眉を顰めながら、扇子で口元を隠してしまった。そして僅かに俯いたセラは、責任が自分にあるような顔をした。


「デモス村長の戯れ言ってことで、あまり気にしないようにしましょう」


 俺はそう言ったけど、瑠胡はともかく、セラの表情はなかなか晴れなかった。

   *

 デモスの屋敷――かなりこじんまりとしていたが――にある居間で、ユピエルが配下の修道騎士たちから、魔物退治についての報告を受けていた。
 質素だがテーブルや椅子の揃っている室内で、毛皮に覆われた椅子に座っているのは、ユピエルだけだった。
 修道騎士たちは仕える法王の前で、一様に跪いていた。
 報告を聞き終えたユピエルは、静かな溜息を吐いた。


「……まあ、いいでしょう。結果的に村を護ることが、できたのですから。ですが、ランド・コールからの援護、それに危ういところを助けられたというのは、頂けません。異教徒を出し抜き、アムラダ様の信徒としての功績を広める、最高の機会を失ったのですから」


「……申し訳ございません」


 跪いたウトーの謝罪に、ユピエルは小さく片手を挙げた。


「構いません。手段は、ほかにもありますから。それにしても、彼の者は……我々にとっては、魚の骨のような男ですね。さほど脅威ではないのに、不快に感じるほどの邪魔者なのですから」


「……御言葉ですが、法王猊下。是非ともお聞かせ下さい。彼の者は、排除する必要があるほどの存在なのでしょうか」


 ウトーの問いに、ユピエルは息を呑んだ。修道騎士として、法王の言葉は神にも等しい――はずだった。
 そこに綻びができているという事実に、驚愕しているのだ。


「……ウトー。おまえともあろう者が、異教徒に対して態度を軟化させるとは」


「法王陛下。ランド・コールが村の民らと共存し、護っている姿を見せ続けているようです。やれ異教徒と喧伝したところで、それらの評価は易々と覆られないでしょう。必要なのは、ランド・コールの評判を落とすことのできる証拠。それがなくては、神殿の排除もままなりませぬ。ウトーも、それが気になっているのでしょう」


 痩身の修道騎士の発言に、ユピエルは考えるように押し黙った。
 やがて顔を上げると、修道騎士たちを見回した。


「……なるほど。おまえたちの言うとおりかもしれぬ。では、神殿への侵入も許そう。なにか、その証拠となるものを手に入れてくるのだ。ソラを使っても構わぬ」


 仰せのままに――修道騎士たちは、ユピエルが寝室として使っている部屋へと退くまで、頭を垂れ続けた。
 ユピエルが退室したあと、ウトーは痩身の修道騎士に問いかけた。


「なぜ、わたしを庇った」


「おまえの言うことにも、一理あると思ったからだ。それと同時に……せめて証拠がなければ、殺したあとで禍根が残る。それを心配している。どのみち……ランドは死ぬだろうが、そのときのことを考えるとな。我々も保身を考えねばならない」


 痩身の修道騎士が告げたことに、ウトーは怪訝な顔をした。


「おまえは、なにを言っている」


「神殿への潜入に、ソラは使えない。ソラは今、わたしの命令でランド暗殺のために動いているからだ」


「な――なんだと?」


「わたしを責めるな。そうでもせねば、法王猊下の気は晴れぬ――わたしもそうだったが、先ほどの戦いを見て、自分の考えに疑問を抱き始めている。疑問は抱き始めているのだが――もう、止められはしない」


 そう言ってから、痩身の修道騎士はウトーの腕を掴んだ。


「おまえも法王猊下に仕える修道騎士なら、私情は捨てるべきだと理解しているはずだ。ランドに借りを感じているのだろうが、そんなものは忘れろ。すべては、アムラダ様の教えを広め、信徒たちの心変わりを止めるため――それだけを考えるべきだ」


 その言葉に、ウトーは理性と人情とがせめぎ合った。しかし、やはりアムラダへの信仰という価値観が、人情を抑え込んでしまった。
 反論もしないまま、ウトーは村長の屋敷から表に出ると、寒空の下で虚空を睨み続けた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

村長の無茶振りが酷い……んですが、無理なものは無理ですね。瑠胡の改宗は、かなり困難でしょうね。
眷属神とはいえ、神は神ですから。形式だけでなくて、アムラダの眷属神になってしまう可能性が高い……というわけです。

例え瑠胡が「形式上で」と言っても、きっとアムダラが放しません。

「こんな可愛い子、うちの子にしちゃうもん」っていうのを理由にしそうな自分がいます。前の話でも、そんなこと書きましたしね。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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